お山の妄想のお話です。
智
「俺のこと……好きだって言ってくれたよね」
翔くんはあの時みたいに真っ直ぐに俺を見て
頷いた。
大きな瞳は煌めいていて全然変わってない。
何時もしっかり前を向いていた翔くん、それ
に比べあの頃の俺は自信がなくて自分を卑下
していたからいつも俯き気味だったな。
でも今は違う。
この時のために努力した、そしてついに戻っ
て来たんだ……翔くんに会うためにね
だから確り顔を見て話すよ、長い時間がかか
ってしまったけど呆れずに聞いて。
「とっても嬉しかった。俺も翔くんが好きだ
ったから」
「………うん」
翔くんはきっと気づいていたよね。
それでも俺の我儘をきいてくれたんだ。
「ありがとう、今の俺があるのは翔くんのお
かげだ」
「違うよ、俺は何もしていない。あなたの努
力の賜物なんだよ」
努力か…
あっちに行ってからはダンス中心で、ひたす
ら踊り練習に明け暮れた。
何時間も同じステップを練習して習得出来た
時はとても嬉しく、確かな手応えを感じた。
でも上手くいかない時だってある。
大会で他のダンサーに格の違いを見せつけら
れ、オーディションに落ちて酷評され挫けそ
うになったり…
もうダメなのかと諦めかけた事も数えきれな
い程ある。
でもそんな時は翔くんから貰ったメールを読
み返し、キラキラした笑顔を思い浮かべて自
分を鼓舞した。
翔くんに会いたい…
翔くんに会っても恥ずかしくない自分になら
なきゃ!ってね。
何度も何度もそんな事を繰り返して、やっと
認められて自身を持てたんだ。
「ううん、やっぱり翔くんのおかげだよ。
本当にありがとう」
翔くんに出会えて自分を変えることができた
んだからね。
「それと翔くんの都合も考えないでラジオで
あんな事を言ってごめん。でもまさか聴いて
来てくれるなんて思っていなかった。俺がイ
チと名乗っている事を知ってたの?」
「俺はダンスの世界に疎いから知らなかった
よ。でも何故かイチって名が自分に関わって
来ていたんだ、それでラジオを聴いてみよう
と思ったんだよ」
「そうだったの」
「ああ、これは多分神様からの……御褒美」
「御褒美?」
「そう、あなたは一人で頑張った御褒美。そ
して俺はずっと待っていた…」
翔くんは微笑し、俺の手にそっと触れた。
翔
智君は俺が好きだったと言った。
その真摯な眼差しに嘘はないだろう
嬉しい……けど、それは昔の想いであって今
の気持ちではないんだ。
あなたの今の気持ちが知りたい、そして俺の
気持ちも伝えたいよ。
偶然イチというダンサーを知り、導かれるよ
うにラジオを聴いた、そして再会…
奇跡なんかじゃない、あなたと俺を繋ぐ糸が
切れずにずっと繋がっていたということだ。
今まで俺達の運命を気紛れに操っていた神様
が、頑張ってきた御褒美をくれたんだね。
なら、きっと俺達にはハッピーエンドが待っ
ているはず。
このまま話を進めても大丈夫だろう。
「智君は本当に今フリーなんだよね?」
「さっきも言ったけど、ダンスに集中してた
から。それに……」
「それに?」
言葉を濁したから気になり訊いてみたけど、
智君は答えずに逆に俺に訊いてきた。
「翔くんはどうなんだよ、そんなにイケメン
なのに本当に付き合っている人いないの?」
「いないよ……」
今はいない、でも過去にはいた
それを言うべきか少し悩んだ。
でも率直に話してくれた智君に対して自分も
誠実でなくてはいけないと思うから、過去の
遍歴を隠すことなく話した。
何人もの女性と付き合い関係を持ったことを
話すと、智君は少し辛そうだった。
「……やっぱりモテモテだったんだ。そうだよ
ね、翔くんは素敵だから女の子が放っておく
わけないもの」
「でもね、長く続く人はいなかったんだ」
「どうして?遊びだったの?」
怪訝な表情の智君、このままでは不実な奴と
レッテルを貼られてしまいそうだ。
それは勘弁して欲しい、そう思われるとかな
り辛い。
「遊びではなかったよ、だけど本気まではい
かなかった」
「どういうこと?」
「どんな時にも俺の心の中には大切な人がい
て本気にはなれなかった。最低だけどその人
がいない寂しさを彼女達で埋めようとしてい
たんだ」
「 ……… 」
「そんな事を続けていくうちに、自分の愚か
さが嫌になって一人でいることにした。
意識を仕事に向ければ寂しさも和らぐから、
ここ数年は仕事が恋人だったよ。だから今付
き合っている人はいない」
弁解ではない、これが真実
この言葉と動作で俺の大切な人はずっとあな
ただと伝わっただろうか?
それを確かめる為に触れていた智君の手を握
った、でも智君の表情は曇っている。
「……智君?」
「翔くんにそんな人がいたなんて知らなかっ
た……」
「 えっ?!」
「昔の話のために呼び出したりして迷惑だっ
たろ、ごめんな」
智君は顔を背け握られた手を解こうとする。
駄目だ、俺の気持ちは全然伝わっていないし
あろうことか誤解までされている。
「まって!あなた勘違いしてるでしょ」
もう離れるのは嫌だから引き抜こうと踠く手
を一層強く握りしめ、思い違いをしている愛
しい人に率直に言った。
「俺が想い続けていたのはあなただよ、だか
ら再会できたのは神様からの御褒美だって言
ったんだ」
「…本当?」
「本当だよ。だから石のステージであなたの
姿を見た時想いが溢れて抱きしめてしまった
んだ。もう離れたくない、離したくないって
必死だった…」
「…翔くん…」
「智君、俺の想いはずっと変わってない…
あなたが好きだ」
流石にこれだけストレートに言えば分かって
くれるだろう。
智
翔くんは今でも好きだと言ってくれた
ずっと待っていたとも……
たまらなく嬉しくて目頭が熱くなる。
『心の中の大切な人』と聞いた時それが自分
だとは思わなかった。
離れていた時間の長さを考えたら翔くんが別
の誰かを想うのは当然有り得るし、俺は『
待たないで』と言ったんだから…
もう諦めていた恋、伝えることのない想いの
はずだった…
なのに翔くんはずっと俺を……
「お、俺も…」
俺もこの想いを伝えたい、ずっとずっと翔く
んを想っていたって。
でも上手く話せないんだ、頬には熱いものが
流れ落ちるし呼吸も整わない。
だけど、言わなきゃ駄目
これ以上翔くんを待たせるわけにはいかない
から。
「俺も翔くんが好き、ずっと好きだった…」
嗚咽を堪え絞り出した声は籠っていて、翔く
んに届いたかわからなかった。
でもね、聞き取れていなくてもいいんだ。
だって今はこんなに近くにいるんだもの、何
回だって言えるよ。
アメリカにいる時みたいに遠い海の向こうに
想いを馳せなくてもいいんだ。
ほら、手を伸ばせば触れられる…
握られているのとは反対の手で、目の前の綺
麗な顔に触れた。
温かい熱と滑らかな肌の感触、大好きな人を
すぐに感じる事ができる……
これ以上の幸福があるだろうか
「凄くうれしい」
翔くんは穏やかに微笑み、俺の頭を自分の方
へ引き寄せた。
俺はされるがまま翔くんの肩に顔を押し付け
て随喜の涙を流し続けた。
すれ違っていた想いがやっと重なり、これか
らは並んで歩いて行けると思った…
久し振りに書いたら
話し忘れた…
あるある?