お山の妄想のお話しです。




走っていく背中を追いかける。

智君のスタートダッシュは勢いが良かったが

長く走るにつれ速度が遅くなっている。


サッカー部だった俺は持久力はある。

だから速度を維持したままジリジリと距離を

縮めていく。


それに気づいたのか智君は人通りの多い場所

から小路へと入った。

障害物が少ない方が走りやすいからだろう。

でもその条件は俺も同じ、周りに邪魔な物が

なくなった分速く走れる。


邪魔と言えば、あの再従兄弟。

奴も俺と同時に智君を追おうとしたが、和也

君に腕を掴まれ止められていた。

今も姿が見えないということは和也君がずっ

と引き留めてくれているのだろう。


やっと智君と二人になれる…

そう思えば息苦しさもなんともない。


疲れたのか智君のスピードは徐々に落ちてき

ている。

俺は今がチャンスだと思いペースを速めた。





翔くんが追って来る。

どうしてついてくるのか分からない。


逃げるものを追うという野生の本能?

でも現代の人間にはそんなもの無いだろ、

あるのは食欲、性欲、睡眠欲の三大要求だ。

そのどれも俺と翔くんの間には成立しないの

に、どうして付いて来るのか。


今まで無視していた事を詰るため?

メールの返事をしなかったのに文句を言われ

る?……友達だと思ってたのに、って非難さ

れるのかな……

それは俺に非があるから責められても仕方が

ないけど、今は勘弁して欲しい。


走っていて人や物にぶつかりそうになった。

障害物が多いと走りにくい、それに見晴らし

が良いと何処にも隠れられない。

何とか撒こうと細い道に入ったけど、逆に距

離が縮んで来ている。


普段こんなに走らないから動悸や息切れが激

しくて、もうすぐ限界が来るのは明らかだ。

苦しい、けれど捕まりたくない。

その思いだけで走り続けていた、

でも……




スピードを上げ智君に近づく。

あと2m、1m、もう少し……いまだ!


俺は智君の手首を掴むのに成功した。

そのまま足を止めブレーキを掛けると、智君

はバランスを崩して転びそうになったので慌

てて抱き止めた。


助けるつもりで抱き込んだけれど、拘束する

にも丁度いい。

逃げられないように腕に力を込めた。


抵抗されるかと思っていたけれど、智君はハ

アハアと荒い息をつくだけでそんな素振りは

ない。

暴れる体力も尽きたのか、それとも諦めたの

か、どちらでもかまわない。

兎に角呼吸が落ち着くまでこのままでいよう




とうとう捕まった。


手首を掴まれてバランスを崩し転びそうにな

ったのを、翔くんは抱えて助けてくれた。

この腕の中から本当は逃げたい、出来るなら

消えてしまいたい。

でもそんな事は不可能だから、こうなったら

仕方がないと覚悟を決めた。


どんなに責められても自業自得だし、それに

縁を断ち切る良い機会だ………

翔くんや、翔くんとカズ、関わらなければ胸

が痛むこともなくなる。


文句はいくらでも聞くし、翔くんの気が済む

までどれだけでも謝る。

それで納得してくれたら、そこで終わり。

本当のさよならだ。




抵抗がないことで調子づいた俺は目の前の肩

口に顔を埋めた。

智君の首筋辺りから汗の匂いがする……

男の汗なんて臭そうだけど智君は違った。

なんだろう?ほのかにミルクのような甘い香

りがするんだ。


今までこんなに近づくことはなく、肩も組ん

だ事もない。なのに今は好きな人を抱きしめ

その香りまで感じている……

これは天からの御褒美なのかな?

これまでの努力が少し報われた気分だ。


でも、問題は何も解決していない。

俺の想い、智君の思い、その両方を話し合う

必要があるんだ。


俺はあなたの事が知りたい。

過去の辛い経験や苦しかった事、全部話して

欲しい。特にあなたを傷つけてきた『過去の

友人』達の事を。


それを聞いた上で奴らと俺の相違点を話せば

きっと智君も分かってくれる。

和也君との誤解も解けるはずだ。


それが解決したら俺の想いを聞いて。

『智君が好き』と言わせてよ。

あなたはきっと驚くよね、でも俺は気持ちを

誤魔化すなんて出来ないからアプローチして

いくつもり。


そしてあなたをきっと俺のものにする

これからは俺が智君を守り傷を癒すからね。


再従兄弟、もうあいつはいらないよ。

そう、忌々しいあいつなんか

さっき腕を組んでいたのを思い出し少し苛つ

いた。でも今智君は俺の腕の中だ。




呼吸もおさまり、もうふらつく事もないのに

翔くんは離してくれない。

人気の無い場所だけど誰の目があるかも分か

らないし、カズが追ってきて見られたりした

ら大変だ。


それに俺も落ち着かないし、早く離して欲し

い。

居心地が悪くてモゾモゾしていると、回され

た腕は解いてくれたけど片方の手首をぐっと

握られた。


……逃がさない、って事だよね。

もう俺には逃げる気力もないから、大人しく

していた。


「智君、話をしよう」


翔くんはそう言うと腕を引っ張り歩き出し、

俺は後を付いて行くしかなかった。





誰にも邪魔されず静かに話ができる場所。

そう考えて一番に頭に浮かんだのは公園の石

造りの劇場だった。


木々に囲まれひっそりある建物で面白い物も

ないからチビッ子達はいないだろうし、人知

れず恋人達が過ごすには時間が早い。


それにあそこは俺にとっては特別な場所だ。

そこで想いを伝えれば、今度は俺と智君の特

別な場所になる。


上手くいくかも分からないのに、我ながら浮

わついた考えだと思う。

でも今いる場所の近くだし、他に妥当な所も

ないので石造りの劇場に決めたんだ。


智君の手首を掴み歩き出すと、彼は黙って付

いて来てくれる。

満身創痍に見えるから、逃げる力も残ってい

ないのかもしれないな。


それでも俺は手を離さない、だって離したく

ない。もう離れたくないんだ。





















ふふふ