お山の妄想のお話です。




我に返った俺は大野君の腕を引き人通りの少

ない場所へ移動した。


「大野君っ?!これってどういうこと??」


彼が何故女の子の格好をしているのかがわか

らない。もしかしてそっち系でもあったのだ

ろうか?!少々不安になり尋ねた。


「これはね、ハロウィーンの仮装なの」

「ハロウィーン?!」


今月末はハロウィーンだけど、それと女装に

どんな関係があるのか?


「えっと、毎年寮内でハロウィーン パーテ

ィーがあるんだ。参加者は皆仮装しなきゃい

けなくてね、今回俺は女の子のモンスターを

やることになっててその予行練習なの」

「予行練習って?そのメイクも??」

「そう。仮装の優勝者には賞品が出るからそ

れを狙って力が入っちゃうの」

「へ、へぇ」

「で……昨日から姉ちゃんにメイクを教わっ

てたの、それで上手く出来たから櫻井くんに

見せようと思って。ねぇ、どうかな?」


上目遣いに見つめられドギマギした。

綺麗に描かれた眉や控え目なアイシャドウ、

黒々とした睫は天然かな?

小さな唇はピンク色で艶々とし、吸い寄せら

れるように視線が向かう。


「えっと……凄く可愛い……と思う」


本当に可愛いかったから正直に答えると、大

野君は満足そうに笑った。


「綺麗な女の子と付き合ってた櫻井くんにそ

う言ってもらうと凄く自信がつくよ。当日は

もっと濃い化粧になる予定だけど頑張る!」

「濃いメイク?どんなモンスターに仮装する

の?」

「う~ん、それは秘密なんだ。当日まで誰に

も話しちゃダメって、寮の掟があるから」

「そうなんだ……」


大野君がどんな仮装をするのか知りたかった

寮内のパーティーじゃ俺は見れないから。


「あの…それでね、今日はこの格好のままで

もいいかな?」

「へっ?!」

「今から着替えに戻るのは時間がかかるし…

もちろん櫻井くんが嫌なら着替えるけど」

「あ~、う~ん」

「……やっぱり女装した男と並んで歩くなん

て嫌だよね…」


シュンとして項垂れた姿が儚く見えて、慌て

た俺は『嫌じゃないよ!』と叫んでいた。


「全然嫌じゃない。今の大野君は誰が見ても

綺麗で可愛い女の子にしか見えないよ」

「じゃあこのままでかまわない?」

「うん、いいよ」


承諾すると大野君ははにかみながら言った。


「翔くんって呼んでもいい?」

「突然どうしたの??」

「この姿の間だけ名前で呼びたいの、駄目かな?」

「いいけど……」

「ありがと、俺は『さとこ』か『さと』で

お願い。この姿で大野君だとちょっと変だか

ら」


両手を顔の前で合わせウルウルとした目でお

願いされたら、断るなんて出来ないよ……


「それじゃ、さとこちゃんって呼ぶね」

「うん!じゃあ、翔くん行こっか?」

「え、ああ。行こう」


大野君は俺の腕から離れると歩き出す。

栗色の長い巻き髪、秋色のワンピースと薄手

のカーディガン……距離を置いて見てもやは

り女の子にしか見えない。


大野君であるのに別人みたい……

何だか違和を感じる…


「どうしたの?行こうよ?」


振り返り、なかなか歩き出さない俺を不思議

そうに見ていた大野君はスッと片手を差し出

してきた。


「水族館に行く道は混雑してるから、はぐれ

ないように手を繋いで行こ」

「う、うん……」


こちらに向けて伸ばされたのは見慣れた綺麗

な手……大野君とは一度だって手を繋いだこと

なんてない……


俺は躊躇いながらその手をとった。

すると指が触れた瞬間に、ドキッと大きく胸

が鳴ったんだ。



水族館は多くの人で賑わっていて、その中を

手を繋いで歩く。

俺は少し照れ臭かったけど大野君は平気そう

だ、普段の奥ゆかしさがなくなってイケイケ

気味になっている。これも仮装のせい?


「翔くん、あれ見て!可愛くない?」


大野君の指差す先には小さな水槽がいくつも

並んでいて、その中の一つが気に入ったよう

だ。


「うわ~ちょっとキモいよ、なにこれ?」

「深海のアイドル、メンダコだって」

「これタコなの?」

「そうみたい。だけどたこ焼きにしたら美味

しくなさそうwあっ!こっちにはでっかいダ

ンゴ虫がいる!」

「さとこちゃん、それはオオグソクムシだよ

因みに食べると美味しいらしいよ」

「食べるなんて可哀相だよ~、でもどんな味

か興味ある~」


二人で顔を寄せ合い水槽を覗き込むのは、近

すぎてやはり照れた。

でも美術館の時のようなドキドキは感じられ

なかったんだ、こんなに綺麗な女の子の顔が

目の前にあるのに………おかしいだろ…



昼食後はペンギンやラッコ、それからイルカ

やシャチのショーを見て楽しむ。


ダイナミックなジャンプを見て、凄いとはし

ゃぐ姿は本当に愛らしい女の子そのもので、

さとこちゃんは周囲の男からの注目を集めて

いる。その視線に苛々するのはどうしてか?


それが〖さとこ〗だからか、それとも〖大野

君〗だからなのかは自分でも疑問だ。

でもいくら可愛い女の子に見えても中身は大

野君だ、きっと俺の大切な友人を卑猥な目で

見るなというムカつきなのだろう。


男同士だったら大野君をこんな視線に晒すこ

ともなく、手放しで楽しめるのに……


そこではたと気づいた。

俺は水族館を〖さとこ〗と一緒に巡るのを心

から楽しめていないことに。


羨望の的となる美少女といても、心の底では

何かが違うと感じているんだ。

女の子が好きなはずの俺が、男のままの大野

君といる方が何の問題もなく彼を独り占め出

来るのに、と状況に不満を持っている。

この感情の正体は一体何なのか?



メインである大水槽まで辿り着いたのは閉館

時間の20分程前だった。

そのせいか水槽の周りには人が疎らで、俺達

は落ち着いて見ることが出来た。


並んでベンチに座り、静かに目の前のブルー

を眺める。

暫くの間黙って色とりどり大小様々な魚たち

が優雅に泳ぐ姿を眺めていたけど、不意にさ

とこちゃんが口を開いたんだ。


「綺麗だね……」


水槽に顔を向けたままだったからてっきり独

り言だと思い黙っていると、さとこちゃんは

それを気にすることなく話し続ける。


「ありがと、翔くん」

「えっ?」

 

名を呼ばれ漸く話し掛けられていた事に気付

き隣を見たけれど、さとこちゃんは水槽を見

つめたままだった。


「腕を組んだり、手を繋いだり…してみたか

った事全部出来たし。でも一番嬉しかったの

は『翔くん』って呼べたことかな」

「お、大野君?」

「ふふ、間違えたら駄目じゃん。今はさとこ

だよ」

「……そうだけど」

「翔くんとお付き合いする人がどんな気持ち

になるかよくわかった。まがい物の女にも凄

く気を使ってくれるし……とっても幸せだっ

たよ」

「俺、普段は気なんて使わないよ。相手があ

なただから特別だったんだ」


知らなかっただろうけど本当はずっとあなた

を優遇していたんだよ、元カノ達なんか及び

もつかないくらいに。

男友達に至っては大野君と比べたら天と地ほ

どの差があるんだ。


でも今日は着なれない服や靴を履いていたから、何時もよりお節介だったかも。


「そうなの?嬉しいなぁ……でも女の子の格好

だからでしょ」

「それもあるけど…」

「…翔くんは優しいからさ、一応女の子に見

える俺を邪険に出来なかったんだよね」

「いや、それは…」


それは違うと言いたい、特別に扱うのは大野

君だからだと。


「それを承知で利用しちゃう俺って最低だよ

ね……ちゃんと悪いと思ってる、ごめん」

「待って、利用って?」

「へへっ、怒らないで聞いてね?実はこの仮

装のまま翔くんと出掛ければ恋人気分が味わ

えるかもって魂胆があったの」

「えっ?」

「一度でいいから元カノさんみたいに、名前

を呼んだり体に触れてみたかった……それが

今日叶って凄く嬉しい。良い思い出が作れて

満足してる」


そう言ってからやっと俺の方を向き、綺麗な

笑顔を見せてくれた。


「翔くん、最後に良い思い出をくれてありが

とう」


淡い光に照らされたその微笑みはとても美し

いものだったけど、俺の目には酷く悲しげに

映った。



「じゃあ、ここで」


さとこちゃんは待ち合わせた駅前て足を止め

た。俺は何時もの最寄駅まで一緒に帰れると

思っていたので動揺した。


大水槽の前でのさとこちゃん、いや大野君の

言葉と表情に胸騒ぎを感じていて、その真意

を訊こうとタイミングを計っていたんだ。


ここまでの道程では言い出せなかったけど、

まだ電車の中があると安易に考えていた。

今別れたらそれが訊けなくなってしまう…


「どうして?!いつもの駅まで一緒に帰ろう

よ!」

「さすがにこの格好じゃ寮に帰れないよ。

姉ちゃんの家がこの駅の側だからそこでメイ

クを落として行くよ」

「俺、ここで待ってるから一緒に帰ろうよ」


どうしてもこの胸騒ぎを解消する時間が欲し

かったから無理を承知で言ってみたけど、あ

えなく撃沈した。


「俺は今日も姉ちゃん家に泊まるから寮には

明日帰るんだ。だから、ここで」

「……わかった」


そう言われたら引き下がるしかない…

ここで別れることに、胸騒ぎが一層大きくな

り不安が胸を渦巻く。


「嫌だわ~どうして暗い顔してるの?そんな

にさとこと離れるのが嫌?」


暗然として黙り込む俺を気にして、さとこち

ゃんが巫山戯て言った。

今離れるのが嫌なのは確かなので頷くと、さ

とこちゃんは嬉しそうにンフフと笑う。


「それじゃ、ホームでお見送りしてあげる」

「えっ?!いいよ、悪いし」

「んふ、いつもお見送りしてもらってるから

今日くらいはね。さ、行こ!」


妙に明るく振る舞うさとこちゃんに腕を引か

れ改札を潜り、ホームに着くと俺の乗る電車

が着く直前だった。


「あ!ナイスタイミング!」

「いや、一本遅らせても…」

「ダメダメ~!何にでもタイミングが大事だ

よ!丁度良い具合に来たんだから乗るべき」

「でも俺、あなたに訊きたいことが…」

「それって何?」


もう電車はホームに入って来ていて発車まで

の時間は短いからチャンスは今しかない。

俺は思い切って胸の不安を口にした。


「さっきの、大水槽の前での言葉…もう会え

ないように聞こえたんだけど…そんなことは

無いよね?」


それを聞いたさとこちゃんは驚いた顔をして

『さとこは今日でおしまいだからね』と答え

た。それから下車する人が降り終わった電車

に俺を押し入れたんだ。


「違うんだ。さとこちゃんじゃなくて、大野

君と……」


そこまで言った時に発車のベルが鳴った

まだ答えを聞いていないのに、目の前で扉が

閉まっていく。


俺の問いが聞こえなかったのか、さとこちゃ

んは微笑みながら小さく手を振っていた。

でも扉が閉じ切るほんの数秒前、確かに俺に

は大野君の声が聞こえたんだ。



「バイバイ…翔くん」



それは何時もの別れの挨拶のようであり、

でも何かが違う気もして違和感があった。


しかし不安を増大したくない意気地の無い俺

は、それを通常の挨拶だと盲信した。


大野君の覚悟の言葉だなんて考えたくもなか

ったから……











そして一話の冒頭へ


























悲報  (T0T)     私の休みの日

職場のスポーツ施設に

MJさんがプライベートで

いらしていたようです

OMG!!!