お山の妄想のお話です。




『翔ちゃん!危ない!』


幼馴染みの雅紀の叫び声にハッとして視線を

正面に戻すと、何枚もの瓦が俺めがけて降り

注いで来ていた。


『うわっ!』


咄嗟にしゃがみなんとか躱すのに成功したが

次から次へと瓦は降って来る。

それが飛んでくる方向、屋根に目をやると禍

々しい黒い影が見えた。

多分そいつが瓦を飛ばしているんだろう。


霊感の全くない俺が見える位だから、相当な

力がある奴。怨念か妖怪かまではわからない

けど悪意の塊なのは感じ取れた。


雅紀は霊感の強い祓い屋の一族の子供だから

屋根にいる奴の姿がはっきりと見えているみ

たいで、瓦の攻撃もすんなり避けている。

だけどまだ子供で奴を退治するだけの力はな

い。


大人達は影のいる屋敷の中にいて、結界を張

られているのか外の騒動に気が付いていない

ようだった。

今日は全国から集まった祓い屋達と元締めが

会合を開いている、その会場が影のいる大き

な日本家屋で次世代の顔合わせとして連れて

来られた子息達は庭で遊んでいたんだ。


庭にいたのは俺と幼馴染みの雅紀、他にも数

人の童子達。そして俺が見惚れていた綺麗な

子供…

その子は少し離れた場所に一人でいたから性

別は良くわからなかったけど、一目見ただけ

で俺はその子に魅入られていた。


綺麗で心が惹かれる、その子にどうやって話

しかけようかと考えていた時に騒ぎが起こっ

たんだ。



とりわけ運動神経が良い訳じゃない俺は転げ

回るようにして瓦を避けていた、でもそのう

ちに体力も尽きて動作が鈍くなった。

だんだんと瓦を躱せなくなり、とうとう一枚

が脹ら脛に当たってしまう。


『痛っ!』


激痛に、たまらず蹲るとすぐ脇の地面に瓦が

めり込んだ。

明らかに動けない俺を狙っている、これを何

枚も受けたらただではすまない。命の危険を

感じた。


どうにかしないと…!

結界に閉じ込められている親達は当てに出来

ない、庭の子供達だって自分の身を守るのに

精一杯だろう。

もう自力で何とかするしかない!


そう思った俺は庭の隅の大木に身を隠すこと

にした、あそこなら木が盾になって攻撃を避

けられる。

標的が他に移った隙をみて、怪我をした片足

を引きずり大木へと急いだ。


でもその時の俺は必死過ぎて周囲に気を配れ

ていなかったんだ、だからまた自分に矛先が

向いたことに気付かずにいた。


ゴツッという音と共に背中に強い衝撃を受け

前に倒れ込む、背中に瓦が直撃したようで痛

みと呼吸困難で動けなくなった。


大木まで後少しだったのに!

悔しさと痛みそして恐怖に涙が出そうだった

けれど泣いていてもどうにもならない。

動けないのならせめて致命傷を負わないよう

にと、頭を両腕で庇い丸くなった。


ガツッ、ゴツッと瓦が地面に落ちる音と子供

達の悲鳴が庭中に響き渡る。

まだだいぶ幼い子供も何人かいたけど、あの

子達はどうなったんだろう……

小学生の俺が避けるのにやっとだったのだか

らあの子達はもう……


血塗れで倒れる子供達を想像した。

そしてそれが自分の姿に変り絶望感に襲われる…そしてまた近くで固いものが地面にぶつ

かる鈍い音が聞こえだした。


もう駄目だ……

そんなふうに諦めかけた時だった。


『翔ちゃんっ!!』


絶叫と同時に雅紀が覆い被さってきたんだ。


『ま、雅紀?!』

『翔ちゃん…大丈夫?』

『うん、お前は?』

『オ、オレ?だいじょぶ…』


口では大丈夫と言っているけれど雅紀の体を

通して衝撃が伝わってくる、俺を庇って瓦を

受けているのは明らかだった。


『雅紀!退けっ!お前は逃げろ!』

『翔ちゃんを残して行けないよ…それにオレ

はシロが護ってくれてるから、これくらいは

平気…』


シロと言うのは大きな白い犬のことで、雅紀

の式神だ。

それが護ってくれていると言っても伝わって

くる衝撃は強い、絶対に雅紀も酷いダメージ

を受けているはずだ。


俺を庇って雅紀が怪我をするなんて耐え難い

どうにかして上から退けようと踠いたが、雅

紀は動こうとしない。


『雅紀っ!退けよっ!』

『しょ…ちゃ…動かな……で…』


雅紀の声が次第に弱々しくなり、とうとう応

答がなくなる。そしてグッと背に重みが増した。


『雅紀?!おいっ!雅紀!!』


反応がない雅紀を振り落とすと、白いシャツ

の背中にはいくつも血が滲んでいた。

俺のせいでこんな傷を……何も出来ない自分

が口惜しくて、せめてこれ以上傷つかないよ

うにと雅紀を抱え込んだ。

例え瓦に当たって命を落としても、雅紀だけ

は助ける……その思いだけだった。


当たった時に備え固く目を閉じ歯を食いしば

る、しかし一向に覚悟した衝撃はない。

不思議に思い目を開けると、俺達の前に立ち

はだかる後ろ姿が見えた。

小さな体、俺達と同じくらいの子供だ。


『えっ!?』


いつの間に来ていたのか、驚いて声を上げる

とその子は振り返った。


『遅くなってごめん、小さい子を優先してた

んだ。でももう大丈夫、おいらがなんとかす

るからさ』


ニコリと笑いながら言ったのは、俺が見惚れ

ていたあの綺麗な子だった。

だけど綺麗な顔には擦り傷や切り傷、そして

額からは血が流れていた。


『なんとかするって…君だって凄い怪我して

るじゃないか!』

『こんなの平気だよ。それより君達は大きく

ておいらじゃ安全な場所に運べない……

今なんとか領と話がついたからアイツを退治

するけど、君達に障るかもしれないんだ。

だから出来るだけここから離れて、そんでア

イツが消えて結界が解けたら、すぐに大人に

祓ってもらって。必ずだよ』

『えっ?君が一人でアイツと戦うの?無理だ

よ!!』


小さくて傷だらけのその子があんな化け物と

戦っても勝ち目がないのは明白だ。

一人だけ残して逃げるなんて出来ない、でも

雅紀は安全な場所に移したかった。

どうしたらいいのか悩んでいると、その子は

瓦を素手で叩き落としながら笑ったんだ。


『心配はいらないよ。アイツと戦うのはおい

らの式神……まだ完璧な契約前だったからゴ

ネちゃってたけどやっと話が纏まったんだ』

『……式神?』

『そうだよ、その子の白い犬みたいなの。

おいらが直接戦うわけじゃないから安心して

よ。だから早く行って!!』


強い口調で言われて逆らうことなど出来ず、

俺は雅紀の脇に腕を入れ引きずってその場を

離れた。


やっと大木に辿り着きその影に隠れるように

してから、様子を窺うとその子は呪文を唱え

ながら印を結んでいるようだった。


その間も瓦の攻撃が続き、それを払いながら

も印を結び続け、最後に凛とした声が響いた

と同時にその子から眩い光が発せられた。

蒼く輝く光で長く伸びたそれは、俺にははっ

きりと龍に見えた。


『領!頼む!』


その子の叫びと同時に蒼い龍は黒いものに巻

きつき一瞬にしてそれを消滅させた。

そしてそのまま空へ消えて行ったんだ。



その後は、結界が解けた屋敷から大人達が駆

けつけて怪我をした子供達を救護した。

俺と雅紀の所にも父達が血相を変えて走りよ

って来た。

抱えられ屋敷へと向かう最中にあの子も運ば

れて行くのを見たけど、その後会うことはな

かった。



何日かして、あの時の話を父がしてくれた。

あの黒いものは力の強い魍魎で大人達を結界

に閉じ込め、目障りな祓い屋の後継者たる子

供達を始末しようとしたらしい。

親と違いまだ大した力もない子供ならすぐに

片付くと踏んだのだろう。


しかしそれには誤算があった。

今回の会合には有名な陰陽師の流れを汲む新

参の祓い屋がいて、そして親よりもその子供

の方が力が強かったことだ。

幼くして先祖の使役した式神のいくつかを操

り、成長するにつれ力の強い式神を召還する

ようにもなった。

それが俺達を助けてくれたあの子で、式神は

青龍だったらしい。


あの子はどうなったのか、なんと言う名なの

かを父に聞いたけど教えてはくれなかった。

それは父の纏める地域ではなく、別の元締め

の管轄内の術者だからだ。

それと子供は知らなくて良いという考えから

だろう。


だから俺は長い間、あの子の名前さえ知らな

かった。

でも淡い想いをずっと持っていた、それは誰

かと付き合っていても心のどこかにあったん

だ……



ある時父が言った『若い世代で新しいチーム

を組むことになった』と。そしてそのチーム

を俺に纏めろとの事だった。

メンバーは雅紀、そして何回か会ったことの

ある二宮和也と松本  潤。


子供の頃のあの事件で雅紀に怪我をさせたこ

とを悔いていた俺はそれを引き受けた。

俺が割り振れば、雅紀に能力以上の危険な仕

事をさせることもないから。

もう二度と雅紀を傷つけさせはしないという

自戒を込めての承諾だった。


四人のチーム、しかしそれが始動する直前に

新たに一人加わることとなった。

それが〖大野  智〗

あの時助けてくれた子だったんだ……





「淡い恋心を持ち続けていた相手が、あんな

ビッチになっていたなんてな…」


再会した後、都合の良い展開を望んでいたが

智君は俺が想像していたような人ではなかった。

付き合ってもいない奴と平気でキスをしたり

身体をベタベタ触れられてもヘラヘラ笑って

許したり。


それで俺に好意があるような態度をとるのに

も憤りを感じたんだ、あいつらと俺が同じラ

ンクなのが気に入らない。


八方美人?いや尻軽か?無節操と言っても差

し支えない。そんな奴にまだ心を寄せている

自分にも怒りがわいた。


苛々が募った結果、智君に八つ当たりをして

しまったんだ。

まさに『可愛さ余って憎さ百倍』という心境

だった。


言った直後はスッキリとした爽快な気分だっ

たが、智君の傷ついたような顔を見て段々と

後悔が押し寄せた。

しかしそこで謝るのもプライドが許さなくて

突っぱねたまま別れたんだ。



………その後、智君は俺に近づかなくなった。

会話は業務内容だけ、仕事前の電話もなくな

った……

そして彼の笑顔を見ることも……


……俺は何か間違ったんだろうか?

思い通りにならない恋心をもて余し、大事な

何かを見落としてしまった?


わからない…

どうしたらいいのか見当もつかない

この喪失感をいったいどうしたらいいのか…






そんな悶々とした日々を過ごす中、最悪な事

態が起きてしまったんだ……












忘れた頃に一発