お山の妄想のお話です。
久し振りに女の子と遊んだ。
今回の女子大生達は逆ナンをしてきたわりに
は慎みもあったので相手としては良かったと
思う。
遊び馴れているようでガツガツしていなかっ
たからか大野君も気構えなくナチュラルに接
していた。
ゲイだから女性は苦手かと思っていたけど存
外平気なようで、隣に座った娘と頭を寄せ合
いデンモクを覗き込んだりしている。
そんな姿を見て安心したけど、同時に親しげ
な二人にモヤモヤを感じたりもした。
大野君が女の子に笑いかけると苛つくのは、
相手の娘が俺のタイプ?だからだろう……
たぶん……
カラオケ中はそんな得体の知れない感情に苛
まれ続け、女の子と親睦を深めるどころじゃ
なかった。それでも連絡先を交換出来たのは
努力の賜物だ。
*
夕方になり、彼女達と別れ帰路につく。
駅までの短い距離は大野君と二人きりだ。
「今日は久し振りに女の子と話せて楽しかっ
たね」
「そうだね…楽しかった。俺、女の子と話す
ことなんて滅多にないから新鮮だったよ」
「………ね、どんな話をしてたの?」
大野君はカラオケ中ずっと女の子と会話して
いたから、何を話しているのか凄く気になっ
ていたんだ。
「えっ……と、色々質問された」
仲良くなるにはまず相手を知ること。
初対面なら取りあえず「好きな食べ物」とか
差し障りないものからだろうけど、どんな内
容だったのか知りたかった。
「どんなこと?」
「どんなって……いろいろ…」
尋ねると眉を下げ返答に困っている。
そんな態度が引っかかり重ねて訊くと、大野
君は渋々だが話してくれた。
「フルネームや年齢、通ってる学校、あとは
好きな女性のタイプや彼女がいるかとか…」
「答えたの?」
完全にターゲットにされているとわかる内容
だ。どうしてかそれに苛立ちを覚え語気を強
めると大野君は頭を振った。
「プライベートな事だから言わなかった」
「そう……安心した。ナンパしてきた相手だ
から信用もないし正直に話す必要はないよ」
「うん…」
なんとなく歯切れの悪い返答に、もしやと悪
い考えが浮かぶ。
「もしかして、大野君は彼女が気に入ってた
の?」
大野君と一緒にいたのは大人しくて可愛い系
の人だった。穏やかな性格の大野君とはフィ
ーリングが合ったのかも。
カラオケでの微笑み合う場面を思い出し不愉
快になった。
「そうじゃないけど……櫻井くんは彼女をどう
思った?」
「どうって?別に何とも…」
「本当?彼女を狙ってたんじゃない?」
「あの人を?それはないよ」
「ならどうしてそんなに機嫌が悪いの?」
「えっ?!」
「櫻井くん怖い顔してる…俺が彼女と仲良く
したのが気に入らないからでしょ?」
「ええっ?!違うよ!」
「じゃあ、どうして?」
大野君に訊かれたけれど、自分でも不機嫌な
理由がよくわからない。
彼女に好意があるかと訊かれれば『全く無い
』と即答できるけど…
………ひょっとして、彼女に大野君をとられる
のが嫌だったのか?
小さな子供じゃあるまいし、友達をとられそ
うで不機嫌になっただなんてカッコ悪くて言
えないよ。
「ごめん自分でよくもわかんないや。でも彼
女を何とも思ってないのは事実だよ」
「絶対に?嘘じゃなくて?」
「凄い念の押しようだけど、それは大野君が
あの人を気に入ったから?」
「ううん、それはない。ただ櫻井くんの本心
が知りたかったんだ。……何でもなくてよかった」
大野君はホッとした様子で続けた。
「実はカラオケ中にされてた質問って、みん
な櫻井くんのことだったの」
「えっ?」
「個人情報はもちろん好みのタイプも知らな
いから話してない。ただ、付き合っている人
はいないって言っちゃった……それはかまわな
いよね?」
「うん、実際いないからね」
質問が全て俺のことだったと知り安堵した。
あの娘が大野君狙いではないことと、大野君
もあの娘を何とも思っていないことがわかっ
たからね。
「……これから、誰かと付き合う予定は?さっ
きいたもう一人の女性とか…」
胸の霧が晴れスッキリした俺とは逆に、大野
君は心許無げだ。
彼も俺をとられたくないと思ってくれている
ようで嬉しい。だけど俺と同じ『友達』カテ
ゴリーじゃないのも分かっているから複雑な
心境だった。
「これから受験で大変だからね、誰かと付き
合う暇なんてないよ」
「……そっか。そうだよね……受験生だもの」
俺の言葉に安心したようだけど、淋し気で愁
いを含んだ表情だ。
こんな顔をさせてしまうなんて胸が痛む。
また俺はやらかしてしまったんだな…
少しの希望を与えそれをすぐに打ち砕くとい
う酷なことを平然としたんだ。
だけど分かって欲しい、俺が大野君に友情以
上の感情を持てないことを。
友達という関係を壊したくないから、キツい
言葉で撥ね除けたくない。
優しさと言うには烏滸がましいけど、これ以
上のいい案が浮かばないんだよ。
俺だって苦しい、だけどこの苦しさを乗り越
えた先に真の友情があるんだ。
「それに今は色恋沙汰で辟易するより、気の
合う友人と遊んだ方が楽しいからね」
『気の合う友人』それがあなただと、
『恋人にはなれない』と理解して。
「気の合う友人か……」
大野君はそう呟き俯いた。
細い体か震えているように見えて、頭の中が
罪悪感で埋め尽くされそうだ。
でも暫くの沈黙の後、大野君は顔を上げ俺に
笑いかけてくれた。
「今は気の合う友人で我慢するよ」
「うん?!」
その言葉には彼がまだ俺を諦めず、同性に恋
をするという間違い…いや、勘違いに気付い
ていないことが窺えた。
残念だと思う一方嬉しさも見え隠れして微妙
な感じだけれど、一つだけ分かっているのは
まだまだ俺は努力をし続けなくてはいけなこ
と。
これからも出来得る限り女の子と一緒に遊ん
で、大野君が早く感知できるように頑張らな
きゃいけないんだ。
*
「あっ!いたいた!お~い!お~ちゃん!」
駅のロータリーにつくとバイクに乗った人が
大きく腕を振っていた。
どうやら既に大野君のお迎えは到着していた
ようだ。
「あーばちゃん!」
それに大野君も両手を振る。
今回のお迎えはいつもの鼻につくフルフェイ
スヘルメットではなく初めて見る人だった。
シールド付のジェットヘルメットだから顔が
見え、かなりのイケメンだとわかる。
「大野君、彼はいつもの人じゃないよね?」
「いつも?ああ、違うよ」
「彼も寮生?」
「うん、あーばちゃんも寮生だよ。今日はい
つも来てくれる潤に用事があるからって断ら
れちゃって、代わりにあーばちゃんが来てく
れたの。優しいんだよ」
「へぇ……あのイケメンと仲がいいんだ」
嬉しそうに話す大野君が少し憎らしい。
「イケメン……確かにあーばちゃんも潤もイ
ケメンだけど……俺は櫻井くんが一番イケメ
ンだと思うよ」
「 !! 」
照れくさそうなその一言で、憎らしさが吹き
飛び、ジワジワと嬉しさが込み上げてきた。
……嬉しい?男にイケメンと褒められて?
この感情はどういう事だろうか?
我が事ながら理解不能だ。
「じゃあね、櫻井くん」
俺が自身の感情に戸惑っている間に大野君は
バイクのタンデムシートに座った。
そして渡されたゴーグル付の半帽ヘルメット
をかぶると片手を小さく振りながら走り去っ
て行ってしまった。
遠くなって行くバイクを見送りながら、今日
一連の出来事を思い返す。
カラオケでの大野君と女の子のツーショット
にモヤモヤし、お迎えのイケメンにイライラ
する。そして最大級に褒められて喜ぶ……
なんだ、これ?
大野君が絡むと自分の感情がわからなくなる
やっぱり俺にはまだ、子供のような独占欲が
残っているんだな……
大好きな友達、大切な友達、大野君は友達な
んだ。友情であり恋情ではない、俺までそれ
を間違えたら駄目だ。
よし、もっと女の子と遊ぼう。
勿論大野君も一緒だ。