お山の妄想のお話です。
智
期末が終わると、夏休みを前に三者面談や進
路指導が始まる。
クラスの皆は進学なり就職なり一応決めてい
るようだけど、俺は全く考えていなかった。
進学……勉強が嫌いだからいやだし、就職する
にしてもこんな成績で雇ってくれる会社があ
るのか?とテスト個票を見て思った。
俺にあるのは何だろう?
少しばかり絵が上手いのとダンスくらい…
自身で表現出来るどちらも好きだけど、それ
を職業にする程のレベルじゃない。
じゃあ、専門学校へ行って学ぶ?
今まで独学でやってきた俺に、はたしてそ
こで得るものはあるのか?
進路について悩んで、じいちゃんに相談もし
た。じいちゃんは『進学や就職の型に嵌まる
ことはない、まず自分が何をしたいか考えて
みろ』と言った。そして『お前が進む道を見
つけるまで助力は惜しまない』とも。
そう言われて安心もしたけど悩みが解決する
こともなく、昼休みに進路について担任と話
したり進学の資料を調べたりした。
翔くんには『進路の事で色々あって忙しい、
だから昼休みにダンスは教えられない』とも
う教室に来ないように伝えた。
渋々ではあったけど翔くんは『切実な問題だ
ものね』と了承して、それから来なくなった
俺はそれにホッとした。
夏休みに入れば翔くんも強化合宿なんかで忙
しくなって自由な時間が取れなくなると話し
ていたから、このまま離れていけたら良いと
思ったんだ。
自然と疎遠になる……
誰も傷つかない別れ方だろ。
でも翔くんにはそんなつもりはないみたいで
予備校の帰りに何度も公園に来た。
俺は見つからないように隠れたり逃げたりし
たけど、最終的に公園には行かないようにし
たんだ。
『公園で練習してないの?』とメールが来た
けど、返事はしなかった。
酷い事をしてるな…って自己嫌悪になったこ
ともあったけど、夏休みに入ってカズの所に
は何回も来てるようだから翔くんにとっては
大した事じゃなかったみたいだ。
翔くんの心はカズに傾いて、俺は忘れられた
存在になったんだ。
何回も経験した事だから今さら傷ついたりし
ないと思ってた。
だけどそれは間違いだった、だって翔くんが
カズに会いに来ているとわかると胸がズキズ
キ痛んで息苦しくなる。
今まで以上の苦痛に襲われるんだ。
きっと翔くんが〖特別〗な存在になりかけて
いたせいなんだろうな…
翔
期末が終わってやっと智君に会えると思って
いたら、進路指導で昼休みに会えないと言わ
れた。
テスト中は会えなくて、あんなに我慢したの
に!でもね、同じ受験生だから大変さはわか
ってる。だから涙を飲んで『わかった』と返
事をしたんだ。
でもそのせいで会えないまま夏休みに入って
しまった。
夏休みは朝から晩まで予備校にいる日が多く
て強化合宿も入っていて忙しい。
でも休みの日だってたまにはある。
だから気晴らしと称して智君と遊びに行きた
いと思っていたんだ。
映画でもテーマパークでも、なんなら何時も
の公園でもいい、二人で過ごせる時間が欲し
かったから。
予定を組みたくて智君が踊っているはずの公
園に何回も行ったけど一度も会えないし、メ
ールをしても返事がない。
直接会って話そうと家に行けば何時も留守…
肩を落とし帰ろうとすると『せっかくいらし
たのですから、和也様とお話を…』とお手伝
いさんに言われ、和也君の家に通される。
和也君と話すのは楽しいし嬉しそうな姿に
『来て良かった』と思うけど、窓の向こうの
暗い智君の家を見ると悲しい気持ちになるん
だ……
智君、今何処で何をしてる?
何でメールの返事をくれないの?
俺、凄く淋しいよ
もうずっと会っていないんだよ?
智君は平気なの?
顔が見たい話がしたいって思うのは俺だけな
のかな……
「俺は智君に必要とされてないのかな…」
ついそんな言葉がこぼれてしまう…
「そんなことないよ、翔さん…」
いつの間にか隣に和也君がいて、同じように
暗い家を見ていた。
和也君も淋し気で、そして苦しそうだった。
「和也君?」
どうして君までそんな表情をするの?
そう訊ねたかったけれど出来なかった…
「必要ないのは、俺だもの」
そんな呟きを聞いてしまったから。
智君と和也君、この二人の間には何らかの事
情があるみたいだ。
血の繋がりはあるだろうに違う姓を名乗り別
々に暮らすのだから、それ相応の何かが。
でも、きっとそれは俺なんかが立ち入っては
いけない事だろう。
*
「智君はいますか?」
数日後の夕方、懲りずに家を訪ねた。
そしてお手伝いさんから『まだお帰りになり
ません』と不在を告げられる、何時もパター
ンだった。
「和也君は?」
今までと違うのはそのまま帰ろうとせず、自
ら和也君に会おうとしたこと。
『和也さまはいらっしゃいます、どうぞお入
り下さい』
お手伝いの弾んだ声と共に、ギイと扉が開き
俺は招き入れられた。
「翔さん、いらっしゃい」
和也君が玄関で出迎えてくれ、そのまま二宮
家のリビングへ通される。
そこには誰の姿もなくて、今日も和也君一人
だけのようだった。
「智はいなかったの?」
「うん、まだ帰ってないって」
「そう……じゃあ翔さん、すぐ帰るんだね」
「いや、今日は智君が帰るまで待つよ」
「え?」
何時も和也君と一時間程度話して帰っていた
けど今日は違う。
俺は持参した袋の口を開き、和也君に中を見
せた。
「え??花火?」
「うん、三人でやろうと思って」
ここに来る前にスーパーで花火のセットを幾
つか買って来たんだ。
打ち上げ花火とか大掛かりな物は入っていな
い、手持ち花火が数種類入ったものだ。
地味だけど三人で遊ぶにはそれが最適だろ?
「俺もいいの?」
和也君が驚いた様に言うから『当然だよ』と
答えた。
前に和也君の苦しそうな顔を見た時に思った
んだ、俺達はそれぞれ淋しさを抱えているって。
俺は智君に会えない淋しさや辛さ
和也君も同じようだけどもっと複雑そうだ
そして理由はわからないけど智君にもそれが
ある。
だから三人で集まって楽しく過ごしたらいい
んじゃないかなって、俺は智君に会えたら淋
しくなくなるし二人のわだかまりや淋しさも
薄れるはずだ。
夏は花火!だなんて単純な考えだと思うけど
三人で輪になって綺麗な花火を見れば心も癒
されて、普段は隠している気持ちも口にでき
るかもしれないだろ。
「智と花火か……小学生の時以来だな」
「そうなの?」
「うん、昔はよく庭でやったよ」
和也君は懐かしそうに中庭を見る。
楽しい思い出、きっと智君もそうだろう。
だけど今日からは『俺達の楽しい記憶』にし
ようよ。
俺は〖思い出〗にする気はないよ、これから
もずっと智君と楽しく過ごすつもりだから。
智君と俺、そして申し訳ないけどたまに和也
君も一緒に、楽しい記憶を作っていこう。
「智君早く帰ってこないかな」
「どこ行ったのかな」
「和也君電話してみてよ、俺メアドしか教え
てもらってないから」
「俺もメアドだけだよ、用事がある時は内線
だもの」
「それ本当!?」
「……うん」
「よっぽどの電話嫌いなんだね」
その時は智君の電話嫌いを軽く考えていた
でも、本当はそんなに単純なものじゃなかっ
たんだ……