お山の妄想のお話です。
おいらは、その部屋にいた。
そこはとても落ち着く場所で、置いてある家
具や小物なんかに愛着を感じていた。
たぶん、知っている場所。
ここは安全、ここにいれば大丈夫、そんな気
がしておいらはその部屋にいることにした。
でもずっと部屋にいたわけじゃないと思う、
真っ暗な所にいる事もあったから。
何も見えず感じない闇の中だったけど優しい
声は聞こえていたんだ。
『さとし…さとし…』
大好きな声…この優しい声を知ってる
そして、それがおいらの名前だと思った。
*
おいらは基本部屋にいるか暗闇にいるかのど
ちらかだった。
ある時部屋でぼーっとしていたら、知らない
人達が数人来ておいらの愛着がある物たちを
運び出して行く。
『やめろ!どこに持って行く気だよ!』
そう怒鳴ったが、そいつらはおいらを無視し
てどんどん家具を運び出す。
だからなんとか止めさせようと玄関の前に立
ちはだかったんだ、そしたら……
そいつらおいらをすり抜けて行ったんだ。
驚いたなんてもんじゃねえよ、普通ならぶつ
かってお互い衝撃を感じるだろ?
それが無いんだ、だから痛みも感じない。
相手も感じてないようだ。
どうして?何で?何が起こってるんだ?!
おいらがパニクっている間にもどんどん荷物
は運び出され、とうとう何もなくなった。
がらんどうな部屋に一人残され、おいらはど
うしたらいいかわからなかった。
*
話声がしてそっちを見ると、スーツの人と若
い男の人がいた。
前に立ってみたけど、二人は気付かずおいら
の体をすり抜けて行く…
人は違うけど何回か同じ事があって、なんと
なく自分の状況がわかった。
どうやら他の人には見えずそして体も存在し
てない……
それってつまり幽霊?おいらもうこの世の人
じゃないんかな?
だけどどうも死んだ気もしなくて、おいらは
確かめることにした。この部屋に越してくる
人に訊いてみようと思ったんだ。
だけど皆おいらが見えなくて声も聞こえない
みたい、だから物を落としたり一寸したアピ
ールをしたけどそれが悪かったのか、怖がっ
てすぐに出ていっちゃうんだよ。
何回もそんな事が続いたあと、若い学生さん
がこの部屋に入ってきた。
スゲーかっこ好くてさ、真面目なんだかボケ
てんのかわからない性格も面白くて気に入っ
ちゃった。
名前はしょうくん、今回も駄目だろうなぁな
んて半ば諦めながらも話しかけてみた。
そしたらなんとおいらの声が聞こえてるみた
い、そして怖がらないんだ!
嬉しくて沢山話しかけてお世話も焼いたりし
た。そんな事を続けるうちに、しょうくんが
おいらに質問してきて会話が出来るようにな
ったんだ。
しょうくんは自分の事を沢山話してくれたの
においらは名前しか言えなかった。
だけどそれを気にせず『さとし君』って呼ん
で話し掛けてくれる。
しょうくんに名前を言ってもらう毎に何だか
少しづつ『自分』が形作られていくような気
がしていた。
そんな中、しょうくんがおいらを見たいって
言った。おいら自身自分の容姿を思い出せな
かったけど、なんだか出来る気がしていた。
『おいらの形、おいらの姿』と必死に念じて
みたら、なんと本当に出来たんだ。
それから自信を持ったおいら『はしょうくん
の望むことを全部叶える!』なんて思った。
触ってみたいと言われた時も頑張った。
そして月の力を借りて具現化できた、でも月
の力だけじゃなく、おいらのしょうくんへの
想いとしょうくんがおいらにくれる想いがそ
れを可能にしたんだろうね。
触れ合える期間は長くはないけど凄く幸せ、
話しか出来ない時だってそれは同じだ。
*
月の力を借りての二度目。
触れられなかった時間を埋めるように、おい
らはしょうくんを求めた。
しょうくんも求めてくれて、おいらは決めた
んだ。
しょうくんとずっと一緒にいるために〖自分
〗を知ろうと。
生きているのか死んでいるのか、それによっ
て今後が変わるだろ?
だから今までしてきたように念じた、おいら
は何処の誰?今の状態はって…
そしたら突然凄い力で引っ張られてあの暗闇
になったんだ。
そこではまた優しい声が聞こえてくる。
『智、もうじき一年よ…いつまで眠ってるの
?そろそろ起きてもいいんじゃない?』
『そうだぞ、もう寝る子は育つって歳じゃな
いんだからな』
智…はおいらの名前
優しい声は母ちゃんと父ちゃん
おいら、寝てるの?一年も?どうして?
考えていると、ある場面が浮かんだ。
マンションの階段が目の前にあって、それを
下りようとしている。
数段下った所で足がふらついて、前のめりに
なって落ちていく…
コマ送りのような映像が次々に浮かびコンク
リートの地面が目の前に迫った時、ブラック
アウトした。
……そっか、階段から落ちたんだ。
数日徹夜で作品を仕上げて、殆ど飲まず食わ
ずだったから腹が減ってコンビニに行こうと
してた。だけど途中で眩暈がして階段を踏み
外したんだ……
最初あの部屋にいたのは、あそこがおいらの
部屋だったからなんだな。
その後部屋は引き払われて新しい住人が入っ
て来てたんだ、しょうくんはその中の一人…
おいらに気付いてくれて、好きになってくれ
た唯一無二の人だったんだ。
……戻りたい、しょうくんの所に…
でもどうやって戻ればいいんだ?
目の前は真っ暗だし身体は動かないんだぞ?
いままでやってきたみたいに一心に念じれば
戻れるのかも?!
そう考えたおいらは『戻る、戻る、戻る』と
それだけを思った。
するとフッと身体が軽くなり目の前も明るく
なったんだ、やった成功だ!と喜び辺りを見
回して愕然とした。
だって、おいらの足元においらが寝てたんだ
もの。青白い貌でげっそりと痩せた…
まるで死を待つ人みたい。
あれはおいら、じゃあこの宙に浮かぶおいら
はなんなんだ?!
パニックに陥っているとすぐ横から『あれ、
まあ』と声がして、ギョッと見ると知らない
ばあちゃをがおいらと同じにフヨフヨ浮いて
いた。
*
ばあちゃんの話ではここは病院でお互い入院
しているそうだ。今は病室が隣同士らしい。
『話には聞いてたけど、あんたがずっと目を
覚まさない子なんだねぇ』
『おいらどうなってんの?ばあちゃん知って
る?』
『院内の噂じゃ、階段から落ちて植物状態だ
って話だよ』
『……そっか、下のあれがおいらの身体なんだ
な……。じゃあ、このおいらは何?』
『そりゃ魂さ。身体から抜け出てるんだよ』
『死んだってこと?!』
『違うよ、臍のあたりをよ~く見てごらん。
糸が出てるだろ、これが身体と繋がってる間
は生きてるのさ。今の状態は幽体離脱かね』
『幽体離脱?』
『もともと身体は魂の入れ物、今はその入れ
物から出た状態、死んじゃいないよ。けどね
この糸か切れたらもう身体には戻れない、入
れ物を失ったらこの世にはいれないよ。死に
たくなければ遠くに行かないことさ』
『遠くに行くと糸が切れるの?』
『そうだよ、今は近くにいるから結構太いが
身体から離れればその分糸は細くなって脆く
なるからね』
『そうだったのか…』
ここからしょうくんの部屋までの距離はわか
らないけど、結構危険な事を無意識でしてい
たのかもしれない…
『私はね、今親類に別れの挨拶に行って来た
のさ。遠方へ行くのは糸が切れそうでドキド
キしたけど、戻って来れて良かったよ』
『別れの挨拶って…』
『もうすぐお迎えが来るからね』
『死んじゃうの?』
『そうだよ、寿命さ。病気だったけど定めら
れた生は全うしたよ。だからもうすぐ爺さん
が迎えに来るんだ』
『じいちゃんが?』
『もう10年も前に亡くなった人さ。私が一生
懸命生きたご褒美に迎えに来てくれるのさ』
『まだ生きてたいって思わないの?』
『悔いはないよ、だから爺さんに会うのが待
ち遠しい』
もうすぐ現世から去るというのにばあちゃん
は嬉しそうだ。悔いのない人生を送った人は
こんなふうに悟りを得るのか。
『おいらこのままだと死んじまうんかな…』
『……どうかねぇ。あんたはまだ若いから迎え
はこないと思うけど…。試されてるね…』
『試される?何に?』
『ほら、そこを良く見てごらん』
ばあちゃんが指差す方を見ると、今まで全然
気付かなかったけど、ポツンと眩しい光があ
った。
『あれなに?』
『あれは……悪いが、教えられないよ』
『どうして?』
『あんたが試されてるからだよ。あんたには
二つの道がある、あの光の方へ行くのと身体
に戻るどちらかだ。あの光の中は安らぎに満
ちてて恐怖や不安はない。でもまだやりたい
こと、やり残したことがあるなら身体に戻る
んだ。戻っても苦しい事が続くかもしれない
がね。それを自分で決めろということさ』
『自分で…』
『そうさ、あんたはラッキーだよ。自分で決
められるんだからね。よく考えるんだ、思い
残したことはないか、悔いはないのか、大切
なものは……とかね』
大切なもの……その言葉にしょうくんの笑顔を
思った。
おいらの大切なしょうくん、もう会えないな
んて嫌だ。会いたい、しょうくんに…
*
気がつくとしょうくんの部屋だった。
おいらはやっぱり浮いていて眠るしょうくん
を見下ろしていた。
しょうくんは何だか凄く憔悴しているみたい
で、目の下の隈が目立ち窶れて見えた。
どうしたの?何があったの?
起きて、おいら戻って来れたんだよ
しょうくんを呼んでみるけど全然声がでない
んだ、それどころか『戻って来い』とでも言
うように身体が糸で引っ張られる。
部屋に留まるだけで精一杯だった。
必死に名を呼び、数回目にやっと気づいたし
ょうくんは喜んでくれた。
だけどおいらの状況や眩しい光の誘惑を話す
と難しい顔になり、『光の誘惑に負けないで
なんとしてでも身体に戻って』と言った。
そして怖いほど真剣に『必ず逢いに行く』と
約束してくれた。
おいらはその言葉を信じて身体に戻った。
部屋にはまだあの光があって身体に戻ったお
いらをさらに誘うけど、それに負けないよう
にしょうくんの言葉を思い出し耐えたんだ。
それからしょうくんが本当に来てくれて、
おいらが目覚めるのに力を貸してくれた。
んふふ、キスで目覚めるなんてね。
何だか童話のお姫様みたい、
おいら凄く単純じゃない?
*
「智君が退院したら、俺の部屋で一緒に暮ら
そうよ。もとはあなたの部屋でもあったわけ
だし、住みやすいと思うよ」
「うん……あの辺りは生活するのに良い環境
だからね。駅も近いしスーパーやコンビニも
あるから。でも……」
「えっ?!まさか嫌なの?」
「……あそこ二人で住むには狭いし、しょうく
ん荷物多いだろ」
「俺、断捨離して私物減らすよ!」
「でも……」
「嫌なの?何でさ!あそこは俺たちが出会っ
て愛を紡いだ場所なのに!」
「問題はそこなんだよ」
「は?」
「あそこ部屋の中はリフォームして綺麗にな
ってんだけど、壁が凄く薄いんだよ」
「そうなの?俺は気にならなかったけど」
「お隣さん留守がちだからな。だけどね俺が
まだあそこにいた時さ、お隣さん彼女連れて
来た事があって……」
「うん?」
「エッチなこと始めちゃってさ…」
「男なら仕方無いよね?それがどうしたの?」
「声が…壁が薄いから、筒抜けで…」
「えっ?!」
「あっちのが聞こえるなら、こっちのも筒抜
けなわけで……わかるだろ?」
「ああっ!!」
やっと翔くんは合点がいったようだ。
「そりゃ駄目だね!防音がしっかりした部屋
に引っ越そう!あなたのあの声を他の奴に聞
かせたくないからね!!」
『あの声』がどんな声かは恥ずかしくて言え
ないけど、その通りなんだ。
二人で暮らしたら、そーゆー機会も増えるだ
ろうし、色々我慢したくないものね。
「俺が良い物件探しとくから、智君はリハビ
リ頑張ってね」
「頑張る~」
「退院するまでには俺達の関係をご両親にお
話しして、交際を認めてもらお♡」
「ふふ、そーだね」
「卒業したら稼げる職に就いて、絶対智君に
苦労させないから」
「なんだよそれ、プロポーズみたいじゃん」
「みたい、じゃなくってマジのプロポーズ」
「え~と、返事欲しい?」
「当たり前でしょ」
ガチでプロポーズなんて恥ずかしくて、一寸
おどけたら翔くんがむくれちゃった。
でも、大丈夫。おいら翔くんの機嫌を直す方
法を知ってるから。
「返事は……退院してからね。おいらの身体で
たっぷり答えてあげる♡」
「 !!!!! 」
その言葉の意味を理解した翔くんは、満面の
笑みを浮かべ頷いた。
****
「ねえ、ここの家賃が安い訳ってなんだった
の?事故物件でもないのに安すぎない?」
玄関に鍵を掛ける伊野尾に松本が訊いた、
どうやら賃料に納得がいかないようだ。
伊野尾は作り笑いを浮かべ誤魔化そうとした
が、二宮からの無言の圧力もあり観念して話
し始めた。
「築年数が経っているのでこのマンション自
体元々他より家賃は安いんです。ですがこの
部屋には特別割引があるので、それに該当す
れば更に安くなるんですよ」
「特別割引って?」
「……それは極秘事項なんです」
「ここまで言ったんなら最後まで話しなさい
よ。私たちは口外しませんよ、約束します」
「………絶対に言わないで下さいよ?絶対です
からね?」
伊野尾は何回も念を押してから家賃の安い理
由を話した。
「このマンションのオーナーの方針で若い人
には家賃を安く、そしてオーナーの気に入っ
たイケメンならさらに割引が加算されるんで
す。つまりは学割とイケメン割みたいなもの
です。イケメン割は借り主当人にもお知らせ
はしませんが、家賃から引いてあります」
「イケメン割引?!」
「わ~、大きな声を出さないで~他の住人さ
んに聞かれたらヤバいんですってぇ」
慌てて辺りを窺う伊野尾、その必死な様子か
ら本当のことのようだ。
「他の住人がそれを知ったらヤバいんじゃな
いの?依怙贔屓だって怒るだろ」
「そうなんです、前に入った人がうっかり他
の住人に家賃の金額を言ってしまって苦情が
来た事があるんです。その人は学割だけだっ
たのですが、それでも不満に思う借り手さん
もいますからね。イケメン割があるなんて知
れたらどうなることか…だけどその後、事故
物件だからなんてデマが出回って何故か皆さ
ん納得したんですよね。その点はデマに感謝
です」
「翔さんの日記や話からだと、事故物件って
言ってもいい現象が起こってるけど」
「一概には事故物件じゃないとは言いきれま
せんね」
「で、でもここで亡くなった方はいないんで
すから!事故物件なんかじゃありません!」
伊野尾の大声がマンション中に響き渡った。
不動産担当者の必死な叫びは不自然で、住人
にこの部屋が紛れもない事故物件だと決定づ
けるように聞こえてしまったかもしれない。
これで当分この部屋のあらぬ噂は消えないだ
ろう。
でもそれは、貸し手と借り手共々に都合の良
いことなのかもしれない。
やっつけ感満載
しかし終わる
美女が見たのは翔くんと
Hするのが羨ましかったさとPww