お山の妄想のお話です。
「今日からここが俺達の家な!」
案内されたマンションの部屋には家具が殆ど
なかった。
リビングには三人掛けのソファーがひとつと
壁に取り付けられた大型テレビだけ。
キッチンには冷蔵庫はあるが炊飯器やオーブ
ンレンジなどはなくダイニングテーブルも食
器棚もない。
IHクッキングヒーターの上にはヤカンがポツ
ンとあるだけで、鍋やフライパンの存在も謎だ。
新築でピカピカな部屋……
広いのは嬉しいけど生活感が無さすぎる。
「…智君はここにいつから住んでるの?」
「ん~?一ヶ月前くらいかな」
「ご飯はどうしてたの?」
「カップ麺とかコンビニのヤツ食ってた」
やっぱりな、どう見ても料理ができるキッチ
ンではない。
これからもカップ麺かコンビニ弁当?
それじゃ、さすがに体に悪いよ。
智君は家事が出来るのかな?
数年前家にいた時は母が料理を作っていたか
ら、していたのは掃除くらいだった。
今の状況で判断すれば、智君は料理が出来な
いということになる。
俺が作ろうか……学校から帰れば時間があるし……自信はないけど智君に美味しい物を食
べさせてあげたい。
全くの未経験だけど何とかなるかな…
しかし今の所出来るのはお湯を沸かす事と麦
茶を作るくらい、低レベルすぎる。
「あ、心配すんなよ。俺料理できるからさ」
俺が渋い顔で悩んでいたのを食生活を不安が
っていると勘違いしたのか、智君は慌てたよ
うに言った。
「本当?でも今までカップ麺とコンビニ弁当
だったんでしょ?それに調理道具もないし」
「それは面倒臭かったからだ。一人分料理す
るより買った方が早いしね」
「そういうもの?」
「そーだよ、世の奥様方だって一人の時は簡
単に済ませてるって言ってたしな。でもこれ
からは育ち盛りの翔のために腕を振るうぜ」
俺のために料理を作ってくれるというのはと
ても嬉しい、好きな人の手料理を毎日食べら
れるなんて最高の幸せだろう。
だけど少し気にかかることがある。
「世の奥様方って…そんなに知り合いがいるの?」
「ん?いるよ、里親講習で一緒だった奥さん
達。子育てについて色々訊いたりしたしさ」
「子育て……」
「そーだよ、翔には立派な人に育って欲しい
からな」
「うん……」
嫉妬心から訊いた『奥様方』が講習で知り合
った人達だとわかって安心したけれど〖子育
て〗という言葉に気持ちが沈んだ。
だって智君は俺を〖子供〗としか見てないの
がわかったから……
でもそれは仕方がない事だよな。
だいぶ年下の男子が自分に恋心を抱いている
なんて、普通の人なら考えもしない。
だから今の俺は庇護対象でしかないんだ。
「…うん。俺、立派な大人になって沢山お金
を稼いで智君に恩返しする。だからずっと一
緒にいようね」
今はその身分に甘んじるけど、良い男に育っ
て必ず惚れさせてみせる!
そんな思いを胸に秘め言うと智君は笑った。
でもそれは普段のふんわりしたものではなく
って、どこが困ったような笑みだった。
*
その後、俺の部屋だと案内された所も他の部
屋同様家具は一つもなかった。
なんとなく予想はしていたけど机が無いのは
少し困る、だってこれからは将来のために必
死で勉強しなくちゃいけないんだから。
「智君、何か机の代わりになるものある?」
段ボールとか、無かったら酒屋さんからビー
ルケースを貰ってきてもいい。
「無いよ~」
ならやっぱりビールケースか。
新築の部屋にビールケースの机…想像すると
中々シュールだ。
新進気鋭と言われる画家でもきっと懐が寂し
いんだろう、こんなマンションを借りたりし
たら尚更だ。
俺は智君と一緒にいられればそれでいいけど
智君が俺のせいで不便をするのは嫌だな…
あの五百円貯金で智君に役立つ物を何か買お
うか?
部屋の中でそんな事を考えている間に智君は
荷物をさっさとクローゼットに入れ、俺を振
り向き言った。
「さ、行こっか」
「えっ?どこに?」
「色々あるぞ~まずは家具屋だろ、それから
家電に…食器や鍋、翔の服とかも必要だな」
「買うの?!」
「当たり前だろ、ここ何にも無いじゃん」
「でも……お金……」
「子供が金の心配なんかすんなよ~」
「けどさ…」
「大丈夫、それくらいなら買う金はある。
これでも結構売れる画家なんだぜ?まぁ売れ
ない時は収入がないけど、翔にひもじい思い
はさせないから安心しろや」
普段のふわふわしたイメージからは想像でき
ない漢らしい言葉に胸がキュンとした。
この素敵な人は、何度も俺を虜にする残酷な
人でもあるんだ。
「その時は俺がバイトして智君を養うよ」
まだ子供だけど俺だって男だ。大好きな人の
ためなら何でもやる。
「そっか、そりゃ心強い。そん時ゃ頼んだ」
だけど、嬉しそうに俺の頭をポンポン叩くこ
の人にとっては、やっぱり俺は子供でしかな
いんだ。
*
家具、家電は配送。
生活用品は二人で頑張って持ち帰った。
買い物をするうちに、家の中に何も無かった
理由もわかった。
智君曰く『二人で生活するんだから必要な物
は二人で決めたい』とのこと。
そしてあのマンションは賃貸ではなく買った
ものだという事実も判明した。
俺のためにセキュリティが万全な物件を選ら
んだそうだ。
二人のための新居
二人で選んだ品物
お揃いの形で色違いの二人分の食器etc.
新婚さんみたいだ、なんて胸中で喜んでいた
ら『なんか新婚カップルみて~、キモくて悪
いな』と済まなそうに智君が言うから俺は笑
顔全開で『いいじゃん、新婚さんで』と返した。
大人になって、俺の想いが通じた時にもう一
度必要な物を買い揃えよう。
その時は全部俺が支払うからね。
人生楽なきゃ苦ばかりさ♪
甘くない