お山の妄想のお話です?



cuteなお兄さんは好きですか?



さとこちゃん

さとこちゃん

さとこちゃん………


あの日から頭の中は彼女でいっぱいだ。

前まで『ちょっと可愛いな』なんて思ってい

たクラスの女の子が子供っぽく見えて、波が

引くように興味がなくなった。


綺麗で可愛くて淑やかな女の人…

今まであんなに素敵な人を見たことがないよ

でも彼女から見たら、だいぶ年下の僕なんて

無茶苦茶子供に見えるだろうな。

きっと僕がクラスの女子をそう思うように。



下校の時間、『一緒に帰ろ♡』と寄って来る

女子達を振り切り一人で家への道を歩く。


青い空を見上げてはさとこちゃんの澄んだ瞳

を、綺麗な花を見て笑顔を、道端の空き缶に

さえあの小さな唇がどんなふうに開くのかを

想像してしまう。


そんなだから、交差点で信号が変わったのに

も気がつかなかった…

ぼんやりしながら横断歩道に一歩踏み出した

と同時に激しいクラクションが鳴り響いた。


はっとそちらを向くと、トラックが凄い勢い

で近づいて来ている。

避けなければぶつかる!

頭ではわかっているけれど、恐怖で体が竦み

動くことができない。


ブレーキをかけるキキキ~ッという音と共に

大きな車体がすぐ側まで来た。


ああ、もう駄目だ……

僕はお空の星になるんだ、お父さんお母さん

先に旅立つ僕を許して下さい。

お兄ちゃん遊んでくれてありがと、何時も楽

しかったよ。

さとこちゃん………一度でいいからデートした

かったな……


覚悟を決めギュット目を瞑り衝撃にそなえた

その時、背負っていたランドセルが凄い力で

グイッと後ろに引かれたんだ。


そのまま倒れ込んだけれど地面にぶつかるこ

とはなく、それどころか何か柔らかいものに

包みこまれた。



「悪ぃ!大丈夫だ、行ってくれ!」


頭の上から大きな声がして、トラックのエン

ジン音が遠退いていく。

僕が恐る恐る目を開けると目の前には青と白

のストライプの布地、背中の方へは腕が回さ

れているようだった。

地面に転がらなかったのは誰かに抱き抱えら

れているかららしい。


「おい、大丈夫か?」


そう問われおずおずと顔を上げると、そこに

は心配そうに僕を覗き込む男の人の顔があっ

た。


あれ?


その顔に見覚えがあるような気がした…

けど知らない人だ、この不思議な感覚はなん

なんだろう?


「は、はい。助けてくれてありがとう」


この人がランドセルを引っ張ってトラックか

ら助けてくれたんだと判りお礼を言うと、そ

の人は僕の顔を見て驚いたようだった。


「…あの?」

「お?ああ、どこも痛くないか?潤?」

「えっ??」


僕の名前……

どうしてこの人はそれを知っているの?

多分会ったことはないと思うんだけど?


「あの、あなたは誰ですか?」


僕には見覚えのない人だけど、どこかで合っ

てるのかもしれない。

お兄ちゃんと同い年くらいだから、もしかし

たらお兄ちゃんの友達で僕を知っているのか

な?


「えっ?!あっ…やべえ……」


やべえって何だろう??

その人はそう呟いて黙り込んだ。

そうして眉間に皺を寄せ何かを考えてから、

言ったんだ。


「お前、翔くんの弟だろ?」

「うん、櫻井 翔はお兄ちゃん」

「おいら翔くんの友達なんだ、前に弟だっつ

ーてお前の写真見せてもらったから…」


お兄ちゃんが写真を?

だから僕を知っていた?

納得できたような、でも目の前の人は一寸挙

動不審にも見える。

何かを隠しているような、誤魔化そうとして

いるような、そんな感じ。


「そうですか…お兄ちゃんのお友達だったん

ですね。本当にありがとう」


だけど僕にはわからないから、せめてお礼だ

けはしっかりしようと頭を下げた。


「へ~、まだ小さいのにしっかりしてんだな

翔くんと同じでイケメンだし、櫻井家の血筋

やっぱ凄えな~」


そう言って笑った顔を見て、何故だかドキッ

とした。

この笑顔どこかで見た…

どこだっけ?でもこの人は写真で僕を知って

いるのであって、会ったことはない。

でも、デジャブのような……


モヤモヤを解消するべく記憶を探っていると

彼の眉が下がり困惑した表情になった。


「本当にお前大丈夫か?凄くぼんやりしてる

けど…やっぱさっきのショックだったよな。

このままじゃ危なくて帰せないぜ…」

「あ、大丈夫、僕帰れるよ」

「いや、心配だから少し店で休んで行けよ。

ジュースくらい飲ませてやるから」

「お店?」

「そう、ほらそこのコンビニ。おいらあそこ

でバイトしてんの」


クイッと顎で示された方を見ると確かにコン

ビニがある。

通学路だから存在は知っていたけど、登下校

中に寄るのは禁止だし家からは遠いので入っ

たことはなかった。


青と白のストライブの服を見たことがあると

感じたのは、コンビニのユニホームだったか

らか。


「ほら、行こうぜ」


彼は濡れたようにキラキラした瞳を細めて、

細くて長い指の綺麗な手を僕に伸ばす。

それが触れた瞬間、彼の笑顔を見た時以上に

ドキドキと胸が高鳴った。


どうしてなのかわからない、でもこの鼓動の

高まりはさとこちゃんに初めて会った時のも

のと同じだ。


まさか僕はこの人にさとこちゃんと同じ感情

を持ってしまった?

バカな、この人は僕と同じ男だよ?

男が男を好きになるなんてあるの?


そう考えて、あの日お兄ちゃんの部屋から聞

こえてきた声を思い出した。

お兄ちゃんと謎の男の人のエッチな声…

それは男同士で恋愛もエッチも出来るという

ことだ。


モテモテのお兄ちゃんが女の人を放ってでも

夢中になるような魅力的な男の人も世の中に

はいるんだ。

そんな人に出会ったら、僕だってきっと恋に

落ちてしまうはずだよ。


………もしかして、僕はこの人に魅力を感じて

いるのかな……

でも、僕はさとこちゃんが好きなんだ!

きっとこれは俗に言う『吊り橋効果』で緊張

してドキドキしてるのを脳が恋愛によるトキ

メキと錯覚しているだけだ!


そう思うのに、繋がれた手や見上げる顔の綺

麗さに早い鼓動は治まらない。

なんだか顔まで熱くなった気がする。

……僕、病気なのかも…


多分赤い顔を隠すように俯き手を引かれて行

くと、自動ドアの開く音とピロピロピロ~♪

というメロディーチャイムNO.1  二長調『大

盛況』が聞こえた。


「いらっしゃ……なんだ、おじさんか」


チャイムに反応した店員さんが愛想の良い挨

拶をしかけて途中で止めた。入って来たのが

お客じゃないのに気づいたからかな。


「もう一服終わったの?」

「まだ吸ってねえ」

「じゃあ何しに外に行ったんだよ」

「俺の休憩時間だぞ好きにさせろ」

「そうだけど、まさかナンパに行ったの?」

「ナンパ?誰を?」

「手を繋いでる子供、あんたの好きなイケメ

ンじゃん」

「バカ、こいつガキだぞ」

「でも成長したら超美形になりそう、まさか

光源氏計画とかじゃないよね?」

「へ?光る?なにそれ?」

「知らないか、まあそうだよね。知ってたら

怖いし」

「ニノの言ってる事全然わかんね。こいつ具

合が悪そうだから連れてきたんだよ」

「えっ?あ、本当だ顔が赤いね」


声が近づいて冷たい手が額に当てられる。

驚いて俯いていた顔を上げると、僕の前に屈

みこんだ声の主がいた。


「あ…」

「熱は無いみたいだよ。お~近くで見ると更

に美形、目でけえ」

「こいつ美形の家系なんだよ」

「あんたこいつ知ってんの?」

「ん、まあな。今はこいつを休ませるのが先

だから後で話すわ」

「わかったけど、あんたもうすぐ休憩終わり

だぞ」

「延長………」

「無理!」


そんな二人の遣り取り中にお客が入店して、

屈んでいた店員さんはレジへ戻って行った。

僕はまた手を引かれイートインスペースへ連

れられて行く。


イートインに着き、ランドセルを下ろして窓

に面したテーブルの椅子に座ると『ちょっと

待ってろ』と言い彼はどこかに行く。

大人しく待っていると、すぐにペットボトル

を持って戻ってきた。


「ほれ、これ飲め。顔が赤いからスポーツ飲

料の方がいいだろ」

「…ありがとう」


顔が赤いのは熱のせいじゃないけど、差し出

されたペットボトルを受け取った。

彼は僕の隣のスツールに腰を下ろすと、缶コ

ーヒーを飲み始める。

僕たちは暫く無言でカウンター席から見える

外の景色を眺めていた。


話すことはないけど、別にそれは苦にならな

い。それより彼の側の居心地の良さを終わら

せたくなかった。



「おいらそろそろ仕事に戻る」


そう願っていても時は無情に過ぎ、彼の休憩

時間は終わってしまったようだ。

まだ一緒にいたいけど、一人でここに残るの

はおかしいし仕事の邪魔になるよね。


ガラスに映る僕の顔はもう赤くない、ドキド

キもおさまった……

きっとさっきのは恋じゃなくて本当に具合が

悪かったんだ。

だったらもう大丈夫だ、帰ろう。

スツールから下りランドセルを背負う、そし

て彼にもう一度お礼を言った。


「色々ありがとう、お世話になりました」

「大した事してないよ。それよりボーッとし

ないで帰れよ、次は助けてやれないかんな」

「うん、気を付ける」



「じゃあな」


彼は自動ドアの外まで出て見送ってくれた。

僕が少し歩いたところで振り返るとまだこっ

ちを見ていたから、ペコリと頭を下げると笑

顔で手を振ってくれたんだ。


その笑顔にキュンと胸が鳴った。

そしておさまった筈のドキドキが復活してき

て、たまらずに急いでコンビニから離れた。



整った顔、優しい瞳、ほんわりとした雰囲気

綺麗な指………

思い出すだけで心臓が大運動会を始める。

こんなの変だよ、まだ吊り橋効果が続いてい

るの?もう結構時間は経っているよ?


これって、さとこちゃんを想うようにあの人

を想っているということ?

それとも本当に病気なの?


わからないよ。

誰かに相談した方がいいのかな……

学校で前に『一人で悩まないで』って書いた

プリントを配られたけど。


だけどお母さん達には恥ずかしくて話せな

い……お兄ちゃんは?

やっぱり駄目だ、友達のコンビニ店員さんに

ドキドキしたなんて言えないよ。

恋と自覚しているさとこちゃんの事だって話

せてないのに、難易度が高すぎる。


さとこちゃん

コンビニの店員さん


二人の事を考えるとドキドキするよ

僕がもしコンビニの店員さんも好きなら、そ

れって同時に二人が好きだってことだよね。


それって大丈夫なの?不誠実だよね?

博愛主義者?惚れやすいヤツ?

二股?いや、これは違うか。


誰にも相談出来そうにない。

だったら自分で解決するしかないんだ。

もう一度あの人に会ってドキドキするか検証

してみよう。


それでも分からなかったら、もう一度。

分かるまで何度でも会いに行こう。

さとこちゃんと違って、あのコンビニに行け

ば彼に会えるんだから必ず答えが出るはず。


明日の帰りにコンビニに寄ろう。

彼に会えたら、くどいようだけど今日のお礼

を言ってそれから名前を訊こう。

さっきはドキドキし過ぎて訊くのを忘れちゃ

ったから。



うふふ、なんだか明日が楽しみだな。











お医者様でも草津の湯でも…

これにて小さな恋のメロディー終了


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