お山の妄想のお話です。
秘密。
人は生きていく上で幾つかの秘密を持ってい
ると思う、それは些細なことから重大なもの
まで様々。
度合いに拘わらず他人には知られたくない事
で、心の中に隠しているものだ。
俺の秘密は重大なもの、大変な秘密なんだ…
それを知った時は目の前が真っ暗になった。
今までの生活、幸せが消滅する、そんな恐怖
を伴う真実。
ある時、それまで父だと疑いもしなった人や
大好きな兄との間に血縁関係が無いというこ
とを知ってしまったんだ。
戸籍上は父、だけど遺伝子的には繋がりがな
い……
兄は父の実子、けれど俺の母が産んだ子供で
はない……
そんな衝撃的事実を知ったのは、両親が事故
で亡くなった数ヶ月後だ。
*
中学二年、両親が亡くなった。
自動車での事故だった。
多重事故に巻き込まれ帰らぬ人となったんだ
朝、『久し振りのデート♡』と腕を組み楽し
そうに出掛けた両親。
夕飯は皆でと言っていたのに、深夜近くなっ
ても戻ってこない。
俺と兄は連絡もなく帰らない両親が心配で待
っていた。
しかし俺は日中の部活がハードで疲れから眠
くて仕方なく、こくりこくりと船を漕いでいた。そんな俺を見かねた兄が『おいらが父ち
ゃん達を待ってるから、お前は寝ろよ』と言
ってくれて、睡魔に勝てなかった俺は兄の言
葉に甘え自室で横になった。
そして目覚めた時、全てが変わっていた。
俺が眠った後警察から連絡があり、兄は一人
で病院に行き身元の確認をした。
そして親族に連絡をしてから家に戻ったよう
だった。
『しょう……』
名を呼ばれ目を覚ます。
寝穢い俺を起こしてくれるのは兄で、いつも
優しく名前を呼んでくれるんだ。
大好きな兄の声、でもその日は普段と違いか
細く小さな声だった。
『しょう』
『どうしたの?兄ちゃん?』
もう一度呼ばれ、兄の顔を見た。
兄の貌は紙のように白く憔悴し、でも瞳は赤
く充血していて一目で泣いた後だとわかり何
か悪い事が起きたのだと直感したんだ。
『……あんな、父ちゃんと母ちゃんが……』
兄の言葉に衝撃を受け、何も考えられなくな
った……
*
葬儀を終え、今後俺達の生活をどうするかと
親族で話し合った。
予想はしていたけど、中学生と高校生の兄弟
を引き取り面倒を見てくれる家はなく、一人
づつ別々にという案か施設へという事になっ
てしまった。
俺は兄と離れるのだけは絶対に嫌だったから
施設へ入る方を望んだけど、兄は両方を拒否
した。
『兄弟二人で暮らします』
未成年の子供だけの生活は認められないだろ
うと言われたけれど、兄は我を通した。
普段はおっとりと大人しいが、そうと決めた
ら絶対に譲らない。
兄の頑なさに説得を諦めた大人達が話し合っ
た結果、叔母が『保護者』になり幾つかのル
ールをつくり、それを必ず守るという条件付
きで認めてくれた。
そうして俺達は二人で暮らすことになった。
皆が帰り家に二人だけになると、俺達は真新
しい仏壇に手を合わせた。
『父ちゃん、母ちゃん、おいら達二人で頑張
るから見守っていてくれ』
兄はそう位牌に話しかけ、それから俺に
『これから何があっても、お前は必ず俺が護
るから』
と力強く言ってくれたんだ。
それが凄く心強くて嬉しくて、兄に抱きつき
わんわんと泣いた。
兄はそんな俺を抱きしめてくれた。
大きくて温かい腕の中、護られていると実感
しとても安心できたんだ。
*
兄と二人での生活が始まりやっと少し落ち着
きだした頃、俺の前に初老の夫婦が現れた。
学校から家に帰る途中で呼び止められ、自分
達は祖父母で俺を養子にしたいなんて唐突に
言ってきたんだ。
知らない人たち、祖父母って?
父方の祖父母は数年前に、母方の祖父母は俺
が生まれる前に他界したと聞いている。
話の辻褄が合わない、でも二人はとても真剣
で嘘を言っているようには見えなかった。
『君は息子の忘れ形見なんだ』
『息子?』
『そうだ、君の本当の父親は私達の息子なん
だよ』
『……本当の父親って…』
『君のお母さんは大野さんと結婚する前に私
達の息子と付き合っていたんだ』
『母さんが?』
『結婚を前提の付き合いで、私達に挨拶に来
てくれたよ』
『だとしても父と結婚したんだから、あなた
たちと俺は関係ないよ』
『大野さんと結婚したのは、息子が亡くなっ
たからだよ』
『亡くなった?』
『ああ、バイクの事故でね…』
『俺が生まれる前に亡くなったのなら、尚更
関係ないよ』
『……結婚した時、お母さんは息子の子供を妊
娠していたんだ』
『えっ?』
『それが君なんだよ…』
信じられない、どういう事だ?そんな筈はな
い、俺は父さんと母さんの子供だ、この人達
の言う事は間違っている。
そんな思いで『嘘を言うな!』と怒鳴ると、
自称祖父が数枚の写真を出してきた。
『これを見れば真実がわかる』
渋々受け取り一番上の写真を見ると、若かり
し頃の母が知らない男性と腕を組み楽しげに
笑ってた。
『君のお母さんと私達の息子が婚約した日に
撮ったものだ。喜ばしい日だった、息子には
幸せな未来が訪れるのだと思っていた……
でもこの数週間後に息子は帰らぬ人になって
しまったんだ…』
そう言われれば信じてしまうかもしれない、
それ程写真の二人は幸せそうだったから。
でも、だからと言って俺の父親がこの人と決
めてしまうのもおかしなこと。
そう思いながらも次の写真を見て驚いた。
それは古い写真で小さな男の子がオモチャで
遊んでいるもので、写っている子供が俺の幼
い頃にそっくりだったんだ。
『これは息子が幼い頃のものだ。次の写真を
見れぱわかると思う、君の小さな頃にそっく
りだろ?』
言われて次の写真を見ると、それには幼い頃
の俺が写っている。
『………あ』
二人が言う通り、二枚の写真に写る子供はま
るで双子のようにそっくりだった。
『この君の写真はお母さんが私達に送ってく
れた物なんだ。生前彼女には何回か会った、
その時にもハッキリと君は私達の息子の子供
だと言っていた。そして本当は一人で育てよ
うと思っていたけれど大野君を好きになり、
大野君はお腹の中の命のことも全て承知で一
緒になってくれたのだと話してくれた』
それを聞き、その時は祖父母だと名乗り出る
のを止めたという。
俺の幸せを第一に考えたら、混乱させるのは
よくないと思ったようだ。
そのまま黙って見守ろうと思っていたが、母
の死で事態は変わったと言う。
『君は両親が亡くなり身寄りがないだろう?
私達の元に来れば何の苦労もなくなる、今の
ように家事もしなくていいんだ。だから私達
の養子に、〖櫻井 翔〗になりなさい』
そう優しく言い俺に手を伸ばす紳士。
触れられる事に恐怖を感じた俺は彼らに向か
って写真を投げ捨て叫んだ。
『俺は〖大野 翔〗だ!あんた達の孫なんかじ
ゃない!!』
『戸籍上はそうなっているが真実は違う、遺
伝子的には完全に私達は繋がっている』
『遺伝子?そんなの関係ない!俺が大切なの
は兄ちゃんだ!兄ちゃんがいれば他に誰も必
要じゃない!!』
そう、俺が大切なのは兄
兄さえいればどんな苦労だって厭わない。
『俺があんた達の孫だとしても家族になる気
はない。俺が大切なのは兄で、一緒にいたい
のも兄だけだ!もう二度と俺の前に現れない
でくれ!』
そう言い捨て走って逃げた。
背後から呼び止める声が聞こえたけれど完全
に無視し、家に向かって必死に走った。
ただ、兄に会いたかった
抱きしめて欲しかった
大丈夫だよと言って欲しかったんだ…
……だけど家に着き台所から香るカレーの匂い
と兄の鼻唄を聞いた時にハッと我に返った。
今の自分の格好、ボロボロと涙を流し不安と
絶望が表だった貌で兄に会えるわけがない。
きっと兄は俺を心配して何があったのか訊い
てくる、そしたら何と答えればいい?
知らない人達が俺を孫だと、兄ちゃんと血が
繋がっていないと言うんだ、と馬鹿正直に話
すのか?
そんなこと言えるわけない。
心配をかけたくないし、泣いていた理由を知
られて兄と離れるのことになるのも嫌だ。
だから兄に気付かれないようにそっと家を出
た。そして通りにでて驚愕したんだ、だって
あの二人がこの家に向かって来ていたから。
彼等は兄にも先程の話をするつもりなのだと
確信した俺はそれを阻止すべく、もう一度話
し合う事にした。
LINEで『部活で遅くなる』と連絡を入れてか
ら、人目を避けるために彼等の泊まるホテル
の部屋で話をした。
冷静になり祖父母の想いを聞き、自分の気持
ちも話した。
『あなた達がじいちゃんとばあちゃんなんだ
と分かった、だけど俺は養子にはならない。
だって俺には大切な兄がいるんだ、兄と離れ
るなんて考えられない。これからどんな苦労
があっても二人で乗り越えて行こうと思うし
兄と一緒ならそれが出来ると思う。
それでもどうにもならなくなったら力を貸し
て下さい、それまではどうか見守って…』
二人は俺の気持ちを尊重してくれて養子の件
は無くなり、兄にこの事を話すのもやめてく
れた。
その代わり月に一度の連絡と、数ヶ月に一度
会うことになったんだ。
俺はそれで構わなかった、むしろそれだけで
いいのかと安堵したくらいだ。
俺にとって一番の恐怖は兄と離れ離れになる
こと。そうならない為なら何でもする。
*
祖父母との話し合いが長引き20時を過ぎた。
部活と連絡したけど、中学の部活はこんなに
遅くならないからきっと心配しているはずだ
家から少し離れた場所まで送ってもらい、言
い訳を考えながら兄の元へと急いだ。
『……ただいま~』
遅くなった理由を問い詰められたらどうしよ
うとビクビクしながら玄関を上がると、兄が
キッチンからヒョコっと顔を出す。
『ただいま~、じゃねえよ。今何時かわかっ
てるんか?こんな時間まで何をやってたんだ
よ、この不良中学生』
『えっと、部活…』
『おいらは中学のOBだぞ?部活が何時迄か知
ってる』
『え、えっと、あの…』
危惧していた事が起こり、何と答えようか考
えて口ごもると兄はニヤリと笑った。
『ははぁ~、さてはアレか。女の子と会って
たんだろ』
『へっ?!違うよ!』
『隠さなくてもいいべ、翔はイケメンだから
モテるんだろ~』
『モテないよっ!チビって言われるし!』
『そうかぁ?彼女がいないおいらに気を使っ
てるんじゃないの?いらねーよ、そんなの』
『違うって!彼女なんていないし、俺は女子
なんかより兄ちゃんの方が好きだもの!』
俺の言葉を聞き兄はゲラゲラ笑いだした。
『ぶふふ、兄ちゃんが好きって。ブラコン?
凄げー兄弟愛だな』
『ブラコンでもいいじゃん!兄ちゃんは俺の
事嫌いなのかよ!』
『ん?ふふっ、おいらも翔が大好き』
『なんだよぅ!兄ちゃんもブラコンじゃん』
『そーだな、だって二人きりの兄弟だもの。
ずっと仲良くしていこうぜ』
『……うん。ずーっと二人でね』
大好きな兄と絶対に離れたりしない、
だから今日のことは秘密。
何があっても兄ちゃんに知られたらいけない
事なんだ。
『さ、メシ食おうぜ!今日はカレーだぞ』
『俺兄ちゃん大好きだけど、兄ちゃんのカレ
ーも大好き!』
『そっか?じゃ、いっぱい食って大きくなれ
よ~』
『うん!沢山食べて兄ちゃんより大きくなっ
て守ってあげる』
『ふはは、楽しみにしてる~』
大好きな兄ちゃん
大切な兄ちゃん
俺が護るから、ずっとずっと一緒にいようね
子供だった俺はその『大好き』が兄弟愛では
ない事にまだ気付いていなかった。
『秘密』翔(過去)side
設定(現在)
智(兄)駆け出しのイラストレーター
弟の学費の為に内緒でソープで働く泡姫(♂)
弟と血の繋がりがないことを知っているが
隠している
翔(弟)有名私大生
兄の為にお金の稼げる仕事に就こうと奮起
している
兄と血が繋がってないことを知っているが
隠している
お互いが実の兄弟でない事を知らないと
思っている
ややこしや?