お山の妄想のお話です。



22時前に想い出の場所に着いた。

公園は以前と全く変わらず、石のステージも

当時のままそこにあった。


「全然変わってないな…」


鬱蒼とした木々に囲まれ他と隔離された静か

な場所。

あの頃は淋しさを紛らわす為によくここで踊

っていた……


街灯も少なく薄暗いここは何時も誰もいなく

て、気兼ねすること無く身体を動かせた。

他にもいくつかそんな場所はあったけど、や

っぱりここは特別なんだ。


だってここには翔くんとの思い出が沢山ある

から。楽しかったことも悲しく辛いこともあ

った、でもこの場所での物語があったから今

の俺がいる。


「よっこいしょっと」


今夜はここで踊るつもりはないから、ステー

ジの端に腰掛けた。

目の前の扇型に配置された座席を眺めて当時

を思い返す。


翔くんは何時も真ん前の席に座って俺のダン

スを見ていた…

キラキラした目をして『智君スゲェ!』て褒

めてくれたっけ。


端の方には翔くんとカズが寄り添っていた席

があって、二人の姿を目の当たりにした時は

辛くて苦しくて胸が張り裂けそうだった。


そして後方にある席は、あの時翔くんに連れ

られて座った所だ。

誤解を解こうと必死な翔くんと頑なな俺…

翔くんは想いを伝えてくれたのに、信じるこ

とが出来なかった。


そして、ここで酷い別れ方をしたんだ。

辛辣な言葉をぶつけられ、絶望した気持ちで

翔くんを残してここから去った。


だけどあの言葉があったから、それまで目を

背けていた事に向き合えた。

そして自分を変えようと決意できた。

自信を持ち、胸を張って気持ちを伝えたいと

思った。


そんな自分になるまで結構長くかかってしま

ったけど、やっと戻って来たよ。

今更あの時の気持ちを伝えても迷惑だろうけ

ど、区切りとして聞いてほしいんだ。


『あの時の翔くんの言葉とっても嬉しかった

それでね俺も同じ気持ちだったんだよ』


翔くんは困った顔をするかな?

もう何も知らない十代じゃないもの、あの頃

は行き過ぎた友情を恋慕と思い違いしていた

だけなのかもしれないし…


『止めてよ気持ち悪い』って言われるかも…

『友達でいるのも嫌だ』なんて、今度は翔く

んが俺に背中を向けるかもね。


………それも仕方がないこと。

長い年月が過ぎているんだ、正気にだって戻

るだろうさ。

素敵な女性と心を通わせ家庭を持っていても

おかしくない……


俺は彼に『待たないでくれ』と言ったんだか

ら今がどんな状況だろうと意見する資格はな

い。


これは自分にケジメをつけるための帰国。

自分勝手で申し訳ないけど、今回だけは大目

に見て欲しいな。

幕引きをすれば、もう翔くんの前に姿を現し

たりしないから……


そんなふうに考えると侘しいけど、好きな人

が幸せならそれでいいと思う。

遠い昔翔くんが黙って見送ってくれたように

俺だって心を殺してでも祝福するよ。


………それも会えればの話だけどね。

今晩彼がここに来る確率は低い。

数日しかない滞在期間に居場所を突き止める

事が出来るかわからないし、所在がわかって

も会ってくれるか定かじゃない。


会うのを拒否されたら…

遠くから一目姿を見れればいいや。

そして心の中で『ありがとう』って言うんだ

あの頃の想いは胸にしまっておくよ、今も変

わらずにある翔くんへの気持ちと共に。


そんなピリオドを何度も想定していたから、

そうなったとしても平気。

多分、大丈夫……


見上げた夜空には大きな月………

優しい光は切ない気持ちを和ませてくれる。


今晩はこの月を愛でながら翔くんを待とう




長い移動時間、逸る気持ちを抑えて車を走ら

せた。


安全に運転することを心がけていたけれど、

信号で止まった時などに智君に会ったら何て

言おうなんて考えてしまう。

気の利いた台詞はないのかと色々考えて信号

が変わったのに気付かず、後続車にクラクシ

ョンを鳴らされたりした。


その度に自分を律していたけど……

やっぱり智君を想うと気もそぞろになってし

まう。離れていた時間を考えるとしょうがな

いことだよな。


でも、それで事故ったら元も子もない。

必ず智君に会えるように、ここは心頭滅却し

運転に集中しなければならない。



長いドライブの末漸く公園に辿り着いた。

時刻は23時少し前、智君がラジオ局から直行

したのなら、だいぶ前から待っていることに

なる。


早くあの場所に行かなくちゃ…

これ以上待たせるなんて出来ない

一秒でも早く智君に会いたいんだ


そんな思いで車から下りると遊歩道を全力で

走った。


あの日から一度も訪れた事はない公園。

辛い別れの記憶が甦るのが怖くて近づくこと

さえしなかったんだ。

でも幸い公園に変化はないようで、朧気な記

憶を辿って石のステージへと向かった。


そして見覚えのある風景に足を止める。

そう、ここは俺が初めて妖精を見た場所…

月明かりの下、軽やかに舞う姿があったのは

この木立の向こうだ。


当時を思い出し胸が熱くなる。

激しかった鼓動が更に脈打ち、緊張のせいで

息が詰まった。


この木々の向こう側に智君がいる

待ち焦がれた瞬間が、もう、すぐに……


ゴクリと息を呑み震える手で木の枝を掻き分

けた。少しづつ進んで行くと、木立の合間か

ら開けた場所が現れる。


まず石の客席が幾つも並び、その奥に石造り

の小さなステージ。

あの日のように踊る姿は無いけれど、ステー

ジに腰掛ける人影を見つけた。


「………ぁ…」


空を見上げるその姿に淡い光が差し、容貌を

照らし出す。

優しい目許、すっと通った鼻筋と小さな唇…

あの頃と違うのはふっくらしていた頬がシャ

ープになったくらいか……


……間違いない、あれは焦がれ続けた人


「……さ……」


名を呼びたいのに上手く声が出ない

でも視線は外れる事はなく、瞬きすら出来な

いよ。


美しい姿に魅了されているのもあるけれど、

一瞬でも目を離したらあなたが消えてしまい

そうで怖かったんだ。


物音をたてたら、初めて会ったあの時のよう

に驚いて逃げてしまうかも…

そう思うと身体も固まったように動かなくな

る。


近くに行きたいのに…

声をかけろ、近くへ行けと、

気持ちは焦るのに身動きがとれない


そんな俺の気配を感じたのか空を見ていた智

君が不意に此方を向き、暗い林を伺うよう動

いていた視線がピタリと俺の前で止まった。

半ば闇に紛れている俺を見つけてくれたの?


『……翔くん』


声は小さくて聞こえなかったけれど、唇がそ

うかたどるのがわかった。

その瞬間、微動だにしなかったのが嘘のよう

に身体が動き俺は弾かれたように走った。


言葉なんて出ない。

車での移動中あんなに考えたのに全て無駄に

なった、あなたに会ってすんなり言葉が出る

筈がないんだよ。


林の中から飛び出して来た俺に驚いて、目を

見開く智君。

その瞳が濡れたように輝いているのもあの頃

と同じ……


瞬きも呼吸も出来ないまま、あなたに向かっ

て行く。

だんだん智君に近づくけれど勢いは止まらな

い。止まる訳がないさ、もう手の届く所にい

るんだから。


捕まえて、この腕に閉じ込めたら二度と離さ

ない。もう絶対に離れたりしないんだ…



そして、俺はその通りにした。

智君の身体に腕を回し、

強く強く抱きしめた










会えた