お山の妄想のお話です。





『智君が好き』


翔くんは今そう言ったの?

好き、友人としてではなく恋愛として?

幻聴…?


俺の耳はとうとうおかしくなったのか、それ

ともあまりの惨めさに脳ミソが勝手に都合の

良いように変換を始めたのか…

でなけれは翔くんの『嘘』だろう。


『あなたを護りたい、過去の辛い記憶も癒し

てあげたい』


でも翔くんの顔は真剣で真っ直ぐに俺を見つ

めている。はたしてこんな表情で嘘をつく人

がいるのかな?いるとすれば相当なペテン師

だ。


思い返せば、翔くんは一度も嘘を吐いたこと

はなかった。

だから家を訪れたのも、カズではなく俺に会

いに来ていたのかもしれない。

恋仲ではなくカズとは本当に友人なのかも…

だとしたら俺を好きだと言うのは真実なの?


翔くんが俺を好き……

それが真実ならとても幸せだ、俺の消そうと

していた想いも受け取ってもらえるかもしれ

ない。



(お前は本気でそう思っているのか?)


けれど心の深い場所からの声に、そんな浮か

れた気持ちはすぐに冷えた。


(取り柄もなく、つまらないお前が人に好かれ

るとでも?)


それは自分の声であるようで、でも離れて行

った奴の声にも聞こえた。


(仮にそいつが本当にお前を好きだとしても、

すぐに離れて行くさ。だってお前には引き止

めておけるほどの魅力なんてないからな)


心の声は俺を責め立てる、それが胸に刺さり

痛みを感じるのは全てがその通りだからだ。


〖今〗は俺が好きでも〖今後〗はどうなるか

わからない、つまらない俺に愛想を尽かして

去って行くのがおちだ…

幸福から絶望に落とされる、その痛みは想像

を絶するだろうな


痛くて苦しくて、立ち上がることが出来ない

ほど打ちのめされる……

そんなの嫌だ、怖い

信じて裏切られるのが怖い、

信じる事が怖い

幸せを知った後の孤独が怖いよ


怖い、怖い、怖い、

助けて、助けて、誰か俺を助けて


恐怖が襲いぶるぶると身体が震える。

怖くて助けを求めた時、頭に浮かんだのは

太陽のような笑顔

小さい頃から側にいて、励ましてくれた

『大丈夫だよ』って言ってくれた人


「……あいばちゃん」


相葉ちゃん俺はどうしたらいいの?

お願い教えて……





俺の想いを伝えた後、智君は驚いていた。

告白に対しての嫌悪などは感じられなくて、

むしろ喜びに瞳が輝いたように見えた。


だからやっと俺を信じて、想いを受け止めて

くれたと思ったのに。

何故かすぐに表情が曇り瞳は色を失った。

そしてぶるぶると震えだしたんだ


突然の出来事に俺は戸惑ってしまい、すぐ

に動く事が出来なかった。

でも自分の身体を抱き震える様子はただ事で

はなくて体の調子が悪いのかもと、慌てて座

席から立ち上がり智君に近づいたんだ。


「智君どうしたの?どこか具合が悪い?」


こんなに震えるなんて、急に高熱が出たとか

もしくは過度なストレスのせいとしか思いつ

かない。兎に角熱があるか確かめようと額に

手を伸ばした時に智君が呟いた。


ともすれば聞き取れない程の小さな声だった

けれど、俺の耳には届いてしまった。

『あいばちゃん』

それは再従兄弟の名前だった、智君はぶるぶ

る震えながらアイツに助けを求めたんだ。


目の前に俺がいるのに

智君を護ると宣言した、この俺がいるのに!

俺に助けを求めない智君と忌々しい再従兄弟

に憤然とした。


「智君!ここにいるのは俺だよ!あなたを助

けられるのは俺なんだ、あんな奴じゃない」


両肩に手を置き上体を起こし顔を覗きこむ

智君の顔は青く、『相葉ちゃん助けて』と呟

き続けている。


「智君!俺だ!俺を見て!」


それでも俺を見ない智君にとうとう苛立ちが

爆発した。

掴むように両頬に触れ無理やり顔を上げさせ

その視界に入るように顔を近づけた。


「あんたの側にいるのは俺だ!相葉なんて奴

じゃない!あんな奴は何の役にも立たない、

そもそも追い掛けても来ないじゃないか。

再従兄弟だからって身近にいるだけの役立た

ずでろくでなしの偽善者なんかあてにするなよ!!」


苛立ちと嫉妬にかられた罵詈雑言が終るや否

や、ぐっと胸ぐらを掴まれた。

それをしたのは智君、いつの間にか彼は瞋恚

の炎を燃え上がらせていた。


「…相葉ちゃんを悪く言うな」


ギラギラとした強い瞳で睨め付けられる。


「何も知らないくせに、役立たずなんて言う

なよ!」


言葉と同時に胸ぐらを締め上げられ、息苦し

くてその手を外そうと踠いた。


「相葉ちゃんは小さい頃からずっと俺の側に

いてくれた。淋しい時や悲しい時は慰めてく

れたし、理不尽な対応には一緒に怒ってくれ

たんだ。そんな優しくて温かいおおらかな心

にどれだけ救われたか…」


過去を思い出したのか一瞬力が緩んだ隙に手

を払いのけ、彼から少し離れる。



「友達が去って行った時もいつも側にいて癒

してくれたんだ、俺にとってかけがえのない

人を悪く言うなよ!」


怒りに燃える瞳、初めて見る姿に不謹慎にも

喜びを感じたがそれをすぐに苛立ちが上回った。

智君を一番想っているのは俺だ!

なのに、相葉、相葉、相葉と何回も大切そう

に再従兄弟を呼ぶから


「俺だってあんたの側にいればそれぐらいし

たさ!今からだって出来る!」


俺がアイツに劣るわけがない

あるとするならば互いに過ごした時間だけだ

幼い頃からと最近ではどんなに努力したって

埋りはしない。

でもそんな〖時〗を凌駕するほど俺の想いは

強いんだよ。



「……翔くんには無理だろ」


なのに智君は当然の様に言い放つ。


「どうしてさ!どうして無理だなんて言える

んだよ!」

「だって、カズに惹かれただろ?初めて会っ

た時だって俺の存在を忘れるくらい楽しかっ

たんだろ?」

「  !  」


確かにあの時は智君のことを忘れて話し込ん

でしまった。でもそれはほんの少しの間だけ

だ。


「相葉ちゃんはね、いつも俺を選んでくれた

の。カズとも仲良くしてくれたよ、でも俺を

忘れることなんてなかった。何人もの友達が

カズの方に行ってしまっても相葉ちゃんだけ

はずっと側にいてくれたんだ」

「確かにあの時は話しに夢中になってほんの

少しあなたを疎かにしてしまったけど、そん

なことだけでアイツの代わりは無理だなんて

言わないで!」


どうして信じてくれない?

今まで話した事実と俺の想いはどうなってし

まったの?

あなたの中ではあっけなく雲散霧消したの?


「翔くんは相葉ちゃんとは違う、俺に見切り

をつけた奴等と同じなんだよ」

「  !!!  」


激しい怒りが波のように渦を巻き全身に広が

った。

こともあろうに、俺が智君を傷つけてきた奴

等と同じだなんて!

どれだけ叫んでも俺の声は届かないのかと悔

しかった。そして心を閉ざしたままの智君が

憎らしかった。


今の一言で俺は傷ついた、恋心も護りたい癒

したいという感情も信じてもらえず否定まで

されたんだ。


憎かった、大好きだから憎さが増した。

そして俺と同じ痛みを与えたいと思ってしま

い厭悪そのままに言った。


「あんたは皆が和也君に靡いていったのは彼

に魅力があるというけど…」


言い始めてすぐに心の中で『止めろ』と警鐘

が鳴り響く。

だけど俺はそれを無視して話し続けた

ただ、智君を傷つけてやりたかったんだ


「本当はあんたの卑屈でいじけた性格が鬱し

かったからじゃないのか?」


『止めろ!もうよすんだ!』と必死に心は叫

ぶけれど、怒りが頭を支配していて止めるこ

となど出来ない。


「誰だって暗くてジメジメした場所より明る

くてカラッとした場所の方が居心地がいいか

らな!」







すっ、と空気が冷えた。

智君の顔から色が消えた

怒りも、悲しみも、何もない、そんな表情


「………あ…」


それを見て俺の怒りも瞬時に萎んだ。

やらかした、最初に頭に浮かんだ言葉。

怒りの感情にまかせ智君を傷つけるために意

図的に発したもの、結果としたらそれは成功

したんだろう。


でも、それには大きな代償が伴ったんだ。

よく考えれば分かっていたこと、それにより

失う大きなものがある。

等価交換……

それに気付きぞっと背筋が凍った。



暫くして智君は黙ったまま徐に立ち上がり、

そして俺に背を向けた。

俺は何のリアクションもとれずに息を詰め彼

を見つめる


一歩、一歩、遠ざかる背中。

全てを拒否する空気が重く俺に押し掛かる

智君が離れていくほど恐怖が増すんだ。

怖い、恐ろしい、智君が……



とうとう智君はステージの横まで行ってしま

った。そこを抜けてしまえば木々に姿を隠さ

れてしまうんだ。


ここで止めなければ本当に取り返しのつかな

いことになってしまう…

恐怖に戦きながらも彼を呼び止めようとした

時、俺の心を読んだように智君は立ち止まっ

た。


俺に弁解の余地を与えてくれるのかと、小さ

な希望の光が胸を照し始めたけれど


「ずっと前から、そんな事知ってたよ」


「………さ、さと……」


名前さえまともに呼べないほどの焦り

『今の発言は本気じゃない、ただわからず屋

のあなたに怒りが湧いてつい言ってしまった

だけなんだ!』

叫んであなたを捕まえたい、縋ってでも引き

止めたかった。


でも震える身体は動かず強ばる

動悸のせいで呼吸もままならなくて、言葉も

発っせない。

ごめん、行かないで、離れないで

今の言葉は本心じゃない、俺を信じてくれな

いあなたに意地悪をしたかっただけなんだ


懺悔と引き止める言葉が頭には溢れ返ってい

るのに、一言も口から出ない。



智君は再び歩き始め、一度も俺を振り返るこ

となく木々の中に消えて行った



それは俺があの人の世界から完全に切り離さ

れた瞬間だった



俺に残されたのは恐怖と絶望

そして何も掴めなかった両手だけだ







 やらかした














手を伸ばせば伸ばすほどに

遠くへゆく

思うようにいかない今日も

また慌ただしくもがいてる