お山の妄想のお話です。





目の前には真剣な顔の翔くんがいる。

それだけでもこの告白が嘘じゃないってわか

る。というか、そもそも翔くんはそんな嘘を

つかない。


翔くんは優しくて真面目で誠実だ。

子供の頃から一緒にいるからわかっている。

……だけど、そんな人だから本当の気持ちなん

て答えられない。


告白は凄く嬉しい、でも心が痛い

幸せになって欲しいから真実は言えないよ。


「……俺は、翔くんのこと…お、弟み…」

「智君!」


痛みをこらえての言葉は途中で遮られた。

つきなれない嘘に俯いていたけど、それでも

翔くんの怒った顔が容易に分かる厳しい声だ

った。


「言ったよね?本当の気持ちを話してって」

「……だから、本当のこと…」

「だったら俺の目を見て。それが真実なら顔

を上げて堂々と言えばいいだろ」

「………」


確かにその通りだ、翔くんを見てハッキリと

言えばいい。それで納得してくれるならどん

なに胸が痛んでも我慢出来る。


そう覚悟を決め顔を上げると、そこにはやは

り厳しい表情の翔くんがいて一寸だけ怯んで

しまう。

けれどここで挫けたらいけないと、俺は気力

を振り絞り翔くんを見据えた。


お互いの視線が合う。

腹を括りもう一度『弟みたいに思っている』

と言おうとした時、突然翔くんの表情が和ら

いだ。


「……そんな顔しないで、怒ってるわけじゃ

ないから」


そんな顔って、いったい俺がどう見えている

んだ?怪訝に思い眉を寄せると、翔くんは困

った顔で笑った。


「 泣きそうな顔してるよ?母さんに叱られた

時みたいなね」

「そ、そんな顔してねぇ!」

「そうかなぁ、昔よく見てたけど」


姉さんと暮らしていた頃は結構叱られてた。

美人が怒るととても迫力があって恐ろしいし

言っている事も正論だからぐうの音も出なか

ったな……


でも叱られてたのは翔くんも同じだ。

その時の翔くんも泣くのを必死に堪えた顔を

してた。

俺は今、そんな表情をしているのか?


「ねぇ智君、母さんの言ったこと覚えてる?

母さんが生きていた頃、散々言われてた言葉

があったよね?」

「……えっ?」


突拍子もない話題に面食らう俺に構わず、翔

くんは続けた。


「人に迷惑をかけるな、困っている人がいた

ら助けろ、それから…たった一度の人生なの

だから自分らしく思い通りに生きろ。俺は前

者の二つは実行してきたつもりだよ、智君も

そうだろ?」

「………そうだな…」

「でも、最後のヤツはお互いまだ実行出来て

ないよね」

「俺は……思い通りに生きてきたぞ」

「嘘言わないでよ、俺と生活するために我慢

したり諦めたりした事が沢山あるでしょ……」

「そんなもん、ねえよ」


翔くんが言っているのは海外での個展開催の

件だろうか。

数年前に欧米数ヶ所で個展を開かないか、と

話が舞い込んできたことがあった。


その頃は翔くんが受験に向けて大変な時期で

家を空けたくなかったから断ったんだ。

でもそれは俺がついていたかったからであって、翔くんのせいじゃない。


「そうなの?」

「ああ」

「本当に?」

「諄いぞ」

「…じゃあ、色々我慢してたのって俺だけ?」


そう言われ、俺が至らなくて知らぬ間に不自

由をさせたのかと不安になった。


「社会に出て一人前になるまではって、ずっ

と辛抱してたのに」

「何を?」

「何をって……さっきの愛の告白だけど」

「えっ?!」

「だって智君に庇護してもらっている間には

言えないでしょ、男としてのプライドもあっ

たしさ。それに確信を得るための時間も必要

だったから」

「確信って、何のだよ」

「決まってるじゃない、あなたが俺を好きか

ってことだよ。もちろん恋愛の意味でね」


その言葉を聞き、俺の卑しい想いを気付かれ

ていたのかと愕然とした。

しかしバレていたとしても認めるわけにはい

かない。動揺しながらも反論を試みた。


「な、何言ってんだよ。俺は翔くんに恋愛感

情なんて持ってねえ」

「それ、二個目の嘘になるよ?智君は約束を

破ってばかりだね」

「破ってねえし、お前が勝手に言ってるだけ

だ。だいたい根拠がないだろ」

「根拠?沢山あるよ。その最たるものを話そ

ううか?」


翔くんは自信たっぷりだけど、俺はそこまで

致命的な失敗はしてないはずだ。

だから『それはただの思い込みだ』と否定で

きるだろう。


「コンパがある日、朝は『良い出会いがあれ

ばいいな~』なんて笑顔で言うくせに瞳は憂

いを含んでいたり、終電で帰れば『なんだ、

帰って来たのか~』なんて残念そうにするの

に明らかに安堵してたりね。それが保護者と

しての心配か別のものかの判別に少し時間が

かかったけど、あることが糸口になって智君

の気持ちが確認できたんだよ」

「表情や雰囲気だけじゃ裏付ける証拠になら

ないだろ」

「そうかな?でも俺にとっては決定的だった

ことだよ。サークルの集まりで女子がしな垂

れ掛かってきて香水の匂いが服に移った事が

あったんだ。酷く臭くて辟易しながら帰った

ら、智君は『お帰り』もなく忌々しそうに

『臭え』って一言残して部屋に入っちゃった

んだ。あれは妬いてくれたんだろ?じゃなき

ゃあんなに不機嫌にはならないもの。

嫉妬したってことはさ、つまりそういうこと

だよね。その時にあなたの気持ちを確信した

んだ」


〖香水〗で不愉快な記憶が甦る。

ほろ酔いの翔くんが香水の匂いをぷんぷんさ

せて帰って来た。嗅いだことのない甘い匂い

を纏わり付けて平気な顔の翔くんに苛々して

せっかく出迎えたのに、すぐ部屋に引っ込ん

だんだ。


……あれを〖嫉妬〗だと言われたら正にその

通りで反論は難しい。

きっと苦し紛れを言っても弁が立つ翔くんに

論破されるだろう。もう俺は貝のように口を

噤むしかない。


「まだ足りないなら他の事も話すけど、証拠

としたらもう十分だと思うんだ。俺はあなた

の心を知っている、だからもう嘘をつく必要

はない。ただあなたの口から言って欲しいん

だよ」


俺の気持ちを知っていて、それを自ら口にし

ろという翔くん……全てお見通しってこと?

だったら何故俺が本心を明かさないかもわか

るんじゃないのか?


言いたくても言えないという苦痛をどうして

わかってくれない?

翔くんは勝手ばかりで、だんだん怒りが込み

上げてきた。


「ね、だから言って」


無責任にねだる態度に我慢が限界に達し、と

うとう声を荒げてしまった。


「本心なんて言えるわけないだろ、お前の将

来が大切なんだよ!」










ねむ