お山の妄想のお話です。




『だから………しようよ』


この台詞と恥じらう姿から智君の考えている

事を理解した。


俺を誘っているんだ。

恋人と呼べる関係になって数日、抱きしめて

キスをした。

今はそれだけで十分だった、心の繋がりだけで……


だけど実は1%も邪な考えが無かったわけで

もないんだ。

同じベッドで愛しい人が眠っていたら、やっ

ぱりムラッとするだろ。

俺もまだ若いし枯れてないからな。


何回か腕を伸ばして触れようとした、でも理

性を総動員して押し止まった。

だってこの身体は俺だけのものじゃない、

智君のダンスをリスペクトする全ての人のも

のだから。


そのことや、仕事に支障が出るリスクを理解

していたから行為を望まないでいた。

でも本当は別れが来る直前まで、時間が許す

限り目合っていたい…

深い場所まで入り込んでドロドロに溶け合い

たいんだ。


駄目だ、と誘いを峻拒する心。

それに対し『誘われたんだからヤっちまえ』

『据え膳食わぬは男の恥』と悪魔が囁く…


誘惑にグラグラ揺れる心を必死に抑えている

俺に誘いの言葉なんて掛けないで欲しい…

だってその気になってしまうだろ。

だけど、駄目なんだ。

智君の身体を考えたら出来はしない…


明日は長いフライトだ。

ニューヨークまで約13時間、ファーストクラ

スに搭乗しても負担はかかる。

それにアメリカに戻ればすぐに仕事があるか

ら体調を整えておく必要がある。


いくら望まれたとしても智君のマイナスにな

ることは出来ない。

だから自分の欲をぐっと我慢した。


「…………智君、駄目だよ」

「どうして?俺とするのが嫌なの?俺は翔く

んとしたい」


甘い蜜のような誘惑、潤んだ瞳に引き込まれ

そうになるのを耐え智君を諌めた。


「できないよ」

「何で?……やっぱり女の子の方が…」

「違う!俺だってあなたと繋がりたいよ!」

「じゃあ何で駄目なの?」

「智君は戻ったらすぐに仕事で、プロとして

求められた動きをしなければならないだろ」

「……うん」

「俺は同性との経験がないから、何の知識も

ない。それであなたに怪我をさせてしまうの

が怖いんだ」

「怪我?」

「そうだよ、切れたり直腸を傷つけたら大変

だから」

「切れ…?直腸?」


俺の言葉を聞き智君はキョトンとしている。

ひたむきにダンスに向き合い誰とも付き合っ

ていないと言っていたけれど、まさか性交の

仕方を知らないわけじゃないよな?


そこまで初だとしたら、本当に今するべきで

はない。

俺がもっと知識をつけ安全に、そして蕩ける

ような快感を提供できるようにならなければ

触れられなないよ。


「やり方もわからないのに、無茶をしてあな

たを傷つけたくないんだ。智君が大切だから

今はできないんだよ」


懇願じみた言葉を理解してくれただろうか?

折角あなたが求めてくれたのに、意気地のな

い俺を許して欲しい。


「………翔くんは、それでいいの?」

「ああ」

「………わかった」


納得してくれたようで安堵した。

せれど智君が悲しげに睫毛を伏るのを見ると

いたたまれない。


「どうしたの?何か不安なことがある?」

「……また、待たせてしまうだろ」

「うん?」

「今度も長くかかったら……別の人を…」

「待って!あなた何を考えてるの?別の人っ

てなんなの?」

「翔くんは凄くモテるだろ。だから俺なんか

よりもっと素敵な人が現れて……その人に盗

られてしまいそうで怖いんだ」

「そんなわけないでしょ、俺にはあなただけ

が必要なんだよ」




翔くんはそう言ってくれるけど、やっぱり不

安だよ。


日本に戻って翔くんに会うまではこんな不安

はなかったんだ。

だって殆ど諦めていたから、俺を待っている

なんて考えていなかったし。

長い時間が経ったから恋人がいる、あるいは

結婚していてもおかしくないだろ。


恋人になれて幸せで、翔くんを失うのが凄く

怖くなった。

離れ離れになってもどうにか俺に縛りつけて

おきたい…

それが身体の関係なんて浅ましい考えかもし

れないけど、俺には他にないから。


でも翔くんは出来ないと言う、移動や仕事に

差し障らないようにと。

これも俺を思ってのことで、翔くんは自分を

殺しているみたい。

このまま我慢し続けていれば、きっと近いう

ちに限界が来るんじゃないかな…


そしたら、面倒臭い俺は捨てられる?

………ない。とは言いきれない。

俺を抱けないというなら、どうしたらいい?

捧げるものは他にないのに…


いや、逆がある。

俺が翔くんを……

そして忘れられない程の甘い時間を過ごせば

いいんじゃないかな。


俺だって男同士の経験なんてない、でも手先

は器用だし翔くんを蕩けさせるのは可能だと

思う。


「……翔くん、俺がするのも駄目?」

「えっ?どういう意味?」

「だから…俺が翔くんにするの」

「するって?ま、まさか…」

「駄目かな?」


最初はポカンとしていたけどすぐに意味を理

解したようで、翔くんは驚愕に目を見開くと

ブンブンと横に首を振った。


「だ、駄目駄目駄目駄目!駄目ですっ!」

「俺上手くやるから」

「そう言う問題じゃないからっ!」

「何が問題なの?」

「あなたが俺を抱くとかは駄目でしょ」

「なぜ?」

「何故って、俺は男だよ」

「俺だって男だけど」

「それはそうだけど、ごめん。するなら俺が

あなたを抱きたいんだ」

「でも今は駄目なんでしょ?だったら俺にさ

せてよ、そしたらお互いが誰のものか実感で

きる」

「実感って…俺は智君のものだし、智君は俺

のだろ。身体の関係が無くたってそれは変わ

らない、心の繋がりだけで今は満足だよ」

「でも……」

「そんなに心配なら毎日連絡するよ、それに

必ず会いに行くし。するのはその時でもいい

でしょ?俺色々調べるし、練習は出来ないけ

ど絶対に善くするから」

「…うん」

「わかってくれた?なら、もう寝ようよ。

智君は朝早いんだから、ね?」

「…………うん」

「あなたの香りを忘れないように、今晩は抱

きしめて寝てもいい?」

「いいよ、俺もくっついていたい」

「じゃあ、寝室へ行こう」


翔くんはニコっと笑うと俺の腕を引き、寝室

へと向かう。なんだか体よく誤魔化されたみ

たいだけど、翔くんがそうしたいなら従うし

かない。

全て俺の為を思ってのことだものね。



ベッドに入り話をしていたら、いつの間にか

翔くんは眠ってしまった。


抱きしめられたままだから目の前に翔くんの

綺麗な顔があって、俺は飽きること無くそれ

を見つめている。

一緒にいられる時間はあと僅かだから、それ

まで翔くんを感じていたかったんだ。


キラキラした大きな瞳は閉じられているけど

端正な顔だちに変わりはなく、どれだけ見て

いても飽きることがない。


秀でた額、伏せられた睫毛は頬に影をつくり

すっと通った鼻筋の下の唇がぷくっと肉厚で

可愛い。


たまにその唇がモニョモニョ動き『しゃとし

くぅん』なんて甘えた声を出したりするから

凄く愛おしくなって、眠っているのをいいこ

とにチュッとキスをした。


こんなに可愛いのに、抱かれるのは嫌なんだね。プライド?沽券に関わるからかな。

翔くんとなら俺はどちらでもかまわない、愛

しているから厭わないんだ。

だからさっきも本気でしようと思っていた。


でも落ち着いて考えたら、勢いだけでしなく

て良かったと思う。

だってどんなに手先が器用でも未経験の俺が

上手くできる筈ないもの。


きっと翔くんの身体にダメージを与えてしま

っていただろう。

愛しい人を傷つけるなんて怖いよね、今頃だ

けど翔くんの気持ちがわかるよ。



俺はこんなに愛されているんだ、不安になる

ことはない。

翔くんを信じて、一刻も早く一緒にいられる

日が来るように頑張ろう。




カーテンの隙間から射す朝日の直撃で目が覚

めた。

腕の中には愛しい人が昨夜と同様に収まって

いて幸せを感じる。


俺は寝相が悪いからもしかしたら、なんて危

惧していたが智君の寝顔が安らかだったので

ホッとした。取り越し苦労だったようだ。


時計を見ればセットした時刻の少し前、あと

数分でこの幸せも終わってしまう。

しんみりとするのは仕方がない、だって別れ

は目の前なんだから。

けれど二度と会えない訳じゃないから、淋し

さを堪え笑顔で送り出すつもりだ。



さあ、智君を起こそう。

この愛しい人をどうやって起こそうか?

やはり眠り姫には王子のキスかな。









お久。

久し振り過ぎて書き方

忘れたwww



ここのところ

社畜です