お山の妄想のお話です。
智君の両肩を掴み、口づけながらゆっくりと
後ろへ倒す。
美しく舞う大事な身体だから、乱暴にして怪
我をさせないように注意を払った。
枕に頭を乗せさせ一頻り甘い唇を味わった後
上体を起こすと、両手をついた間にいる智君
は目を閉じとろんとしていた。
抵抗するでもないし、嫌そうでもない…
これは本当に致しても良いという事だろう。
だけど俺はもう一度確認することにした、や
はりはっきりと合意の上がいいから。
「……いい?」
これで頷いてくれれば俺達は繋がれる…
やっと心も身体もひとつになれるんだ。
問いかけに智君は閉じていた瞼を開いた、そ
して俺が覆い被さるような体勢をとっている
事に驚いていた。
どうやらキスでうっとりしていて、この状態
に気付いていなかったようだ。
すぐに頷いてくれると予想していたのに、智
君は微妙な表情になった。
そして俺を見て視線をそらす、という動作を
数回した。それは何かを考えあぐねているよ
うに見えた。
「智君?」
何を考えてる?悩んでいるのかな?
それを知りたくて声をかけた。
「………翔くん…したい…の?」
「えっ?…うん」
窺うように訊いてきたので率直に答えた。
俺は本当にしたい、でも智君は躊躇している
ように感じる。
………やっぱり男同士だからか?
女性との行為とは違う、背徳感があっても当
然だ…だけど愛する者同士なのだからどうか
わかって欲しい…
それが俺の想いだった。
智君も俺も元元はストレートと呼ばれる人間
で、恋愛対象はずっと女の子だった。
でも…俺達はお互いを見つけてしまった…
運命の出会い、それは天の意志に相違ない。
俺達は結ばれる星の下にあったんだ。
だから色々あるだろう柵や葛藤は捨て、運命
に身を委ね……俺に全てを任せて欲しい。
そんな願いを込めて瞳を覗くと、やはり逡巡
しているようで当惑の色が出ている。
よい雰囲気になっていたのだけど……
智君に迷いがあるならしない方がいいだろう
まだ時期尚早だった、約束を守るべきだった
んだ。
諦めて身体を離そうとした時、智君はぎゅっ
と目を閉じ深呼吸をひとつした。
再び瞼を上げた時にはもう迷いの色はなく、
覚悟を決めたのか強い光があった。
「しよう」
半ば諦めかけていたところにGOサインが出
た。嬉しかったが少し戸惑った。
だって智君は確実に悩んでいたはずなんだ、
それは解決したのだろうか?
もし、俺が切望したので『自分を殺し仕方無
く同意した』なんて事なら駄目だ。
「本当にいいの?無理してない?」
「無理なんてしてないよ、俺だって翔くんと
繋がりたいし…」
「でも戸惑っていたでしょ?」
「うん……ちょっと葛藤があってさ。だけど
それは解決したから…」
「本当に大丈夫?嫌なら正直に言って」
二人の初めては幸せな記憶にしたい。
だから同じ熱量でいたいんだ…そうするには
智君の『葛藤』を訊いて問題を片付けてから
でないといけない。
「……言っていいの?」
「当たり前でしょ、何なの?」
「あのさ、俺もしたいんだ」
「ん?」
「翔くんもしたいんだろ?」
「うん??」
最初は意味がわからなかったけど『俺もした
い』『翔くんもしたいんだろ?』を頭の中で
リピートしたら言わんとすることがおぼろげ
に分かってきた。
つまり、お互い『したい』んだ。
どちらとも『抱きたい』と思っている。
組敷かれた時のあの複雑な表情は『えっ?!
俺がされるの??』と思った故。
でも俺が『したい』と言ったから、葛藤の末
にされる側を甘受したと言うことか…
俺は今まで自分が抱く側だと、それが当然だ
と考えていたけど…
智君だって男だから、自分が抱かれるだなん
て思っていなかったんだろう。
……ここまできての超難題、複雑なそれに頭を
抱えた。
これはデリケートな問題で有耶無耶にはでき
ないし、すぐに解決なんて無理で話し合いが
必要だろう。
「……今晩は止めておこうか」
「えっ?!どうして?俺……いいよ?」
俺は清く諦めることにした、いくら良いと言
われても智君の犠牲の上に成り立つ行為なら
しない方がいい。
「駄目だよ、智君に無理強いは出来ない」
「そんな…俺は翔くんにだったら何をされて
もいいよ!」
「ありがとう…だけど……止めよう」
「俺があんな事を言ったから?だったら撤回
する!翔くんが我慢することないよ」
「俺だって智君に我慢して欲しくない…」
どんなにしてもいいと言われても、智君の本
心を聞いてしまった後では無理がある。
かけがえのない人だから大切にしたいんだ。
「焦ることは無いよ。一緒に生活をしていれ
ばまたそういう雰囲気になるだろうし、その
時には自然と決まるんじゃないかな…」
これは俺の願望、でも実際そうなると思って
いる。求め合う想いが世俗を超越し然るべき
場所に収まるはずだ。
その時は俺の立場がどうであれ素直に受け入
れる。愛し合うってそういう事だろ?
「もしかしたら俺がする側かもしれないよ?
それでもいいの?」
「かまわない」
「…わかった、俺もその時が来たら自然の摂
理に従う」
俺の毅然とした態度に、智君も覚悟を決めて
くれたようだ。
そうなれば今晩の行為は完全に無い、この体
勢は身体にも精神にも堪えるので智君の上か
ら退きゴロンとベッドに横になった。
「ごめん」
そんな俺に智君は済まなそうな顔で言う。
「あなたが謝る必要はないよ…」
「……だけどさ」
「気にしないでいいから」
「でも……辛くない?」
「辛いけど、その時まで待つよ」
それは辛いさ、良い感じに盛り上がっていた
からね。だけどそれは決着がついたことだ。
「違うよ、俺が言ってるのはさ…」
「 ? 」
「………それ」
恥ずかしそうに智君は視線を俺の下半身に向
けた………そこにはまだ勢いが残るオレが…
「だ、大丈夫!暫くすれば収まるから」
頭は納得していても身体はすぐに対応できな
い、強いて言えば『車は急に止まれない』み
たいな事?いや違うか。
「俺…手伝おうか?」
「 えっ?!」
「翔くん辛そうだし…」
「いや、それは…」
俺だけ公開処刑か?!智君は??
と視線をやると智君も俺より勢いはないもの
の同じ状態なのがわかった。
「あなただって…勃ってる」
「…俺のはすぐ収まる、でも翔くんは違うだ
ろ?」
確かに萎え始めているサトシ君と比べたら
ショウはまだまだやんちゃ坊主だ。
しかしだからといって『じゃ、お願い♡』
なんて言えないだろ。
「さっきは俺のせいで我慢したんだろ?だっ
たらヌくのくらい手伝わせて」
やっぱり気に病んでいたみたいだ、折角の申
し出だけど流石に受けられない。
だって舌の根が全然乾いてないじゃないか。
「いや、いいって!俺のも放っておけば落ち
着くし」
「そうは見えないけど…」
気遣わしげにオレを見る智君。
見られるのは恥ずかしい…けど、興奮もして
収まらないから勘弁して欲しかった。
暫く『手伝う』『遠慮する』の押し問答が続
き、『どうしても』という智君に圧され手を
貸してもらうことにした……
打算ありきの解決策だ。
「智君は握ってくれるだけでいいから」
智君に握ってもらい、その上から自分の手を
添える。
そうすれば動かしているのは俺だから罪の意
識は半減するだろう。
「う…うん…」
戸惑いながらも智君が腕白坊主に手を伸ばし
かけた……が。
それとほぼ同時にサイドボードに置いていた
俺達のスマホが突然鳴り出した。
動きを止め様子をみる俺達、しかし着信音は
何時までも鳴り続ける。
「この着信音は相葉ちゃんだ、どうしたんだ
ろ?こんな時間に電話だなんて、明日のスケ
ジュールに変更があったのかな?」
俺の方は和也君からだ、何回か留守電になっ
ても掛けてくるから緊急な要件なのかもしれ
ない。
俺と智君は顔を見合せた後それぞれのスマホ
を手にした。
*
「やっと出ましたね、中々通じないから何か
あったのかと思いましたよ」
和也君が『何か』という単語を強調している
ように聞こえるのは俺に疚しい事があるせい
だろうか…
「いや、爆睡していて…」
すぐばれそうな嘘だけど他に思いつかなかっ
た。
「お疲れなんですねぇ、でも寝ていたのなら
良かった。なんだか凄く胸騒ぎがして、あな
た達に何かあったのかと心配だったんです」
「…………何もないけど…」
「相葉さんも『なんか、大ちゃんが心配!』
なんて言い出すし、あの人たまに感が冴える
んですよね」
「…智君も爆睡してたみたいだから…」
「そのようですね、あの人も智と話して安心
したみたいです」
「はは…」
智君にたいしては恐ろしい程の直感を発動す
る二人に乾いた笑いしか出なかった。
SECOMとALSOK……最強の警備体勢だ。
「話は変わりますが、翔さんが正式に智の
agentになった祝賀会を開くことにしました」
「…えっ?」
「ディナークルーズです。マンハッタンの摩
天楼を見ながらの美味しい食事やお酒。今ま
で忙しくて翔さんは観光なんてしてないでし
ょ?だから名所を一気に巡れるクルーズを選
びました」
「あ、ありがとう」
俺の歓迎会を予定してくれるなんて…
智君との甘い時間を邪魔され脅かされもした
けど、和也君に感謝した。
「ふふ、いいんですよ。当日はドレスアップ
して来て下さいね」
「ああ、わかったよ」
盛装か……そういえば智君のスーツ姿を見たこ
とがないな……
きっとそつなく着こなすのだろう…
スーツを着た凛々しい姿を想像して頬がゆる
んだ。
いつかする予定の結婚式では純白のスーツで
愛を誓おう。
そしてその後は一枚一枚丁寧にそのラッピン
グを剥がしていくんだ。
そして現れた掌中の珠を……俺は……
「ふっ♡」
自分の良いように想像し満足の笑みを浮かべ
たその時、和也君から背筋の凍るような一言
があった。
「ところで翔さんは泳ぎは得意ですか?」
「へっ??」
「海でのクルーズですからね、岸から離れて
ます。万が一事故が起きたら、泳げないとア
ウトでしょ?」
「………万が一って?」
「誤って海に転落するとか、ね」
「……………」
これは、約束を破るなとの警告?
川ではなく海で始末されるのか?!
……というか、まさかこの部屋で起こった事全
てを把握してるとか?
戦慄した俺は盗撮や盗聴をされているんじゃ
ないかと思い、スマホを耳に当てたまま辺り
を探ってみた。
「まあ、そういう事です。智は着衣水泳を習
っていますし、私と相葉さんとで必ず助けま
すから心配無用ですよ」
そう言い残し和也君は電話を切った。
俺は冷や汗をかきながら部屋中を探し回った
けれど結局盗聴機などはなかった。
和也君と相葉の恐るべきシックス・センス…
血は水より濃いということか…
いや、そんなことはない。
惹かれ合い思い合った俺と智君はそれより強
い絆で結ばれているんだ。
仮に海に落ちたとしても俺は必ず智君の元へ
戻るし、智君は必ず助ける。
そう心に決め、まだ楽しそうに相葉と話して
いる愛しい人を後ろから抱きしめた。
突然の行動にキョトンとした智君だったけど
抱く腕に力を入れたらハッとした表情になっ
て『クルーズ凄く楽しみ!あんがとな!』と
言って通話を終えてくれた。
「長く話しちゃっててゴメンな、さっきの続
きしようか」
「……………もう大丈夫…」
俺の腕白坊主はSECOMに脅かされ、とっく
に品行方正になっていた。
「……本当に収まったの?」
「うん……ただ一寸怖いことがあったから、
暫くこのままでいてくれる?」
「いいよ、俺がギュッてしてやろうか?」
魅力的な言葉だったけど俺は首を振った。
今はこうしてあなたを抱きしめていたいから
寸止めからの…
凸凹って永遠のテーマ
申請下さったClareta様
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