お山の妄想のお話です。




ホテルに宿泊して三日目。

『念のため数日は部屋から出ないで』と言わ

れて、念のためって?と訊いたら父達が暴挙

に出るかもしれないから用心しなきゃって相

葉ちゃんは答えた。


カズから渡された探偵からの報告書を見たじ

いちゃんがそれをもう一度調べ直し、父の会

社の事も内部調査を徹底的にした。


それにより確実な証拠を集め言い逃れを出来

なくしてから、有能な弁護士を立て家からの

立ち退きや大野グループから除籍などの手続

きを行ったようだ。


しかし父はそれを拒み、俺との親子関係を主

張しているらしい。

だから何らかのコンタクトを取ってくるかも

しれない。脅し、もしかしたら泣き落とし…


脅しなら、きっとカズの事を出すだろう。

血を分けた弟が路頭に迷う、それでも平気な

のか!とかね。

でもカズはじいちゃんが保護してくれている

から安心だし、泣き落としは多分無い。

プライドだけは無駄に高い父だから、今更俺

に縋ったりしないはずだ。


相葉ちゃんは優しいから、今回の事で俺が傷

つくと思っているのかもしれないな。

だからそんな場面を見せたくないのかも…

でも俺的には当の昔に縁を切ったつもりだから、父と義母に対して哀れむ気持ちは一切ない。悲しくも辛くもないんだ。


全然平気だから外に出たいんだけど、相葉ち

ゃんの気持ちを汲んで大人しくしていた。


でも部屋に居てもすることがない。

防音は完璧だろうけどホテルの部屋でダンス

の練習は気が引けるし、今は絵を描く気分じ

ゃない。相葉ちゃんも留守だから話し相手も

いないんだ。


はっきり言って凄く退屈。

暇を持て余しベットでゴロゴロしているとス

マホが鳴った。

俺の番号を知っているのはごく僅かしかいな

いから、一体誰だろうと表示をみると『大野家』となっていた。


家から…まさかカズに何かあった?!

両親がカズに危害を加えるとは思えないけれ

ど、件の報告書の出所を知れば無いとは言い

きれない。


でもカズは俺の番号を知らないはず。

この番号を知っているのは緊急時に対処を任

された家政婦だけ……


でも今まで彼女からの連絡なんてなかった。

やっぱりカズになにか…

俺は戸惑いながらも電話に出た。



『お久し振りです』


スマホからは何時ものように冷たい声が聞こ

えてきた。焦っている様子はないから急を要

する事ではないようだ。


「何か?」

『今日付けでお暇を頂くことになりましたの

で、ご報告とご挨拶を…』

「そう……」

『今までお世話になりました』

「いえ、こちらこそ…」


父達があの家から出ることになったから、彼

女も解雇されるんだろう。仕方がないことだ

けど、長い間住み込みで働いていたのに身を

寄せる場所はあるのか?

余計なお世話だと思ったが、今後の身の振り

方を訊いてみた。


返ってきたのは、これを機に故郷に帰り二度

とこの街には戻らないという言葉だった。


「そうなんだ、お元気で…」

『はい、もう智様とお話しすることもありま

せん。ですので最後に御詫びを……』

「詫び?何を?」

『ご友人の櫻井様のことです』

「………翔くんの?」

『はい……』


それから彼女はこれまで自分がしてきたこと

を話し出した。


翔くんが何回も俺を訪ねて来ていたことや、

それを報告しなかったこと。

何時も俺は留守だと告げ、カズに会うように

仕向けていたこと。

そしてそれは独断でありカズは無関係だと…


彼女はカズの乳母のような存在で、ずっと寄

り添ってきた。

不登校になって孤独だったカズに友達を作っ

てあげたかったんだろう。


そう考えれば無闇に責め立てられない。

むしろこんな兄に代わり、弟を大切にしてく

れていた事に感謝すべきなのかもしれない。


『申し訳ありませんでした』


最後に彼女の謝罪を受け入れ電話を切った。



切れたスマホを見つめたまま考える。


翔くんは俺に会いに来てくれていたんだ

でも俺は他の奴等と同様にカズ目当てなのだ

と思い込んで、翔くんを信じていなかった。

勝手に裏切られたと思って、会うことを拒み

メールも開かなかった……


メール………

どんな内容だったのか?

彼女の言った事が確かなら心が傷つくような

ことは書いてないはずだ。

……読んでみようか……

でも翔くんとは決別したのに、今更読む必要

があるのかな…

でも……


迷い悩んだ末、メールを読むことにした。

それが礼儀だろうし、それが思うようなもの

であって欲しいという願望もあったから。


覚悟を決めスマホをタップし、翔くんからの

メールを開いた。


〖アドレスを教えてくれてありがとう。

     これから大した用事がなくてもメールし

     ちゃうと思うけど、暇な時に返事をくれ

     たら嬉しいな〗


一番最初のメールは感謝の言葉、その後から

は〖今日用事ある?〗〖遊びに行こうよ〗な

んて誘いになった。


カズの名前が初めて出たのはびしょ濡れにな

ったあの日だ。


〖今日は迷惑かけてごめん。水から庇った

    つもりだったけど結局智君を濡らしちゃ

    ったね。ダメな俺は猛省してる、どうか

    風邪をひかないようにしてね。和也君は

    面白い子だね、話は楽しかったよ。

    でも本当はもっと智君と話したかった、

    夏休みは 中々会えないかもしれないから

     ね〗


カズと会っても翔くんは俺を気にしてくれて

いる、その日だけだと思っていたけど読み進

むにつれ違う事がわかった。


〖今から和也君に勉強を教えに行くよ。

    智君も一緒に宿題やらない?微力ながら

    お手伝いするよ 〗


〖智君に会いに行ったけど留守だった……

    凄く残念だったけど和也君からあなたの

    子供の頃の話が聞けてラッキーだったよ。

    木に登って落ちたなんて、わんぱくだっ

    たんだね〗


他の奴等とは違い、翔くんはずっと俺を気に

掛けてくれている。


〖智君に会いたいな〗

〖話がしたいよ〗

〖ダンスを教えて〗

〖智君のダンスを見たい〗


智君、智君、智君……

翔くんからのメールは、カズではなく俺の名

前で溢れていた。


返信のない一方的なメール

それは段々と懇願のように変わっていく


〖今どこにいるの?会いたいよ〗

〖会いたいよ、智君〗

〖どうして返事をくれないの?淋しいよ〗

〖俺、気にさわることした?だったら謝る

    から、顔を見せて〗


会いたい、話したい…、お願いだよ…

そんな言葉が続いていくんだ。


翔くんはずっと俺を望んでいてくれた

それなのに俺は勝手に誤解して避けていた

それも自分が傷つきたくないがためにだ


俺は最低だ、ずっと翔くんの想いを踏みにじ

っていたんだ。

自分を哀れみ、翔くんを傷つけているなんて

少しも思っていなかった。


翔くんがあんな言葉を言ったのも、全部俺が

悪かったからだ。


俺が翔くんに言わせてしまった…


俺はやっと自分の愚かさに気づいた

でも、もう遅いんだ。


取り返しがつかない……


ごめん

ごめんね、翔くん


俺が間違っていたよ






    

   

久し振りどす

書くのキツイ












感じたことない気持ち

知らずにいた想い