お山の妄想のお話です。
あの日以降大野君からの連絡はない。
俺が彼を傷つけたからだ…
黙って項垂れる帰りの電車での様子を思い返
すと胸が痛い。
良かれと思ってした事が裏目に出てしまうな
んて……
勝手に女の子を誘ったのが誤算で、そしてそ
れが元恋人だというのが致命的だったんだ。
彼女を呼んだのに他意はない。
遊び好きで頼べば必ず来る便利な奴だし、
顔も広いので大野君に合いそうな可愛い娘を
連れて来ると思ったから。
元カノを自慢しようとか、よりを戻したいな
んて考えてもいなかった。
けれどそれは大野君にとって酷く酷なことだ
ったんだろう。
俺は配慮の足りない無神経野郎だった…
どんなに後悔しても時間はもう戻らない。
でも、このまま彼との付き合いが終わるのは
嫌だった。
真の友情を築くための作戦だったのに、これ
では本末転倒だよ。
ではどうすべきか?
そんなの決まってる、謝るんだ!
だけど、どう謝ったらいい?
『悪かったな』『すまん』なんて、他の友人
達のように一言では済ませられない。
大野君に誠意が伝わらない気がするし、俺が
納得いかない。馴れ合いじゃない真剣な付き
合いをしたいから。
これは今まで誰にも覚えなかった感情、それ
程大野君は俺にとって大切な存在になってい
たんだ。
絶対に失いたくない友人だから、もう失敗は
出来ない。
迂闊な事は言えない、よく考えなくちゃ……
電話する意欲はあるけど中々言葉が見つから
ない俺………
こんな大事な時に発揮されるヘタレに、ウン
ザリしていると突如着信が入った。
スマホの画面には〖大野君〗と表記されている、まさか彼から掛けて来てくれるなんて!
慌てて電話に出ると『櫻井くん?』という小
さな声が聞こえた。
「大野君っ!」
それに対して俺が出した声は、焦っていたせ
いで裏返りみっともないものだった。
だけどそんな事は気にしていられない、この
チャンスを逃す訳にはいかないから。
「この前はごめん!大野君の気持ちも考えな
いで勝手に女の子呼んだりして!」
『ううん、謝るのは俺。せっかく櫻井くんが
楽しいプランを立ててくれたのに、台無しに
しちゃって……ごめんね』
「そんな事は気にしないで!また遊びに行け
ばいいんだから、今度は男同士で楽しく過ご
そうよ」
『…………うん、そうだね』
喜ばせたくてリベンジを提案したけど、大野
君の声に喜色はない。
まだアイツの事を気にしてるのかな……
もう気持ちなんて微塵もないのを言っておか
ないと。
「あの……元カノとは全然何でもないから。
気持ちとかも残ってないし、今は只の友達な
んだ」
『あ……うん。そうなんだね…』
「あいつの事は気にしないでね」
『ふふ…櫻井くん、おかしいよ。どうしてそ
れを俺に言うの?』
「だって…」
『俺達は友達なんだよね?だったら変だよ、
何だか恋人に弁解してるみたいだもの』
「えっ??」
そう言われて始めて気付いた。
確かに、これって浮気を疑われた時の言い訳
みたいじゃないか!?
どうしてこんな発言をしんだろう??
我ながら理解不能だった。
『でも、ありがと。俺を気にしてくれたんだ
よね………本当に櫻井くんは優しいな…』
「優しいなんて……」
『その優しさに…甘えていいかな?』
「えっ?」
『もう櫻井くんはセンター試験に向けて勉強
三昧になるんだろ?』
「うん…そろそれ本腰を入れないと親がうる
さいしね」
『だから、最後に……俺と二人きりで遊んで
くれない?』
「最後?」
『そう、これから受験で忙しいから……遊び
に行くのは、おしまいにしよう』
「………」
大学受験、それは高三生に立ちはばかる壁
だ。受かった大学のブランドで将来が決まる
と言っても過言でない。
俺にとっても大野君にとっても、今はとても
大切な時期なのは確かだ。
『最後にパーっと遊んで良い思い出を作って
さ、後は勉強に集中しようよ』
「うん…」
大野君の言葉は一理あり理解できる。
だけど彼が何度か口にした『最後』という単
語に、俺はかすかな不安を感じていた。
*
当日の待ち合わせ場所は何時もの最寄駅では
なく、幾つか離れた駅だった。
今回は絶対にしくじれないから集合時間のか
なり前から大野君を待っている。
今回の行き先は大野君たってのリクエストで
ある水族館。
前回が騒がしい所だったから、静かに楽しめ
る場所がよかったんだろう。
以前二人で行った美術館や博物館のように、
静かで穏やかな時間を過ごせそうだ。
*
約束の時間の10分前になった。
いつもなら大野君が来る頃だけど、今日はま
だ姿が見えない。
なれない駅だし迷った?人も多いから俺を見
つけにくいのかな?
それとも何かハプニングに巻き込まれた?!
そんな事を考えて、落ち着かない気分になった。
でもまだ集合時間前なのを思い出し、とりあ
えずもっと目立つ場所で待つことにした。
改札付近より駅を出た方が人が少ないようだ
から、そっちに移動しようと一歩踏み出した
時トンッと後ろから軽い衝撃を受けた。
何事だと思いぶつかられた左腕を見ると、
そこには栗色の長い髪があり尚且つ腕に抱き
つかれていた。
「 ?! 」
明らかに待ち人ではない、しかも女の子。
人違いかあるいは転びそうになって咄嗟に近
くにいた俺にすがったのかもしれないが、ど
ちらにせよこの状態はいただけない。
大野君に見られでもしたら誤解される可能性
がある、せっかくの仲直りの日に出端を挫か
れるのは御免だ。
そう思い離れようとすると、その娘は腕にギ
ュッと力を入れ阻止してくる。
そして驚く事に『櫻井くん』と俺を呼んだんだ。
「えっ?君、誰?」
聞いたことのある声だけど…
思い当たる人物は女性じゃないし…
狼狽えつつ誰なのか確認しようとすると、腕
に頬を寄せていた娘が顔を上げた。
「ええっ!?」
その顔は綺麗にメイクしてあり、可愛い女の
子そのものだったけれど……
紛れもない……
「お、大野…君!!」
「へへ…うん、俺。驚いた?」
花が綻ぶように笑う彼。
俺はその花笑みを驚愕な表情で見つめていた
さとこ好き♡