お山の妄想のお話です。
卑屈でいじけた性格が鬱陶しい
翔くんに言われた言葉。
ショックだった……
それは内容についてじゃない、そんなの自分
が一番わかってたから。
ショックだったのはそれを翔くん言われたこ
とだ。
友達として付き合い始めた頃は俺のその性格
は顕著に出ていた。
俺としては『こんな暗い奴だから、離れるな
らさっさと離れて』という気持ちだった。
だって早く間違いに気づいた方が相手だって
ばつの悪い思いをしなくて済むし、俺だって
無駄に落ち込むこともないから。
翔くんに対してもこの予防線を張っていた。
当初無愛想な態度だったのに、彼はそれを気
にすることなく笑顔で寄ってきたんだ。
だから警戒心も薄れてしまった、相葉ちゃん
みたいに親しい人になってくれるかもなんて
願望まで持って。
こんな性格も容認してくれたんだと勝手に思
い込んでいた自分が愚かに思える。
何でもないように振る舞っていても、やっぱ
りその事は翔くんにとっても不快だったんだ
ろうな。
ショックだったけど、裏切られたわけじゃな
い。翔くんの我慢が限界にきただけなんだ。
寧ろ今まで良く我慢したって賛辞を贈りたい
くらいさ。
こうなることは予測できたはずなのに、翔く
んを好きになってしまい現実と向かい合えな
くなった自分が全て悪い……
遅かれ早かれこうなる運命だった。
これで、終わり。
翔くんが俺を好きだと言ったのも、
俺の聞き間違いか思い違いだったのさ…
胸はとても痛く苦しかったけど、涙は出なか
った。
きっと別れに納得できたからだろうな。
*
「大ちゃん!大ちゃん!!」
ドアを叩く音と相葉ちゃんの声で目覚めた。
家について自室に入り何もしたくなくて、ベ
ットに横になってそのまま眠ってしまったよ
うだ。
「開けて!大丈夫なの?!」
ああ、独りになりたくて鍵を閉めたんだっけ
普段は開けっ放しなのに今日は鍵がしてある
から心配したんだな。
「……うん、何でもないよ」
ベットからのっそりと起き上がりドアの鍵を
開けるとすぐに相葉ちゃんが入ってきた。
「本当?本当に大丈夫?あいつに嫌なことさ
れなかった?!」
相葉ちゃんは俺の両肩を掴むと、頭の天辺か
ら爪先まで異常がないか確認するように眺め
最後に顔を凝視した。
「……泣いてはない、ね」
「ふはは、なんで俺が泣くの」
「あいつに何かされたかと思って」
「あいつって翔くんのこと?何もないよ」
「でも凄く疲れてるみたい」
「……ああ、ちょっと口論をしたからね。
普段あんま喋らないのにさっきは凄く喋った
し、大きな声も出したから疲れたんだよ」
「喧嘩したの?」
「喧嘩……かな?」
「ねえ……本当に平気?我慢とかしてない?」
「してないよ、心配しすぎ。それより今帰っ
て来たの?」
平気か?と訊かれれば答えは平気じゃない。
我慢してる?と訊かれたら我慢もしてる。
でもそんなことは相葉ちゃんには関係無いこ
と、自分で消化するものなんだ。
だから嘘を吐いても話したりしないよ、でも
放っておくと何時までも心配していそうなの
で話を反らすことにした。
「うん……さっき戻ったんだけどね…」
相葉ちゃんは訝しげに俺を見ていたけど、俺
の頑固さを知っているから追求を諦めたみた
い。
「本当は大ちゃんを追いかけたかったんだけ
ど、かき氷屋さんの所で和也君に捕まっちゃ
ってね。今まで話をしてたんだ」
「カズと?」
相葉ちゃんを嫌っているようなカズがどんな
用件だったんだろう?
「色々と相談に乗ったんだ。でね、ここから
が重要なんだけど。急いで数日分の着替えを
用意して、それと貴重品も」
「どうして?」
「ここから一時避難するの」
「は?家から?」
「そー。できるだけ急いで」
「何で?何かあったの?!」
「すぐに起きる訳じゃないけど、先に避難し
とくんだよ」
「避難??地震でも起きるの?」
「地震じゃないけど、厄介な事が起こるの」
「ちょ?!何それ??」
この家から避難しなければならないような厄
介事って?俺にはわからないよ。
「二宮のおじさん達絡みなの」
「あの人達がどうかしたの?」
「悪い事してたから、もうすぐ天罰をくらう
んだ」
悪い事をして、天罰を?それって……
「カズは大丈夫なの?」
あの二人と一緒にいるカズはどうなるの?
あの子に天罰なんて、絶対に嫌だよ。
「平気だって言ってた、それに事を起こすの
は和也君だからね」
「カズが……?」
「うん。詳しいことはここを出てから話すよ
それから和也君には大野の爺ちゃんが守りを
付けてくれるって」
「じいちゃんも知ってるの?一体何が起きる
んだよ……」
「だーかーら!後で話すから、とにかく仕度
して!」
俺は相葉ちゃんに言われるがまま仕度を済ま
せ、誰にも見つからないように家を出た。
そして数日間身を潜める予定だというホテル
に入ってから、その理由を聞いた。
*
カズにはずっと疑問があったそうだ。
それは両親が長い休みやクリスマスの様な行
事には必ず二人で出かけることや、母親が若
い女の子向けショップで着ることもない洋服
を買っていたことらしい。
自分は連れて行ってもらえない旅行
ひとりで過ごすクリスマス…
それに両親の部屋に隠されている綺麗なラッ
ピングの女の子向けのプレゼント。
近年ではそれがブランドの鞄に変わったそう
だ。
両親にとって子供は二人だけでしかも男なの
にと疑念を持ち、旅行で留守の間に部屋を調
べウオークインクローゼットの奥に隠されて
いたアルバムを見つけた。
その最初のページには、まだ年若い母親が赤
ん坊を抱いた写真が貼ってあった。
その下には赤ん坊の名前と生年月日…
それは自分が生まれる10年近く前の日付
カズは母親が父と結婚する前に産んだ異父姉
だと思ったが数ページ捲ると、今度はやはり
若い父が笑顔でその赤ん坊を抱いていて
それには日付と〖パパ、初めての抱っこ〗と
書かれていた。それで写真の赤ん坊は両親の
実子だと確信したそうだ。
でもカズは幼い頃母親から『父親とは前の奥
さんが亡くなってから知り合った』と聞かさ
れていた。
おかしい、ではあの写真はどういうことなの
か?と考えれば考える程矛盾だらけで、とう
とう自分で調べることにした。
ある程度までは調べることが出来たけれど、
中学生には限界がある。
でもどうしても両親に持った疑惑の真相を知
りたくて探偵に調べさせた。
そして出た調査結果から両親の不義や欺瞞な
どを知り、失望し不正を罰するためにそれを
じいちゃんに報告したそうだ。
「和也君は探偵からの報告書を信用出来る人
から大野の爺ちゃんに送って欲しかったんだ
って。オレにそんな人を知らないかって訊い
てきたから『それ、オレじゃん!』ってなっ
て爺ちゃんに知らせたんだよ」
「カズがそんな事を調べてたなんて…」
正直驚いた、そしてカズがあの家で必ずしも
幸せではなかったことを知った。
カズも淋しかったんだな。
「……女の子、今は女の人か…その人はカズの
姉になるの?」
「うん、二人の子供だからね」
「じゃあ、俺とは異母姉ってこと?」
「……うん」
「それって俺の母ちゃんと結婚する前に二人
は付き合っていて子供まで作ってたってこと
になるんだよね?」
「その頃入籍もしてないし、産まれた子は養
女としておばさんの妹ってことにしたみたい
だから誰も知らなかったんだ」
「母ちゃんはずっと騙されてたってこと?」
「酷い話だけど、おじさんは自分の会社を作
るために大ちゃんのお母さんと大野グループ
を利用したんだ」
「……最低な奴」
今までに無い程に父親に怒りが沸いた。
もう殺意に近いものがある、自分達の私腹の
ためにずっと皆を騙してきたんだ。
母ちゃんは騙されたまま死んでしまった、
俺は大野との繋がりのためだけの存在で
カズは淋しい思いをさせられた。
「あいつら、どうなるの?」
「爺ちゃんも怒り心頭だったから、まず家を
追い出されて、おじさんの会社はグループか
ら外されるだろうね。そうなったらすぐに達
行かなくなって潰れちゃうよ」
あいつらがどんな酷い有り様に落ちぶれても
全く構わない、でも心配なことがある。
「カズは?カズはどうなるの?」
俺の弟、護るべき人だ。
カズを家から追い出し酷い生活なんて絶対に
させられない。
俺だけ安全な場所にいる場合じゃないんだ。
「和也君は心配いらないよ、爺ちゃんがつい
てるから。だから安心して」
「ほんと?」
「本当だよ」
そう言って相葉ちゃんはにっこり笑った。
じいちゃんがカズを守ってくれるなら、大丈
夫だよな。
「う~ん、話してたら遅くなっちゃたね。
オレ隣に戻るから大ちゃんは休んで」
じゃあねと手を振りながら相葉ちゃんが部屋
を出ようとする、俺は慌ててそれを止めた。
「え?一緒の部屋じゃないの?」
ツインの部屋だから同室だと思っていた。
「そのつもりでとったけど、大ちゃん疲れて
るみたいだし……今日は色々あったから考えた
いこともあるでしょ?だから隣にもう一部屋
借りたの」
「相葉ちゃん…」
「大ちゃん、もうあの家に縛られなくていい
んだよ。だから自分の将来を考えて」
「将来?」
「前に言ってたよね、ダンスのこと。スクー
ルに通うかプロに師事するか、とか。家の心
配が無くなるんだから海外へだって習いに行
けるよ?そういうの、考えてみてよ」
「…………うん」
そうだ、もうあの家をあいつらから守らなく
ていいのなら何処へだって行ける。
辛い思いばかりのこの地を離れられるんだ…
辛い思い出、いつか癒えるかな…
翔くん………
説明話
語彙なし…
パルプンテ