お山の妄想のお話です。
「あれ~?櫻井君何してるの?」
こんな風に声を掛けられるのは何回目だろう
少なくとも五回以上だとは認識している。
その度に追い払ってきたけど、そろそろ面倒
臭くなってきた。
シカトしていればいなくなるかな?
目の前にいる女子を見ながら考えた。
しかし興味津々な彼女達は、俺が答えるまで
絶対にこの場を離れそうにない。
さっさと何処かに行って欲しいから素直に話
すことにした。
「人を待ってるんだよ」
「人?誰?もしかして女の子?!」
「嘘っ!櫻井君って彼女いたの?!」
「ヤダーー!マジでぇ!」
騒がしくなる女子達…当てが外れた。
青春真只中の彼女等は『放課後正門の横に立
って誰かを待っている』と言えば『一緒に帰
るために恋人を待っている』と思い至るよう
だ。俺の個人的な意見では待ち合わせなら昇
降口だと思うけど。
「違う、今から三者面談だから保護者が来る
のを待ってるんだ」
騒ぎを静めるために、もう何回も言った台詞
を繰り返した。煩わしいことこの上ない。
「本当にぃ?彼女じゃなくて?」
「本当だ。だいたい彼女なんていないし」
「でも、わざわざ正門まで保護者を迎えに来
る?普通教室の前で待ち合わせでしょ」
普通はそうかもしれない、教室がわかってい
れば殆どの親は勝手に行く。
だけど俺はそれを良しとしない、大切な人が
来てくれるのだからエスコートするのが当然
だろう。
「別にいいだろ、君達には関係ない事だし」
ウザくなり少し口調かキツくなった。
もうすぐ智君が来るはずだから早く追い払い
たいのもある。
「そうだけどさ~保護者待ってるとか何か嘘
くさいんだよね。やっぱ彼女待ってるんじゃ
ないの?」
「彼女はいないって言ってるだろ」
「え~それが本当なら、櫻井君ってマザコン
なの?」
「どういう意味だよ」
「ママに早く会いたいから正門で待ってる~
みたいな?」
「ふふふ、それな!」
ウェイ系女子達に苛々する。
「何がマザコンだ、俺は母親を待っているな
んて一言も言ってないぞ」
「え~?だって面談ってほぼ母親が来るじゃ
ん?」
「家は違うんだよ、俺にとって大切な人が来
てくれるんだ。君達には関係ない事だからさ
っさと帰れよ」
「大切な人?そんなの聞いたら尚更その人見
るまで帰れないよ」
どう言っても場を離れようとしない女子達に
そろそろ我慢も限界だった。
目を吊り上げ容赦なく厳しい言葉で追い払お
うとした時、のんびりと此方に向かって歩い
て来る人影に気がついた。
「智君!」
その姿を見ただけで苛々が吹き飛ぶ。
俺は彼女達の間を抜け、満面の笑みで智君の
所へ向かった。
「外で待っててくれたのか?暑いんだから校
舎にいればいいのに」
「わざわざ智君が来てくれるんだもの、お出
迎えは当然だよ」
「そんな大袈裟な」
二人で並んで歩いて行くと正門にいたウェイ
系女子がポカンとしながら見ていた。
彼女達を無視して通り過ぎようとすると、智
君は『ちょっと待て』と歩を止める。
「何?どうかしたの?」
「この娘達友だちなんだろ?」
「……一応知り合いだけど」
「そんじゃ、挨拶しとくか」
「えっ?!いいよ、そんな事しなくても」
「そう言うわけにもいかねえぜ」
智君は彼女達の前で立ち止まるとニッコリと
微笑んだ。
「君達、翔の友達だよね?」
「は、はい」
「翔と仲良くしてやってね~」
「は……はいっ!」
んふふ、と笑う智君に彼女達は頬を染める。
「もうっ!早く行こうよ!」
それが気に入らなくて智君の腕を引き校舎へ
と急いだ。
背後からは彼女達の『あの人カッコいい!』
などとキャーキャー黄色い声がする。
だから嫌だったんだ!と少しだけ智君を恨め
しく思った。
正門で待っていたのはお出迎えもあったけど
変な虫を智君につけない為でもあったんだ。
智君は綺麗だけど、今日はスーツだから目茶
苦茶格好いいんだよ。
そんな姿を見たら誰もが智君を好きになる、
すなわちライバルが増えると言うことだ。
同年代には負ける気はしないが、智君につい
てアレコレ訊かれたら煩わしいことこの上な
い。
「俺はあんな奴らと仲良くしたくないのに」
少しだけ恨み節をぶつけると智君はニヤリと
した。
「そんな事言うなよ、あの娘達の誰かか翔く
んの彼女になるかもしんねぇだろ」
「はあぁ??」
「だってよー、お前成績優秀でイケメンなの
に今まで付き合った娘いねえじゃん。だから
ちょっと心配つーか、せっかく若いのに勿体
ないって思ってさ~」
「勿体ないって……」
俺は溜め息を噛み殺した。
智君だけをずっと想い続けているのに、全然
気付いてない。
まあ、あの事件の後からはあからさまに好き
だとは言っていないから、もしかしたら勘違
いが解けたと思っているのかもな。
だけど実際は想いは深くなるばかり、今我慢
しているのはまだ告白の時ではないから。
社会に出て自分で生計を立てられるまで、一
人前だと認められることが必須なんだ。
それまでは地道に愛しい人に害虫が寄らない
ように予防線を張ることしか出来ない。
何年も続けてきたから害虫駆除のスキルは身
に付いた、思えば紫陽さんの事件のおかげか
もしれないな。
そんな健気な俺に『彼女を作れ』的な無慈悲
な台詞を平気で吐くなんて……
この事は心のノートに記録して、念願叶った
時にお仕置きしてやるんだ。
甘い甘い蜜の淵に落として、ねっとりと責め
てあげる。
もしかしたら泣かせてしまうかもしれないけ
ど、長い時間我慢し努力した俺に免じて許し
て欲しいな。
「ふふっ……」
そんな未来を想像して笑いをこぼすと、隣か
ら少し引いた気配が伝わってきた。
「……翔くん……」
「なあに?」
「キメェ……」
「何それ?ちょっと失礼じゃない?」
「だってよ、すげえ不気味な笑いだったぞ?
さっきの女の子達とエッチなことする想像と
かしてたんじゃねーの?」
「 マジで冗談はやめて!あの娘達なんて全然
タイプじゃないし!」
智君の言葉を全力で否定した、確かにエッチ
な事は考えてたけどその相手は全然違う。
淫らな想像の相手はあんただよ、とは流石に
言えないけどね。
*
教室の前の廊下には幾つか椅子が置いてあり
前の人が終わるまで座って待つことになって
いる。
俺は智君を椅子に座らせその前に立った、勿
論智君を他の奴らに見せないために。
ここまで来る間に何人もの生徒とすれ違い、
その殆どが振り返って智君を見ていた。
明日になれば『あの人誰!』って押し寄せて
来るだろう。いちいち答えたくも教えたくも
ないから、これ以上虜になる人数を増やした
くないんだ。
「翔くんも座れば?」
俺の努力を知らず呑気に言うのに苦笑いし、
『授業中ずっと座ってたから立っていたい』
なんて誤魔化した。
廊下の時計を見ると後数分で自分の順番にな
る、高三の面談は進路についてだ。
智君には進学したいとは言ってある、だけど
どの大学を受験するかは伝えていない。
俺自身迷っているからだ。
家から通うのは当然、問題は学費だ。
行きたいのは私立だけど学費が高い、智君は
お金の心配は無用と言うけどこれ以上甘えら
れない。学費の安い国公立が無難だろう…
この面談では志望校を言わなければならないし、どうしたものかと悩む。
「そういや、翔くんはどこを受けるんだ?」
俺の心を読んだかのように訊かれ驚いた。
「え……一応第一希望は私立なんだけど」
「そうか。どの大学?都内か?それとも他の県?一人暮しとかすんの?」
「都内だよ。家から通える大学にしか行かな
いつもりだから」
「そうなんだ…」
何だか智君がガッカリしたように感じて焦っ
た、ひょっとして俺を追い出したい??
「俺のことが邪魔なの!?」
「そーゆうわけじゃねーよ。たださ、今まで
家事とか手伝ってもらってたから他の子みた
いに自由な時間がなかっただろ?だから大学
では自分の好きに生活して欲しいんだよ」
「何言ってんの?俺は大したことしてない、
智君が殆どしてくれてたじゃん。大学生にな
ったらもっと手伝って智君には楽をしてもら
うつもりでいるんだよ」
「でもさ~」
「…智君は俺に出て行って欲しいの?」
「そんなことねぇよ」
「だったら今まで通りでいいじゃん」
「けど、俺と一緒だと女の子とか連れ込めな
いぞ?在宅仕事でほぼ家にいるし、気ぃ使う
だろ?」
「はっ???」
その台詞に呆気に取られた。
「ちょっと待って、どうしてそんな風に考え
てるの?」
「だって翔くんが彼女作らないのはモテない
俺を気遣ってだろ?だからさ大学生になるの
を機にそういうのを取っ払ってやりたいよう
にして欲しいんだ」
「いやいや、それは違うよ。俺は必要じゃな
いから誰とも付き合わないんだし、智君は目
茶苦茶モテてるよ」
「俺がモテてる?笑わすなよ」
「凄くモテてる!ただ気付かないだけで」
モテて困るから俺か身を削ってるんだ。
それに気付いてないのは害虫駆除が項をなし
ているからだろう。
だけどそれで家を出されたら堪ったものじゃ
ない、本末転倒だ。
「まー、どうであれ一人暮ししてみたら?」
「嫌だよ!やっぱり追い出そうとしてる!」
「いや、俺はお前の事を思ってだな…」
「俺の事を考えてくれるなら一緒にいてよ、
智君は約束を忘れちゃったの?」
「約束……」
「あの日約束しただろ?俺が『もういい』っ
て言うまで一緒にいてくれるって」
「あれはお前がまだ小さい子供だったから…」
「約束は約束だ!俺はまだまだ智君と一緒に
いたい。いや、未来永劫一緒にいる!」
「翔くん……」
智君は困り顔になった。
子供の頃の約束だからもう時効とでも思って
た?俺は無効にするつもりなんてない。
だけど成長した今それを押し通すのは我儘だ
と思われるかな。
ここは紳士的にした方がいい?
「ごめん、子供っぽかったね。だけど離れた
くないのは本心だよ」
「そうか…」
「智君には迷惑だろうけど、とりあえずもう
少しだけ一緒にいてよ」
「うん」
「俺が大学を卒業して就職するまでは約束し
て?」
「ああ、わかった」
「それでね、俺が一人前になった時に聞いて
もらいたい話があるんだ」
「今じゃ駄目なのか?」
「まだ臑齧りだから駄目」
「わかったよ」
「その時の話は……智君に答えてもらうこと
があるんだけど、絶対に返事をしてね。嘘偽
りなくだよ?」
「お?おお」
いきなり変な約束をさせられて智君は困惑し
てたけど、こちらとしては言質を取ることが
出来てラッキーだった。
これで逸らかされることはないはずだ。
そんな話をしていたら教室から前の面談の親
子が出てきた、次は俺達の番。
俺は智君を促して教室へと入った。
*
俺の人生の山場へと続く大切な第一のターニ
ングポイント、的確な選択をしよう。
良い大学を出て、良い就職をし、最愛の伴侶
を娶るために。
きっと俺は成し遂げるよ。
十数年燻り続けた想いを絶対に成就させて、
必ず幸せになるんだ。
黄花秋桜 花言葉
幼い恋心
野性的な美しさ