お山の妄想のお話しです。




スイーツはとても美味しくて、一口食べる毎

に顔が綻ぶ。相葉ちゃんも同じで『これチョ

ーおいし~』ってニコニコしている。

カズはそんな俺達に呆れて『ブタになるぞ』

って揶揄うんだ。


「帰ったら運動するから大丈夫だよ」


食べ過ぎだ後は必ず身体を動かして燃焼させ

ている、ダンサーは体型維持も必須だもの。


「ストレッチとか、何時ものやつでしょ?」


同居していた時も食後にリビングでしていた

からどんなメニューか二人も知っている。


「大ちゃん腕立て伏せは毎晩してたよね」

「あれは釣り筋鍛えてたw」

「忙しくて行けないのに?」

「何時かマグロを釣るために常に努力は怠ら

ないよ」

「マグロかぁ、男のロマンだね」

「うん、釣ったら相葉ちゃんにも御馳走する

から楽しみにしてて」

「大トロ!楽しみ!」

「美味しいのはトロだけじゃないよ、頬肉と

かちょっとグロいけど目玉もお薦め」

「うひょー!おメメ怖い」

「トロも目玉もカマもどーでもいいけど、夜

に変な運動はしてなよな?」


マグロのレアな部位を語っているとカズが話

しに割ってきた、生モノが得意じゃないから

話題を変えたかったのかな?

だけど『変な運動』ってなんだ?


「変な運動ってなんだよ?」


問い返すとカズはニヤッと笑った。


「夜にする運動と言ったら、アレしかないで

しょうよ」

「アレ??」

「夜にする……あーっ!!セッ○ス!」

「あんた声がデカいよ。で?どうなの?」


大きな声を出した相葉ちゃんを小突きながら

カズは俺に訊いてくる。

いくら弟でもプライベートな事だから言いた

くない、でも黙っていたら尋問されそうな雰

囲気だったから渋々答えた。


「………してない」

「本当に?」

「本当!つーか何でそんなの気にするんだよ

カズには関係ないじゃん」

「それが関係無くもないんだ。まあ、約束は

守られているようで安心したけど」

「翔くんとどんな約束したんだよ?」

「それは秘密」


俺には答えさせて自分は秘密とか言って教え

ない、カズの態度に納得がいかなくてムッと

した。


「恋人と一緒にいて何もしないなんて、彼は

意外とヘタレなんだね」


皮肉っぽく言う相葉ちゃん。

まだ翔くんと打ち解けてないせいかもしれな

いけど、それにもちょっと腹が立った。


「翔くんはヘタレじゃないよ!良いムードに

なった事もあるんだから!」

「へ~、なったの?でも止めたんでしょ?」

「そうだけど…」

「男同士だから躊躇しちゃったんだ、臆病者

なんだね」

「そんなんじゃないよ、翔くんは我慢してく

れたんだ」


不機嫌そうな相葉ちゃんをカズが『妬くんじ

ゃないよ』と再び小突いた。


「翔さんはどうして踏み留まったの?」

「俺が……言ったから」

「何て言ったの?」

「…………俺がしたいって」

「………………ぷっ」


そう言うと数秒の沈黙の後カズが吹き出し、

そしてそのまま腹を抱えて笑い出した。


「なぜ笑うんだよ!俺、変な事言ったか?」

「ふふふ。ごめん、智を笑った訳じゃないん

だ。きっと……翔さんには青天の霹靂だった

でしょうね」

「どういう意味?」

「自分が抱かれる側になるなんて考えてなか

ったって事だよ。さぞ焦ったことでしょう」


確かに翔くんは全てにおいてリードしていた

キスとか上手でいつの間にか押し倒されてい

たし……手慣れていたんだろう。

だから当然自分は抱く側だと考えていたのか

も。


「ちょっと驚いてたけど…」

「やっぱりねwそれでどちらも譲らないから

中止したのか」

「別にそれで揉めたりしてないよ、ただ今は

止めようってなったんだ。多分俺達にはまだ

早くて、いつかその時がきたら役割は自然に

決まるだろうからそれまで待とうって」

「やせ我慢だな」

「翔くんに悪いことしちゃたっよ」


あの時の事を思い出すと申し訳ない気持ちに

なる、だって翔くんは元気だったから凄く辛

かったと思うんだ。


「……俺、本当はどっちでもよかった」


今更だけどそう思う。

愛し合いひとつになれるなら、どちらでも構

わない。


「だったらどうして抱きたいなんて言ったん

だよ?」

「カズのせいだろ!カズがあんな事言ったか

ら」

「何か言いましたかね?」

「言ったじゃん!30歳になるまで……」

「ふふ、あれね!確かに言いました」

「そんなの絶対にないとは思ったけど気にな

ったんだよ!」

「いや、絶対に無いとは限らないよ。何しろ

映画にもなったわけだし」

「その映画ラブコメだろ!」

「人を信じるのは美徳だけど、智は少し猜疑

心を持った方がいいね」


『騙される方が悪い』みたいな言いように疲

れを感じて押し黙る。俺がどれだけ反論して

も口ではカズに敵わないんだ。


「ねぇ、何の話?30歳になったらどうにかな

るの?」


俺達の会話の内容がわからない相葉ちゃんが

尋ねてくるけど、絶対に言えないよ。

きっと『そんな話信じちゃったの?!』って

呆れられるから。


「あなたには関係の無い話ですよ。この中で

は智しか該当しませんから」

「大ちゃんしかって……何?凄く気になる!」

「そんなに知りたいですか?」

「うん!教えて!」

「仕方ありませんね……」


カズが相葉ちゃんに話そうとするから、俺は

居た堪れなくってパーティー会場を出た。



デッキに出ると風はそれ程強くなかった。

折角だから摩天楼を眺めようと後方へ移動す

ると、そこには見慣れた背中があった。


「翔くん」


呼び掛けると翔くんは振り向いて笑顔をくれ

る。俺は急いで隣に行った。


「爺ちゃんとの話は終わったの?」

「終わったよ。凄く緊張したけどね」

「何を話したの?」

「ん?色々と」

「俺には聞かれたくないこと?」


俺抜きで二人で話すなんて、知られたらまず

い話だったんじゃないかって思ってしまう。


「違うよ。何故かお祖父さんにお礼とか言わ

れちゃったんだ、だから全然見当違いですよ

って話してきた」


爺ちゃんが翔くんにお礼を言うのは何となく

想像できた、俺が変わった理由を知っている

からだろう。大切な人が俺を変えてくれたん

だって何回も爺ちゃんに話したし。

翔くんは見当違いだなんて言うけど、本当の

事なんだよ。


「他には?」


それだけにしてはかかった時間が長すぎると

思って訊くと、翔くんは俺を引き寄せ抱き締

めた。


「あなたとの結婚を許してもらった…」

「えっ?」

「お祖父さんは智が幸せなら構わないって言

ってくれたよ」


翔くんが結婚の許しをもらいに行ったなんて

考えてもいなかった。


嬉しい…けど…

翔くんのことを考えれば戸籍を汚すような事

をさせたくない。

それにこちらでは同性の結婚を認めている州

があって婚姻を結べるけど、日本に帰ってそ

れが通用するかわからないし。


「…嬉しいけど、結婚は…」

「どうして?俺じゃ嫌なの?」

「嫌なわけないだろ!俺は翔くんの枷になる

のが嫌なんだよ」

「智君がオレの枷になるわけないでしょ。な

るとしたら俺の方だ、あなたは有名人なんだ

から」

「俺は何を言われようと構わない、翔くんが

他人に傷つけられるのが怖いんだよ」


これは本音。

性的マイノリティはまだまだ差別される。

だから結婚なんて拘らなくてもいいと思う、

二人一緒にいられればいいんじゃないかな。


「世間に何と言われても構わないし辛くもない。それよりもあなたが離れていく方が怖い

んだ。だから結婚という名の下であなたをガ

チガチに縛り付けて逃げられなくしたい…我

ながら卑怯な考えだと思うけど」

「翔くん…」

「俺を愛しているなら、この意気地なしを安

心させて。神様の前でずっと一緒にいるって

誓って欲しい」


そう言い翔くんは抱き締める力を強めた。

それは不安にかられ母親から離れたくないと

必死でしがみつく子供のよう。

もしかしたら俺が日本から離れた時の事が、

知らぬ間に翔くんのトラウマになってしまっ

ていたのかもしれない。


だとしたらそれは俺の責任で、俺にしか治す

ことはできないんだ…根本原因の俺でしか…


罪悪感はある、だけどそれに勝る喜びが胸を

占めた。こんなにも望まれているなんて、嬉

しくて断る理由なんてもう思い付かないよ。


「うん…神様や皆の前で二人で誓おう」

「ありがとう智君…絶対に幸せにするから」

「俺も絶対に離れないよ」


見上げるとすぐ側に綺麗な顔があって、キラ

キラした瞳が俺を映している。

美しい人、この人が伴侶になってくれるなん

て何だか夢のよう。


対岸の摩天楼の光りも美しくて、ひょっとし

たら本当に夢なかもと思った瞬間、唇にそっ

と温かいものが触れた。

甘く優しい感触と熱が、これは確かに現実だ

と教えてくれたんだ。



一頻りイチャイチャした後、二人並んで夜景

を眺めた。

摩天楼は輝き風は心地好い。

心は凄く満ち足りていて、なんでも話せそう

な気分だった。


『あの件を話そうか…』ふと思い付き、あの

時行為を中断させてしまった発言について語

ることにした。


「前さ、良いムードになった時に俺が言った

こと覚えてるよね?」

「ん?何時の良いムード?」

「えっと…カズからディナークルーズの電話

があったちょっと前の…」

「………あ~、あのどっちが致す問題の時か」

「あの時俺言ったじゃん、抱きたいって」


当時を思い出した翔くんは苦い表情をした、

やっぱりあれはしょっぱい記憶なんだな。


「それに関しては一応解決済みでしょ」


本当は解決済みじゃなくて、答えを先延ばし

にしただけだけど。


「あれをね、訂正したいんだ」

「は?!どういうこと??」

「抱くことに拘ってないの。どっちでもいい

んだ、翔くんが望むなら…その…抱かれるのも

かまわない…」

「ちょっ!ど、どうしたの急に?!その心境

の変化って何かあったの?!!」


隣で翔くんが慌てているけど敢えてそっちを

見ずに波間に視線を向けた。

だって今から話すのはとても恥ずかしいこと

だから。


「あのね、俺まだ未経験なの。それをカズも

知っていて、ある時言われたの」

「なんて?」

「……30歳まで童貞だと魔法使いなる、って。

だからマズいと思って…」

「…そんな話信じたの?」

「うん。だってカズが実話で映画化されたっ

て言うから」


よく考えればそんな事あるはずないのに、カ

ズの言葉が巧みすぎて疑わずに信じてしまっ

たんだ。


「魔法使いになりたくないから、俺を抱きた

かったってこと?」

「魔法使いになったら、翔くんに嫌われると

思って…」


確実に呆れられると思っていたのに、翔くん

は真剣に訊いてくる。

だから俺も偽りなく答えた。

すると翔くんは俺の頬に手を添え自分の方へ

向けたんだ。


「心配しないで、たとえあなたがどんな者で

あっても、俺は全身全霊で愛するよ」

「……翔くん……ありがと」


一点の曇りもない瞳に嘘のないことがわかる

『そんな嘘も見破られないの』と呆れ、馬鹿

にされるのも覚悟していたけど翔くんはそれ

をしなかった。

優しい瞳で俺を見つめ、そして言ったんだ。


「それにあなたは既に俺の妖精さんだから、

魔法使いにシフトチェンジは出来ないよ」


清々しい笑顔……惚れ惚れするよね…





でもさ、翔くん…

それってどういう意味なの???


















カズ抑制成功