お山の妄想のお話しです。
暫くして智君は個展の準備に入った。
作品に集中してもらうために掃除や洗濯など
出来る事をするようにした。
とは言っても洗濯はボタン一つで乾燥まで終
わるし、掃除はロボット任せ。
俺が出来るのは洗濯物をたたむことと、家具
の埃を払うぐらいだった。
だけど智君が凄く喜んで褒めてくれたから頑
張っていたんだ。
*
紫陽さんは週に2回程夕飯を作りに来た。
その日は朝から憂鬱だった、だけど智君のた
めに我慢をして一定の距離を置き彼女に接し
ていた。
そんな微妙さを察したのか、彼女の方も俺に
干渉することは殆どなかった。
最初の何回かは調理して俺に配膳した後にす
ぐ帰っていたから、少し食べて残りは鍋に戻
したり捨てたりした。
料理が口に合わないというより、体が受けつ
けないんだ。
食材が勿体ないし彼女にも申し訳ない気持ち
はあったけど仕方がないだろう。
これなら乗り切れると思っていた、だけど智
君の仕事が更に忙しくなるとそれが変わって
しまった。
忙しくて食事を抜きがちな智君を心配した彼
女が進言して夕飯だけは一緒に摂ることにな
ったんだ。勿論彼女も含めて。
この頃智君とあまり話せていなかったから嬉
しかったけど、彼女もいるのが不満だった。
それに甲斐甲斐しく智君の世話を焼く姿が媚
態を示していて嫌悪感も抱いた。
だけど当の智君はそれを受け入れている、秋
波を送られているのに気付いてないんだ。
二人は談笑しながら食事をし、俺は加わるこ
とも出来ずただ黙々と食べるだけ…
それにより料理を残さず食べるという拷問と
睦まじい二人を見るという地獄のような時間
を過ごすことになった。
*
「翔……痩せた?」
紫陽さんが帰った後にそう言われた。
「えっ?そんな事ないと思うけど」
俺は知らばくれて返事をする。
確かに体重は減っていて理由もわかっている
けど、それを智君に知られるわけにはいかな
いから。
「紫陽さんの献立は栄養のバランスがとれて
るから余分な脂肪が減ったのかなぁ?マッチ
ョになったんだよ」
おちゃらけて誤魔化そうとしたけれど、智君
は訝しげにこっちを見ている。
「違うだろ?そんなに食ってねえじゃん」
「しっかり食べてるよ」
「いや、俺が作ってた時より確実に少ない。
どうしてだ?紫陽さんのメシ嫌いか?」
勿論嫌いだ、だけどそれは味じゃない。
俺と味覚が似ている智君は美味しそうに食べ
ているから多分味は良いのだろう。
「嫌いじゃないよ、美味しいし…」
「じゃあ、どうしたんだ?前は凄ぇ食ってた
じゃん」
「今だって食べてるよ」
「そうは見えねぇ」
智君が俺の異変に気付いてくれていたのは嬉
しい、だけど彼女が嫌いだから体が受け付け
ないなんて言えないよ。
何とか誤魔化さないといらぬ心配をかけてし
まう……
「…実は…ダイエットしてるんだ」
「ダイエット?!どうして!」
「ええと……す、好きなコが出来て…」
「マジか?!誰っ!」
他に思い浮かばず苦し紛れに言った言葉。
なのに智君は食い付いてしまった、誰だと訊
かれても該当者はいない。
でも答えなきゃこの場が収まりそうにない、
だから適当に答えた。
「…クラスの子だよ」
「その子に好かれるためのダイエット?」
「まぁ……そうだよね……」
「そっか……好きな子か……翔もそんな年頃に
なったんだなぁ……」
智君は俯き少しだけ笑った。
それが淋しそうに見えたのは俺の錯覚なのかな?
「だけどな、今は成長期だから食べなきゃダ
メだぞ。その子に好きになって欲しい気持ち
はわかるけどな」
「……智君にわかるの?」
一見恋愛に興味の無さそうな彼に本当にわか
るんだろうか?恋をするこの痛みが?
「そりゃぁ……わかるさ。俺だって好きになっ
た奴ぐらいいたし」
「それ、誰!」
智君の思わぬ発言に我を忘れた、だってライ
バルが増えたどころの騒ぎじゃないから。
好きな人がいたなんて初耳の爆弾発言だし、
俺にとっては死活問題になり得る。
「誰って……言えねえよ」
「どうして言えないのさ」
「……色々あんだよ」
「その人のことまだ好きなの?」
「とっくの昔に諦めた」
智君はキッパリと言った。
そう聞いて多少は安心したけど複雑な気持ち
だった。
「その人とはまだ付き合いがあるの?」
「あ~、あるな」
「じゃあ、まだ……」
心は残っているんじゃないの?
そんなニュアンスを含ませると智君は苦笑す
る。
「お前凄く突っ込んでくるなぁ、俺の恋ばな
なんて聞いても全然面白くねえのにさ」
「だって気になるんだもの」
「マセガキかよ。しょうがねえな、話すけど
詮索すんなよ」
「うん」
俺の好奇心旺盛を知っているせいか、はたま
たずっと尋ねられるのを嫌ってか、智君は話
してくれるようだ。
智君が過去に好きだった人…
名前は教えてくれそうにないけど、どんな人
物かわかれは対策が練れる。
その人が智君に近付くのを阻止できるかもし
れないし。
「もう随分前だけど年下の可愛い子だった。
はい、終了~」
「えっ?それだけ?!」
「なんだよ不服か?」
「もう少し教えてよ」
「…その子が無邪気で純粋で……自分が汚く思
えたから気持ちに蓋をした。以上」
「ちょ、智君、それじゃわかんない」
「教えるつもりねぇから、いいの。とにかく
その子を見守ことにしたんだよ。大人の事情
もあったしな」
「大人の事情って?」
「………お前も大人になったらわかるさ」
意味深な話、大人の事情とは何かとても知り
たかったけどサラッと躱されてしまった。
けど、それより他に訊いておきたい事がある
とても重要なことだ。
「本当にその人を諦めたの?」
「…まーな」
「好きな人、今はいないんだね?」
「まーな」
「……そっか」
この話が出た時はとても焦ったけど、好きな
人がいないとわかり安堵した。
「だけど……恋するのもいいかも。翔だって
恋してるんだものな」
「えっ」
「だって翔に彼女できたら淋しくなるもん」
「智君、あの…」
ホッとしたのも束の間、その発言に青くなり
危うく「本当は好きな女子なんていない』と
言いそうになって手で口を押さえる。
それをばらしたら、また『どうして食べない
んだ』と振り出しに戻ってしまうから。
智君に媚びる女の作った物なんか食べたくな
いから、なんて言ったら紫陽さんの気持ちに
気付いてしまうかもしれないもの。
対応に困り戸惑っていると智君はプッと吹き
出し、クスクス笑い始めた。
「なに困ってんだ、冗談だよ。俺のことなん
て気にしなくていいから、好きな子にアタッ
クしろ。そんで上手くいったら紹介しろよ」
「やだよ、彼女もいらない」
「どうして?」
「智君に淋しい思いをさせられないもの」
「さっきのは冗談だって言ってるだろ~」
「いいの!智君が何よりも大切だもの」
色々嘘を吐いてしまったけど、これだけは偽
りのない想い。
まだ愛の告白は出来ないからこれが精一杯な
んだ。
俺が大人になるまで誰も好きにならないで
俺だけの智君でいて
ずっとずっと俺だけのもので……
そのためなら俺は何だって出来る。
紫陽さんの料理だって我慢して沢山食べるし
智君が安心するように打ち解けたフリだって
するよ。
だから…俺だけ見ていて、それが庇護者とし
てでも今はかまわない。
俺だけ見て、他の人の想いなんて気付かない
でいて。
お願いだよ、智君…
ショタ