お山の妄想のお話です。
○月✕日
新居に引っ越した。
いよいよ一人暮らしの始まりだ。
今日からこの1LDKは俺の城!
口煩い両親も可愛いけど煩わしい妹弟もいな
いから、伸び伸びと生活が出来る。
このマンションは見た目は一寸古いけど部屋
の中はリフォームされていて綺麗だし、2階
の角部屋だから日当たりも最高だ。
大学までは2駅だし、この立地でこの家賃は
掘り出し物だと思う。
良い物件を探しあてた俺、GJ!
このままツキが続きますように!
○月△日
この部屋に住み始めて良いことが多い。
まず、朝起きれるようになった。
寝相が悪く寝汚い俺が自力で起きれるように
なったんだ。
不思議なことに耳元で『起きて、朝だよ♡』
なんて囁きが聞こえて目覚めるんだけど、こ
の部屋に他に人はいないからきっと幻聴なん
だろう。
それに倉庫のように物が多くぐちゃぐちゃし
た部屋の中でも、なくしものがすぐに見つか
る。『あれ?ねえな?どこ置いたんだろ?』
なんて一人言を言いながら少し探せば、テー
ブルや棚の上なんかにポツンと置いてあった
りするんだ。自分では置いた覚えはないから
もしかしたらこの部屋には妖精が住んでいて
見つけてくれているのかも、なんてメルヘン
に思ったりした。
○月✕✕日
……頭が痛い、二日酔いだ。
昨晩は友人達と飲み、隣のテーブルにいた美
女と意気投合して何と部屋にお持ち帰りした
部屋は適度に散らかっていたけど、ベッドの
上まで物は無いから使用可能。
良い感じで酔った美女を姫抱きして運び、さ
あ、しよっか♡ってところで事件がおきた。
ベットに横たわる美女に覆い被さりキスをし
た、結構長い時間俺のキスにねっとりと応え
ていた美女の動きがピタリと止まった。
どうしたのかと美女を見れば、天井の一点を
凝視している。
そして突然『ぎゃあぁ』と叫び俺を押し退け
跳ね起きると、荷物を掴んで脱兎の如く走り
去ったんだ。
押し退けられベットから落ちた俺は訳が分か
らずに、呆然としていた。
美女は何かに驚いて逃げたように感じた、天
井を見ていたからそこに原因があるのか?
床に転がったまま美女の見ていた辺りを確か
めてみたが、驚いて逃げ出すようなものはな
かった。
意味がわからん、ゴキブリでもいたのかな?
色んな意味で盛り上がっていたものはベット
から落ちたショックで萎えた。
面倒臭かったのでそのまま床で寝ることにし
た。
『そんな所で寝ると身体が痛くなるよ』
眠りに落ちる途中で、優しい声が聞こえた気
がした。
○月✕△日
数日前に部屋から逃げた美女からメールがあ
ったが内容は不可解なものだった。
かいつまむと、この部屋には若い男の霊がい
て、あの夜天井から俺達を怨めしそうに見て
いたというものだ。
どうやら美女には霊感があったらしい。
しかし俺には納得がいかない、ここに住み始
めてひと月経つが心霊現象が起こった事など
一度もないし、男の霊なんて見たこともない
のだから。
結局、美女はきっと酔っ払って幻覚を見たん
だろうということで落ち着いた。
△月○日
今朝不思議な事が起こった。
用事があって学校に行く前に実家に寄らなく
てはならず、いつもよりだいぶ早くここを出
なくちゃいけなかったのに目覚ましをセット
し忘れて爆睡していたんだ。
どうしても今日でないと駄目な用事と、絶対
に受けなくてはならない講義があったから寝
過ごすと大変なことになる。
それなのに爆睡の俺…
そんな俺に何時もの優しい声が聞こえてきた
のだけど異常な眠気からそれを無視していた
んだ。だって只の幻聴だから。
しかし、目を開けない俺に幻聴はずっと呼び
かけてくる、『起きて、遅れちゃうよ』『大
事な用事があるんでしょ?』『やばいよ、そ
ろそろギりだよ』『起きて』『起きて!』
『起きて!しょうくん!!』
突然耳元で大声で呼ばれて流石に驚いて飛び
起きた。
完全に名を呼ばれた、誰かこの部屋にいるの
か?不法侵入か!?
少々ビビりながら部屋中を見渡したけど、や
っぱり俺以外には誰もいない。
おかしいな?やっぱりこの部屋には妖精がい
るのかな?
△月△日
今朝も優しい声が起こしてくれた。
やっぱりこの部屋には妖精がいるんだ!
怖いヤツじゃない優しい妖精、声音からして
男の妖精だろう。
昔見たアニメの借りぐらしの妖精?
いや、沖縄のギムジナーみたいな妖精かも。
どちらにせよ害が無いから怖くないし、俺を
助けてくれるから感謝してる。
だから今晩眠る前に妖精に話しかけてみよう
と思う。
△月✕日
凄い!昨夜話しかけたら返事があった。
『何時もありがと、妖精さん。名前があるな
ら知りたいな、どうか教えて下さい』
そう言ってから目を閉じたら、どこからとも
なくあの優しい声がしたんだ。
『さとし……だよ』
妖精の名前は『さとし』というらしい。
日本の妖精だから日本名なのかな?
駄目元だったから返事があったのには驚いた
けど名前がわかって嬉しい。
だから今朝も起こしてもらったお礼を言った
よ『さとし君おはよう。今朝もありがとう』
って。そしたらどこからか『んふふ』って笑
い声がしたんだ。
本当に凄いだろ?!
俺は妖精と仲良くなったんだ。
△月□日
あれからずっと妖精のさとし君との交流は続
いている。
さとし君は人外だけど不思議と怖くない。
妖精は悪い者じゃないし、さとし君は優しい
からかな。
会話が成立してから結構な日が経って、俺に
ある願望が芽生えた。
それはさとし君の姿を見たいというものだ。
きっと妖精だから綺麗なんだろうな…
そう思ったら見たくて見たくて堪らなくなっ
てしまったんだ。
だから姿を見せてとお願いした。
さとし君からの返答は見せてもかまわないと
いうものだったけど、明るい陽の光の中では
無理だと言う。
力が弱いから明るいと見えないんじゃないか
なと言われたんだ。
彼は昼間より夜の方が力があるらしい、なら
ば今晩見せてとお願いしてみた。
さとし君からは『頑張る~』と緩い返事があ
った。今晩が楽しみだ。
△月◇日
なんと言うことだ……
恋に落ちてしまった。
昨夜初めてさとし君の姿を見た。
満月ではないけれど明るい月光の下、ぼんや
りとシルエットが浮かび上がった。
良く見る妖精のイラストみたいに掌サイズだ
ろうと思っていたのに、現れたのは人間の大
きさだった。でも俺よりは幾分小さく細い。
驚いたのはその服装で、ヒラヒラした布を巻
き付けている予想に反してTシャツとGパンと
いう目茶苦茶現代風だった。
そして、さとし君の顔は……
花のかんばせという言葉がピッタリ当てはま
る美しさだった。
『しょうくん、見える?』
さとし君は少し緊張しているみたいだった。
『見えるよ、凄く綺麗だ…』
と俺が言うと『やめてよ~』と恥ずかしそう
に笑った。
その時胸に衝撃を受けた。
多分キューピッドの矢が俺に突き刺さったん
だろう。
さとし君、さとし君……
それから俺の心はこの妖精のことでいっぱい
になったんだ。
△月○✕日
夜、さとし君の姿を見ながら話をするのが日
課になった。
俺は自身のことを話したがさとし君は話さな
い。『俺には言いたくない?』なんて少しだ
けむくれてみると、さとし君は困ったように
『違うんだよ、おいら自分のことがわからな
いんだ』と言った。
どうやら『さとし』という名前以外は憶えて
いないみたいだ。
何の妖精かもわからないけど、一度聞いた歌
声が凄く美しかったからセイレーンかもしれ
ないな。
△月○○日
さとし君への想いが募り、触れたいという衝
動を抑えきれなくなった。
俺はさとし君が好きだ、たとえ人外、異種で
あっても想いはかわらない。
さとし君も俺のことを憎からず思ってくれて
いるのがわかるし、思いきって『あなたに触
れたい』と言ってみた。
だけどさとし君は悲しい表情になり、じっと
自分の身体を見たんだ。
『おいら、透けてるよ…実体がないみたい』
確かに透けているのかもしれない、ぼんやり
と後ろの風景が見えるから。
だけど諦めずにさとし君の胸辺りに手を伸ば
すと、少しだけその空間に抵抗があった。
それはさとし君も感じたようで驚いていた。
『もしかして、触れた?』
『うん、多分。さとし君も感じた?』
『うん。ちょっとくすぐったい感じ』
月明かりに照らされた恥ずかしそうな笑顔を
見て、俺はあることに気づいたんだ。
キーワードは月光。
満月に近づくにつれ光が強くなっている……
昔から満月には不思議な力があると言うじゃ
ないか、それは妖精の力も強くしてくれるの
ではないか?
そう理論付け、毎晩さとし君に触れてみるこ
とにした。
△月◇△日
月が少しづつ満ちるにつけ、さとし君の身体
も実体化してきていた。
今晩は満月、月明かりの下にさとし君を立た
せ腕を伸ばす。
ギュッと抱きしめれば腕の中には筋肉の感触
や確かな温もりが感じられたんだ。
俺の理論は正しかったと証明された。
『…さとし君、あなたに触れてもいい?』
『いいよ…おいらもしょうくんに触りたい』
『うん、いいよ…』
俺とさとし君は裸になって、窓から射し込む
満月の光の下でお互いを確め合い。
そして、俺はさとし君の温かく狭くてキツい
そこに包まれた。
幸せだ…たとえさとし君が俺と同じ種族でな
くてもかまわない。
愛する心には何の問題もないのだから。
△月◇○日
月が欠けていくのと同様に、さとし君の身体
もだんだん朧になっていく。
実体がある間にと、俺達は野生の動物のよう
に交合った。
不眠不休での数日間で俺はげっそり窶れたけ
れど、さとし君との行為の方が大切だったか
ら気にしなかった。
だけど久し振りに出たサークルで、話したこ
とのないヤツが近付いてきて変な事を言って
きたんだ。
『櫻井君、何かに取り憑かれているみたいだ
けど大丈夫か?』
『は?俺が取り憑かれてる?』
『ああ、君に異様な気を感じる。それに急激
に痩せたよね?』
『痩せたけど、それが取り憑かれてる基準な
のか?だったらダイエット成功者も何かに憑
かれているんだな』
『そういう訳じゃないけど、君からは少し前
から妙な気配を感じてたんだ。先月くらいに
何か変わったことがなかった?』
『先月からマンションを借りて一人暮らしを
始めたけど』
『……そのせいかな?』
『それに何の関係があるんだよ』
『その部屋さ、周辺と比べて家賃が安いなん
てことない?』
『………安いけど、それは掘り出し物を見つけ
たからだ』
『どうかな……多分それは掘り出し物じゃない
と思う』
『じゃあ、何だって言うんだ!』
『………心理的瑕疵』
『は?』
『心理的瑕疵がともなう物件、所謂事故物件
だよ』
『事故物件?確か事件なんかで人が亡くなっ
た部屋のことだよな』
『そう、事故物件は家賃が安いし住人の入れ
替わりも早い。この時期に部屋が空くなんて
普通ないから前の住人が出て行かざるを得な
い何らかの事情があったんだ』
『それが心霊現象だから?残念だけど不動産
屋からはそんな話し聞いてないし、気味の悪
い体験もしてないよ』
『……そう…。だけど君からはおかしな気配を
感じるから、気をつけて』
俺が不機嫌になったからか、そいつはそそく
さと部屋から出て行った。
友人にそいつの事を話すと『あいつ霊感があ
るらしいぜ。ま、自称だからわからんが』と
言っていた。
霊感が有る無しにかかわらず失礼なヤツだ。
俺の大切な妖精を悪霊呼ばわりしかけたん
だから。
美しくて優しくて温かい、そんなさとし君が
悪いものである筈がないんだ。
むらっけでスミマセン