お山の妄想のお話です。
翔
和也君からの知らせを受け、嬉しさで天にも
昇る気分だ。
この事を早く智君に伝えたい!
時刻を確認すると丁度良い頃合いで、早速電
話をした。
「こんばんは、智君」
『こんにちは、翔くん』
ワンコールで直ぐに出てくれるのはいつも通
り、だけど今回は少しおかしい。
智君の声が沈んでいるように感じたんだ。
「……智君?どうかしたの?」
気になったので尋ねると、智君は少し躊躇っ
た様子だった。
『……うん、ちょっと』
「何があったの?言ってみて」
『あのね、カズ達がここを出て行くって言う
んだ…』
「…………あ」
自分の迂闊に舌打ちをしたくなった。
さっきの和也君との会話でそれを聞いたばか
りじゃないか、普通に考えれば智君が気落ち
するのは当然だ。
今まで一緒に暮らしてきた二人が居なくなれ
ば一人残された智君は淋しく不安にもなる。
彼らが出て行くのは俺達を一緒にしてくれる
ため、俺はそれがわかっているが今はまだ言
えない。
『もう30歳にもなるのに、情けないとは思っ
てるよ。でも、今まで一緒に居て楽しかった
し安らげたんだ。なのにいきなり出て行くっ
て言われて、驚いて悲しくなっちゃった。
新婚さんだから二人になりたかったのかな、
俺が邪魔だったのかも…』
悲し気な声に高校生の頃を思い出す。
当時の智君は辛いことや悲しいこと、全てを
自分一人で抱え耐えていた。
今もあの頃のように、目を伏せ唇を噛みじっ
と心が癒えるのを待っているのか…
立ち竦む儚い姿を想像して苦しくなった。
あの二人かあなたを邪魔だと思う筈がない、
本当は離れたくないだろう。
だけど俺達のために出て行ってくれるんだ。
あなたは一人じゃない、俺がいる。
これからはずっと一緒だ。もう離れることは
ないし、絶対に離さない。
智君の華奢な身体を抱きしめて、そう言って
あげたい……
今すぐにでも本当の事を話てしまいたい…
けれど、それば出来ない。
あなたの仕事を請負うagent
身のまわりを世話するマネージャー
そして最愛のパートナーとしてあなたに会う
ためにはまだ黙っているしかないんだ。
「……和也君があなたを邪魔者扱いするわけ
ないじゃない、出て行くのには理由があるは
ずだよ」
『理由はね、新しいagentの邪魔になるから
だって言ってた』
「そうなんだ…」(それは俺だよ)
『だから事務所は他に借りるって言ったけど
カズは大人の事情があるから駄目だって…』
「そ、そう」(大人の事情、苦しい言い訳だ)
『二人がいなくなったら淋しい、ここに一人
で住むなんて嫌だよ…』
一人は淋しい…
そんな想いが伝わって来た。
もうすぐあなたに逢える、これからはずっと
一緒だ。悲しくも淋しくもない、愛の溢れる
生活が待っているよ。
切なさにうっかり出かけたその言葉を無理や
り飲み込んだ。
「ね、智君。以前言ってあったけど、もうす
ぐそっちに行けそうなんだ」
余計な事を省きそれだけ伝える。
今の状況を変え楽しい気分になって欲しいと
いう安易な考えからの言葉だけれど、それは
本当の事だし次に会えた時がサプライズなの
だから許して欲しい。
『えっ?!本当!いつ?いつ来れるの?!』
俺の一言で智君の口調が明るいものに変わっ
た、絶望から歓喜へそんな感じだ。
「ごめん、まだ日にちは確定してないんだ。
だけど近いうちに必ず会いに行くから」
『…いつかわからないの?』
ヤバい、また声のトーンが落ちた…
俺は馬鹿だ、今まで何回も期待と落胆を繰り
返えさせ、それがわかっているのにまた同じ
事をしてしまうのだから。
これからの幸せな未来を予期しているのは俺
だけだという事をいつも失念してしまう。
「年内には必ず。クリスマスは一緒に過ごせ
ると思う」
『本当!』
「うん、これは絶対だから。クリスマスには
ロックフェラーのツリーをあなたと見れる」
『本当?信じていい?』
「うん、ずっと待たせたけど今度こそ本当だ
よ。そのまま年越しもそっちでするから」
『嬉しい…今度こそ翔くんに逢えるんだね…』
「ずっと待たせてゴメンね」
『ううん、平気。俺が翔くんを待たせた時間
と比べたら全然短いもの』
智君は健気なことを言ってくれる。
確かに俺が待った年月と比べたら短いかもし
れない、だけどその間あなたは夢を叶えるた
め誠実に努力をした。
俺もこの2年間はあなたに相応しい男になる
ために頑張ったよ、だけどそれは自己満足だ
ったかもしれない。
あなたを騙すような形になってしまったから
ね。そんな負い目があるから、智君の想いが
胸に痛いんだ。
「あと少しだけ待ってくれる?」
『うん!待つよ!』
智君の声に張りが戻った、少しの間この約束
で和也君達がいなくなる淋しさを紛らわせて
くれたらいい。
まだ言えないけれど、智君の誕生日は二人き
りで。
クリスマスはロックフェラーのツリーや5番
街のブランド、有名デパートのデコレーショ
ンを見に行こう。
大晦日はタイムズスクエアでカウントダウン
人で溢れているからはぐれないようにしっか
り手を繋いで、年越しと同時にキスをしよう
あと少し我慢すれば二人の時間が始まり、
二人で過ごす初めてを沢山体験出来るんだ。
微笑み合い幸福でしかない時が待っている
智君あと少し、ほんの少しだけ我慢して。
そしたら必ず俺があなたを幸せにするから
智
翔くんからの電話。
いつもならウキウキしているのに、今日はカ
ズの話がショックで気分が沈んでいた。
声が聞けるのは一週間に一度だけなのに、こ
んなに浮かない顔をしていたら申し訳ないと
思う。
だけど俺の心は酷く傷んでいて、笑った表情
をしてもそれはまやかしだとすぐにバレてし
まうだう。
『智君?どうかしたの?』
案の定、翔くんは気づいて心配してくれる。
俺は言うべきか少し迷ったけど、不安な気持
ちを話した。
カズと相葉ちゃんが出て行くことや、新しいagentがこの家に来ること。
…………翔くんに逢えないジレンマは黙っていた。中々時間が取れないのは、お互い仕事の
都合があるから仕方がないことだしね。
情けなく弱い心情を語ってしまった。
昔は一人で何とかした事も、翔くんと心が通
った今ではそれが出来ない。
甘えかな…?
この歳の男が甘えるなんてどうかとも思った
けれど、翔くんはそれを許してくれる。
それを望んでくれるから、俺は一人で抱え込
むのを止めたんだ。
翔くんは俺の話を聞き慰めてくれた。
心が軽くなり話して良かったと思えた、それ
だけで充分だったのに突然とても嬉しい知ら
せを受けた。
『もうすぐそっちへ行けそうなんだ』
本当に?本当?と聞き返してしまった、だっ
てこれまで何回も立ち消えになっていたから
やにわに信じられなかったんだ。
『年内には必ず、クリスマスは一緒に過ごせ
ると思う』
まだ日にちは決まっていないみたいだけど、
翔くんの言葉に確信めいたものを感じた。
あと少し我慢すれば、大好きな人に触れるこ
とができるんだ。
『あと少しだけ待ってくれる?』
「うん!待つよ!」
食い気味に返事をしてしまい苦笑い、翔くん
からも『ふふっ』と笑い声が聞こえ一寸照れ
た。だけど喜びを隠し切れなかったのだから
仕方無いよね。
『じゃあ、またね。おやすみ智君』
「翔くんは午後の仕事を頑張って」
『あなたの声を聞けたから、仕事なんてバリ
バリこなせそうだよ』
「そう?なら良かった」
名残惜しかったけれど暫して通話を終えた。
俺はそろそろ寝ないと明日の仕事に差し障る
し、翔くんは昼休みが終わってしまうから。
もう少しすれば東京とニューヨークの13時間
の時差など気にしなくてよくなる。
『おはよう』や『お休み』を同じ時間に言え
るようになるんだ。
その日が来るのを励みに頑張ろう。
新しいagentやカズ達の問題も翔くんが来る
までに解決しておくよ。
だって笑顔で逢いたいもの。
最高の笑顔を見せてくれる翔くんに、同じく
らいの笑顔を返したいから。
詐欺