お山の妄想のお話です。




若かりし日、俺は家を飛び出した。


行く当てなんてなかった、ただ知らない場所

へ行きたかったんだ。

誰も俺を知らない、気にかけない、そんな場

所を求めて夜行電車に乗った。


数時間電車に揺られて辿り着いたのは終点駅

の大都会。

田舎と違って都会の人は他人に無関心だと聞

いたことがあったし、これだけ大勢に紛れれ

ば親に見つかることもないだろう…

きっとそれは杞憂に終わることだろうけど。


お金がある間はネカフェとかに寝泊まりして

いたけど、資金が尽き始めると外で過ごすこ

とになった。

季節は秋、夏服しか持っていない俺には朝晩

は冷えて辛い。


寒さに震えながら今年の冬は越せないな、と

ぼんやり考えた。

生きる意義も価値もない自分にはそんな終わ

りがピッタリだ。


生まれてからこれ迄楽しい事より辛い事の方

が多かった。親の命令に従う生活でやりたい

ことも出来なかったんだ、でも時間がまだ残

されているなら最後に好きな事をしたい。

悔いが無くなれば笑ってあの世に逝けると思

った。



残りの金の殆どを使って水溶性スプレーを買

った、絵を描くためだ。

青系の色が多いのは海の絵だから。

小さい頃に旅行した美しい南の海、俺の幸せ

の記憶を残したかった。


電車の陸橋のコンクリートをキャンバスにし

て、何日もかけて広くて大きな海を描いてい

った。最初は小さかった青が次第に大きな青

になり白いスプレーで波が生まれる。

自分の手で創造するのが楽しくて夢中で描き

続けた。


そうして、やっと完成した海。

きっと美術を専門に学んだ人が見たら、素人

の落書き程度だろう。

だけど俺にとったら一世一代の力作だ、絵の

前に座り込み何時間も見続けた。


これで満足、もう思い残すことはない。

殆ど飲まず食わずで描いたから動く力ももう

ない、このままここで終わるつもりで横たわ

り目を閉じる。


日陰で寒い陸橋の下に来るような酔狂な人は

いないだろう。出来れば誰にも見つからない

で大地に還りたかったんだ。



「ちょっと!!君っ!どうしたの?!」


大きな声と身体の揺れで意識が戻る、ぼんや

りと声のする方を見上げると綺麗な女の人が

俺を覗きこんでいた。


綺麗だな…神様の御使いか?やっと父ちゃん

に会えるんか……

幼稚園の時に亡くなった大好きな父ちゃん…

この神様の御使いに頼めば父ちゃんの所へ連

れて行ってくれるかなぁ?


「ねえっ!どこか痛いの?それとも熱がある

とか?ちょっと、しっかりしてって!」


頬に痛みを感じる、これってビンタじゃん。

過激な御使いだなぁ


「……頬っぺた痛え…神様の御使いなら、もっ

と優しくしてくれ」

「えっ!?私は人間よ!」

「……あれ?俺、死んだんじゃないの?」


まだ生きてたのか……もう一度目を瞑れば今度

こそあっちへ行けるかもしれねぇ…

そう考えて目を閉じると、バシッという音と

共に頬に強烈な打撃を受けた。


「何を言ってるの!あなた生きてるわよ!!

きっちりと目を開けて今がどういう状態なの

か言いなさい!」


美人さんは険しい顔だ、その迫力に気怖じし

俺は言ってしまった。


「………腹減った……」



その後美人さんは大量の食料をくれた。

俺はそれを食べながらこれまでの話をしたんだ。


小さい頃父親が亡くなり数年して母が再婚し

た。連れ子の俺は義父に煙たがられ弟が生ま

れた頃からは母も俺に関心が無くなった。

ネグレストされ義務教育が終わると働きに出

されて給料も取り上げられ、家族の贅沢に使

われた。


奴隷のような扱いに耐えられなくて家から逃

げ出し、自身の存在する意義や価値がわから

なくってこのまま消えてもかまわないと思っ

ていた、など。


美人はそれを黙って聞いていた、そして言っ

たんだ。


「だったら今からは自分のために生きればい

いじゃない。もう嫌な奴らはいないのよ?

好きな事をすればいい、夢があるなら追えば

いいのよ」

「えっ?」

「家族の所へは戻らないんでしょ?」

「うん…」

「だったら何の柵もないじゃない、好きに生

きれば?」

「好きに生きるって…?」

「夢はないの?」

「………夢…」

「あれ、あなたが描いたんでしょ?」

「うん」

「絵を描くの好き?」

「好き……小さい頃から好きだった。でも親

が金にもならない物描くなって言って…」

「もの凄い毒親ね…。だけどもうあなたは自

由なんだから、絵を描けるし学ぶことだって

できるのよ」

「でも…」


好きな事が出来る?

だとしたらやっぱり絵かな…

でも今の俺じゃ無理だ、だって生活するお金

もないんだから。


「あっ!あなた住む所ないのよね?」

「うん、お金もない…」

「じゃあ一緒に来なさい。しばらく家にいて

今後を考えたらいいわ」

「で、でも、迷惑だろ」

「迷惑だったらこんな事言わないわ、それよ

り未成年が一人でこんな場所にいるのが心配

なの」

「そんなに簡単に素性も知れない奴を家に連

れて行くのは危ないと思う…」

「大丈夫!私は人を見る目があるの!あんな

に素敵な絵を描く子が悪さするわけないし」


そう言って笑った顔がとても美しくて、この

人は実は女神様じゃないのかと思った。

そうして俺は暫く彼女の家に厄介になること

となった。



「智くん!遊ぼ!」


世話になっている櫻井さんの家には男の子が

いる。


「おお。でもちょっと待ってくれ今風呂の掃

除してっから」

「ぼくも手伝うよ!」


とても利発で優しい子、そして天使のように

可愛らしいんだ。

初見時は俺を怖がっていたけどいつの間にか

凄く懐かれていた。


智くん智くんと後ろを付いてくる翔が可愛く

て、いつも気に掛けていたんだ。

あまりにも愛おしくて『翔が女の子なら嫁に

貰ったのに…』なんて考えたりして。

男の子で良かった~、なんて安堵していたの

に…



ある日、家事全般を姉ちゃんに任されていた

俺は夕飯の買い物に出た。

そしてスーパーからの帰り道に下校途中の翔

を見かけたんだ。


低学年は同じ方向の子供たちと一緒に帰るら

しくて、10人程の集団の中に翔もいた。

男女半々の中、翔の周りは女子ばかりだ。


イケメンって子供の頃からモテモテなんだな

と思ったものだ。

『翔君、翔君』と纏わり付く女の子達。

翔は邪険にすることなく対応策している。


でも俺はそれを見て和めなかった、女の子達

に笑いかける翔に苛々したんだ。

何故?絶対に俺おかしいよな?

今までと違う感情に茫然とした、だってどう

考えてもそれは嫉妬だったから。


俺は翔の周りの女の子に妬いていたんだ。

おかしいだろ……幼い女の子相手に嫉妬だな

んて。

ワンチャン逆ならまだ理解出来たさ、モテる

翔が羨ましかったってパターン……


でもそうじゃない、俺は女の子達に忌々しさ

を感じていたんだ。

これって……翔をあの子達にとられたくないっ

てことなのか?

翔は俺のだって、独占欲??


…………………だとしたら、ヤバい

だってそうだろ?翔は俺と同じ男だぞ?

しかも10歳も年下で小学生だ

そんな子供、しかも同性に邪な想いを抱いて

いるなんて……


社会的には変態……いや、俺は違う。

小児性愛は春期前の子供に性的魅力を感じる

ものらしいが、俺は翔にまだそれを感じては

いないんだ。


だけど……

いつかそれを感じる予感がする…

翔にとって俺は危険な存在になり得るんだ

姉ちゃんの子供……恩人の息子に……


ぶるり、身体が恐怖に震えた。

そして思ったんだ、そうなる前に翔から離れ

ようと。


肉欲を感じていない今ならまだ間に合う、良

いお兄ちゃんで終われるはずだ。


この家を出ようと考えた、それが一番良い方

法だから。

栃狂った俺が愛しい子供に危害を加える前に

遠くへ離れればいいんだ。


大切な翔を俺の汚い想いで傷つけるのは、絶

対に出来ないのだから。







ペド?


智のターン