お山の妄想のお話です。
翔
話を終え、相葉君曰く多分智君は事務所にい
るだろうとのことで二人で向かった。
一応扉をノックすると『はーい』という声が
したので中に入ると、ソファーに座っている
のは和也君だけだった。
「あれ?智君は?」
一緒にいると思っていた愛しい人の姿がなく
て焦って辺りを見回す俺に、ニヤリと笑いな
がら和也君は自分の膝を指差した。
「ここ」
その言葉にソファーを回り込んで見ると、智
君は和也君の膝を枕にして眠っていた。
「凄く疲れてるみたいだね」
優しく髪を梳き慈愛の目を向ける和也君、気
持ちが良いのか智君の寝顔は穏やかだ。
「昨晩は余り眠れなかったから…」
摩天楼を眺めながら明け方近くまでイチャイ
チャしていた…なんて事は言わないでおく。
そんな惚気を聞いたらまた相葉の機嫌が悪く
なりそうだから。
「そうですか……」
髪を梳くのに飽きたのか、今度は智君の唇を
フニフニと摘みだす。
小さくて可愛い唇……そこは俺のだから気軽に
触れないで欲しい。
そう思うのだけれどやっぱり言葉には出来ない、この二人相手にマウントをとることは後
数年は出来ないだろう。
「…で、昨夜は何をしてたの?まさか…」
上唇、下唇と交互に揉みながら和也君が訊い
てきた、まさかヤっちまったと思われてる?
休暇に入るまでその行為はしないとの取り決
めがあるから俺はそれを守った、必死にね。
「ただ夜景を見ながら話していただけだ」
「本っ当に、会話だけぇ?」
「二年ぶりの再会でそれだけで済むなんて思
えない…怪しいですねぇ」
「……キスはしました…」
保護者達に疑いの眼差しを向けられる、疚し
いことはひとつもないが補足はしておいた。
「キスだけなら許しましょう。ただ限度は弁
えて下さいよ。智はダンスだけでなくルック
スも売りなんですからね、こんな風に唇が腫
れてたら撮影時に困ります」
「…………すみません」
確かに智君の唇は少し腫れている、まだ仕事
があるのに調子に乗り過ぎたと反省した。
「あ~、じゃあマネージャーから言い渡すよ
キスは一日二回までねっ!」
「は?二回までって?!」
「朝のおはようのキスと夜のお休み~のキス
だけってこと!」
「いや、何でそんなのあんたに決められなき
ゃならないんだよ!」
「だってオレ、マネージャーだし。大ちゃん
の体調やメンタルを整えるのが仕事だもの」
エッヘン!と偉そうに胸を張る相葉。
確かに今彼は智君のマネージャーだ、だけど
それもじきに終わるはず……俺がagent兼マネ
ージャーを勤めることになるんだから。
そう思い和也君を見ると苦笑いしていた、
もしかしてまだ相葉に話していないのか?
俺が問うように見ると和也君は笑みを深めた
「彼にはまだ話してません、一度に二つもの
ショックを与えるのは可哀想でしょ?」
「……まあ、そうだな」
新しいagentが俺で智君と一緒に暮らすこと
だけでもかなりの葛藤があっただろう、それ
を一晩でなんとか割り切った相葉にマネージ
ャー交代は流石に言えなかったようだ。
「ねえ?二人で何話してんの?内緒話はダメ
だよ!」
「仕事の話ですよ。相葉さんにはもう少し後
でお知らせしますから、今は仕事へ行く準備
をして下さいな」
「ん?仕事?あっ!」
和也君に言われ時計を見た相葉はあたふたと
慌て始めた。
「うわっ!ヤバい!今日はMVの打ち合わせ
があったんだ!アーティストさんとも会うか
らキチンとした格好でいかないと!オレは服
の支度するからカズちゃんは大ちゃん起こし
てっ!そんでシャワーね!」
「はいはい、わかりましたよ」
バタバタと部屋を出る相葉を見送ると和也君
は今まで遊んでいた智君の唇から指を離し、
小振りな鼻をムギュっと摘まんだ。
「智!何時まで寝てる気?さっさと起きて仕
事に行きな!」
「ふがっ?!」
鼻を摘ままれ呼吸がしにくくなったのと、耳
もとでの大声に一発で智君は目を覚ます。
「ほら、早くシャワーを浴びて。時間がない
ですよ」
「ふぁ?マジ?今何時?」
智君も時計を見て『やべぇ!』と慌ててソフ
ァーから飛び起き事務所を出ようとした、そ
の時やっと俺の存在に気付いてくれた。
「あっ!翔くん!」
嬉しそうにドアからUターンしてくるのに幸
せを感じる。
「相葉ちゃんとの話は終わったの?喧嘩しな
かった?」
「うん。話はついたし、いざこざもないよ」
「本当?良かった~」
余程俺と相葉のことが心配だったのか、智君
は心底ほっとしたようだった。
「じゃあ、仲良く仕事できるよね?」
「……まあ、今のところは」
小さな嫌味くらい我慢すれば、暫くは安穏だ
ろう。しかしマネージャー交代を知ればまた
一悶着ありそうだ。
だけどそれにはまだ猶予がある。
相葉との距離を縮め俺の智君への真剣な想い
を理解してもらえれば、案外すんなりと事は
運ぶかもしれないな。
「今のところって??」
「いや、何でもないよ。相葉君ともっと仲良
くなれそうってこと」
「だよね!俺、絶対二人は相性が良いと思う
んだ!」
「そうかな?」
「そーだよ!」
目の前で綺麗に笑う人を好きになった俺達。
一人はその手を取ることができ、もう一人は
涙を飲むことになった。
幸運にも俺は前者だが、相葉の悔しさや悲し
みもわかる。だってそれは高校生の時に味わ
っていたから。
苦渋を舐めた者同士わかり合うことも多いだ
ろう、きっと良い関係を築けるはず。
それに相葉には智君以外にも大切な人がいる
んだから。
「何時までそこでイチャついてるつもりだ!
時間がないんだからさっさと支度しろ!」
相葉の『大切なもう一人』が智君を急かす。
「わかってるよ~。カズ、そんなに怒ると可
愛い顔が台無しだぞ」
「私は怒っても可愛いから心配ご無用。それ
よりボサボサの頭を整えてこい、そんなじゃ
契約破棄されるぞ!」
「大丈夫~、切られたら翔くんが新しい仕事
契約してくれるもの。ね?」
俺を信頼しきっている智君、それに応えるた
めにあなたが最高に輝ける仕事を見つけよう
と思う。
実績を積めば、あなたの手強い保護者達も安
心してくれるはずだからね。
「あなたしか出来ない仕事を最高の条件で契
約しまくるよ」
「や、程々でお願い」
「どうして?もっともっと有名になるよ?」
「沢山仕事が入ったりしたら、翔くんと一緒
にいる時間が減るだろ…そんなの嫌じゃん」
「智君……」
一寸不貞腐れた智君。
だけどピンク色に染まった頬で照れ隠しだと
わかる。ああ、なんて可愛く愛おしい…
抱きしめたくて腕を伸ばした、しかしその身
体に触れる前にまたしても和也君の辛辣な言
葉が飛んできたんだ。
「あんたらいい加減にしないと、休暇取り消
しで働かせるぞ!!」
「わっ!それはヤダ~。じゃ、翔くんまた後
でね」
和也君の一言で智君は身を翻しダッシュで事
務所から出て行く。それはとても素早い動き
で差し出した腕は空のまま、俺は呆然と智君
を見送るしかなかった。
「翔さん、あなたも人前では慎んでください
よ。アメリカとはいえLGBTQが完全に受け入
れられている訳じゃないんです。それに私達
は肌の色で差別の対象でもあるんですからね
リスクが多いんです。智を大切に思うなら気
を付けて下さい」
「……はい、すみません」
「この家の中でもですよ。私はともかく相葉
さんが見てしまったら非常に面倒臭いんです
から」
「善処します…でも、相葉君が面倒臭い状況
になっても君がなんとかしてくれるだろ?」
そう言うと和也君はニコリと笑った。
「そうですよ、相葉さんは私のパートナーで
同志ですから」
和也君と相葉は智君を至上とする同志であり
心を紡いだパートナーでもある。
この二人に智君を奪われる脅威はもうないけ
れど、智君の不利益になると判断されたなら
俺が彼らに排除される可能性は大いにある。
それを肝に銘じ、これから過ごさなければな
らないな。
浮かれて失敗しないように身を引き締めてい
こう。
再会はゴールじゃない、これからが智君と共
に歩むスタートなんだから。
智
仕事を終えウキウキ気分で家に帰る。
だって家には翔くんがいるんだもの、昨日一
緒に暮らすと言ってくれたし。
今まで離れていた分ベタベタするんだ♡
なんて思いながら事務所のドアを開けた。
しかし中に翔くんの姿はない…
「仕事終わって、あっちにいるのかな?」
もう住居の方へ行ったのかと思い急いで移動
したけれど、リビングにもいなかった。
「あ、智おかえり」
でも無人なわけでもなく、カズがソファーで
寛いでいた。
「ただいま。翔くんは?事務所にいないんだ
けど」
「翔さんなら荷物を取りに行きましたよ」
「荷物を?」
「ええ、家財道具は処分しますが身の回りの
物はこちらに運ぶことになってましたから」
「そーなんだ」
ここに住むためには必要なことだけど、帰れ
ば翔くんがいると思っていたから一寸ガッカ
リした。
「すぐに戻って来るよ」
「うん……」
そう言われてもやっぱり落胆してしまう、俺
はしょんぼりしながらカズの隣に腰かけた。
「そんなに気落ちすること?」
「だって……」
「これからずっと一緒にいるんだろ、少し位
我慢しなさいよ」
「………うん」
カズはとりあえず俺を元気付けようとしてく
れている、だけどやっぱり淋しいよ。
「も~辛気臭いですねぇ。それじゃあひとつ
良い話を聞かせましょうか」
「良い話?どんな?」
「智はあと少ししたら休暇にはいるよね」
「うん、翔くんもだろ?」
「そうですね。だから二人にプレゼントがあ
るんです」
「えっ?なにくれんの?」
自分でも現金だと思うけど、プレゼントとい
う言葉にテンションが上がった。
「カリブ海のリゾートへの旅行」
「カリブ海…」
「そ、バルバドス。コバルトブルーの海が綺
麗だよ。智は海が好きだから決めたんだ」
「嬉しい……でも、どうしてプレゼントしてく
れるの?」
美しい海が見れるのは嬉しい、しかも翔くん
と旅行なんて初めてでとても心が踊った。
でも、ケチなカズが旅行を贈ってくれるなん
てどうして?
申し訳ないが裏がありそうで少し怖い。
「…これはね、頑張った智への御褒美」
「えっ…」
「アメリカに来てからずっと一人で頑張って
ここまで来たでしょ。だから…」
「違うよ、一人じゃない。カズや相葉ちゃん
が何時も側にいてくれたから頑張れたんだ。
俺、二人には凄く感謝してるよ」
「智……」
「だから御褒美なんていらないよ」
「ふふ、智は馬鹿だな。こっちがやるって言
ってるんだから黙って貰えばいいのに」
「だって、違うもん」
「じゃ、別の理由にする。この旅行は迷惑を
かけたお詫びにする」
「迷惑??なに?」
お詫びなんて、御褒美以上に意味不だ。
二人に助けてもらった事は多いが迷惑をかけ
られた事なんて全然ないから。
「古い話で悪いけど子供の頃の事とか…俺の
せいで智に悲しい思いをさせただろ。特に翔
さんとのこと…俺が二人を離れさせたから」
「……は?」
驚いた…カズがずっとそんなふうに感じてい
たなんて。
あれは意気地がなかった俺のせいであって、
決してカズのせいじゃないのに。
長い間自分を責め続けていたカズに申し訳な
い気持ちと、ずっと誤解させたままだった自
分の不甲斐なさに怒りがわいた。
「カズは勘違いしてるぞ!翔くんと離れたの
は俺に問題があったからだ。何に対しても自
信が持てなくて、意気地がなかったからああ
なったんだよ。お前のせいじゃない!」
「でも…俺は智から友達を取り上げてたし…」
「それも違う。俺にカズみたいな魅力がなか
ったからあいつらは離れて行ったんだ。俺も
奴等を追わなかったし…」
「でもっ!」
「でもじゃねー、だったらカズの淋しさに気
付けなかった俺が一番悪いだろ!二人きりの
兄弟なのに、お兄ちゃんなのに!!」
「……智」
「カズは悪くない!だから二度とお詫びとか
言うな!」
「……うん…ありがと、兄ちゃん…」
「 !! 」
思いがけない言葉を聞いた。
『兄ちゃん』
それはずっと昔、柵なんて知らない子供の頃
にカズから呼ばれていた名称。
その懐かしい一言でお互いの過去の過ちが清
算されたように感じた。
「んふ、気にすんな弟よ!」
これで罪悪感も消え、遠慮がない関係に戻れ
ただろう。
兄弟愛
つか、いつ終わるの?