お山の妄想のお話です。




智君が電話番号を教えてくれない。

理由は電話が嫌いだからだって…


作品の制作とかで集中したい時に邪魔される

のは嫌だし、話すのが面倒だと言うんだ。

確かに間が悪い時にかけてしまう可能性はあ

るけど…


「でもさ、どうしても連絡とりたい時ってあ

るでしょ」

「俺と翔くんで?」

「うん」

「どんなこと?」


そう訊かれて言葉に詰まった。

『学校以外でも智君と話したい』

『逢いたい時に連絡したい』

俺が電話番号を知りたいのこんな邪な理由だ

流石にこれを言うのは憚られた、ドン引きさ

れる恐れもあるし。


他に適当な理由を探してみたけど、智君とは

クラスはおろか科だって違うからその方面で

緊急に連絡しなきゃならないことなんて皆無

で、これだ!というものが思い付かない。


「ほら、なんか緊急事態な時とか…」

「緊急事態?どんな?」

「緊急事態は緊急な事態だから!その時にな

らなきゃわからないでしょ!」

「……………そんなの、きっとないよ」


苦肉の策も通用しない。

でも俺はどうしても知りたかったから、悪い

と思いつつ言い包め何とかメアドを聞き出した。


「ありがと、連絡するね」

「……でも返事は遅いよ」


その時はそれでも良いと思っていた。

メアドだけでも教えて貰えたのが嬉しかった

から。





そんな事があった後、何回か和也君に勉強を

教えに行った。

『教えて』と連絡があって、その時に用事が

なければすぐに行く。


その度、智君に『今から和也君に勉強を教え

に行きます』とかメールをしたけど、一度も

返事が来ることはなかった。


少し淋しかったけどメールに気付いてない可

能性があるし、読んでいたとしても『緊急事

態』じゃないからと返事をくれないのかもし

れない。


智君の性格ならどちらも有り得ると思い、気

にしないようにしていた。

実際次の日学校で会うと、『メールに気が付

かなかった』と言っていたしね。



そのうち俺も智君にメールするのを止めてし

まった。

深い考えがあったわけじゃない、和也君を訪

ねる度に『櫻井様がいらしたことは智様にも

お伝えしますね』とお手伝いさんが言ったから。

知らせてもらえるなら態々メールをしなくて

も良いだろうと思ったんだ。


和也君の家に行くのは勿論勉強を教えるため

だけど、もしかしたら智君にも会えるかもな

んて下心もあった。

でもさ、一度も会えた試しがなかったよ。

タイミングが悪かったんだな…



でも、智君にメールを送らなくなってから、

少しづつ智君が変わってきた気がする。

具体的にはよくわからない、昼休みに行けば

会ってくれるし話しもする、ダンスだって教

えてくれるけど何かがおかしい…?


違和感がある…何かが以前と違う…

どこが違うのか考えているうちに、日が経ち

期末テストに入ってしまった。


テスト期間中は午前で終わる。

したがって昼休みに智君に会えない。

感じた違和感はだんだんと憂いへと変わって

いった。


そんな不安を払拭するため休み時間に会いに

行くことにした。

朝だと智君は遅刻ギリギリ登校で無理、帰り

は俺が終わるのが遅くて下校した後だったり

するからね。


10分の休憩だから少し話すことしか出来ない

けど、全然会えないよりもマシだ。

でも2日行った時点で『もう来ないで』と言

われてしまった。

『大事なテストの前なんだから、復習でもし

なよ』だって……


確かに受験生にとって大切なテストだ。

だけど休み時間まで勉強しようとは思わない

し、俺にとっては智君に会えない方がメンタ

ルをやられて悪い結果になりそうだよ。


そう力説したけど智君は首を横に振り、来る

なと言う。

『少し話すために短い休みに走って来るなん

て、体力の無駄だ。少なからず進路に影響す

るんだから時間は大切にしなよ』


確かにその通りで、それ以上食い下がること

はできない


『テストが終わったら、またおいでよ』


何日も智君に会えないなんて拷問でしかない

としょぼくれた俺にかけてくれた言葉…

それに力を借りて何とかテストを乗り切った

のに……





辛い予感しかなくて連絡先を教えたくなかっ

た。俺は過去の教訓から茨の道は避けること

にしているから、傷付きたくないと思うのは

人間の本能だろう?


渋る俺に翔くんはしつこく迫り、色々言われ

いつの間にかメールアドレスを教えることに

なってしまった。

能弁な人には敵わない……


翔くんは『メールする』と言い、俺は『返事

は遅い』と答えた。

でもね、返事をするつもりなんてないんだ。


一度返事をしたら何回もメールが来るだろ?

そうしたら次を期待してしまう。

そしてメールが来ない恐怖に怯えることにな

るんだ。


そんなの、もう懲りてる。

カズを知れば電話もメールもいつかなくなる

わかってるんだよ……


何回かメールは来た。

カズのところへ今から行くという連絡。

俺は知らない事にして返事をしなかった、だ

って翔くんがカズの所へ行くのに俺は関係な

いから。


基本的に俺はカズの家には行かない。

……用事がないし、カズ以外にも暮らしている

人達がいる。そいつらは思い出を汚す〖敵〗

だと思ってる、あのお手伝いだってそうだ。


あっちも俺が家に入るのは迷惑だろう。

彼らにとって俺は目の上の瘤、忌むべき存在

なんだから。


翔くんのメールが届く度気持ちが重くなっ

て、居ることがバレないように電気を消し気

配を殺した。

中庭を鋏んでいるからこちらの物音が聞こえ

るわけではないけど、俺が居るのを気付かれ

たくなかったんだ。


在宅がバレたらカズは俺を誘うだろう、断れ

ない俺はノコノコ行って二人の睦まじい姿を

見ることになるんだ。

ギリギリと胸が痛むのを隠して…


考えただけでも苦しいよ

結末はもう見えているから、余計な痛みは受

けたくなかった。


俺が返事をしなかたったせいか、翔くんから

のメールは無くなった。

でもカズの所には来ているみたい、玄関に靴

があったり楽しそうな笑い声が聞こえたりし

たから。


迎えに出てきたお手伝いは、胸の痛みで顔を

歪める俺を愉快そうに見ていた。

……これは俺の被害妄想かもしれないけどね





それでも昼休みに翔くんは来る。

俺なんかよりカズの方がいいだろうに、何の

為に来るのか理解不能だ。


でも何時もの笑顔で『智君』と呼ばれたら邪

険には出来ないし、来てくれて嬉しいと思う

気持ちも少なからずあった。


だけど俺に黙ってカズに会う翔くんに失望も

感じていて、それが少しづつ表に出てしまっ

ていたと思う。


よそよそしい態度、正にそれ。

翔くんもそれに気が付いたみたい、時たま俺

に問うような視線を送ってきていた。

まだカズに惹かれているのに気づいてないの

かな…


翔くんが自覚するまで、もう少しだけ一緒に

いてもいいかな?

いや、やっぱり傷が広がる前に離れた方がい

い……


もう痛い思いは懲り懲りだし、きっと翔くん

との別れは今までの誰よりもキツいはずだか

ら…


決意した良いタイミングでテスト期間になっ

た。1学期の期末、進学を考えてない俺には

然程気にするものじゃないけど、難関私立を

目指す翔くんは踏ん張り所だろう。


良い機会だ、ここで離れよう。

切り捨てられる前、自分から離れることで

なけなしの自尊心は守られる。


……やっぱり痛い。

でも、でもね、翔くんとは良い思い出だけ残

したいんだ。

前までの友人達と違って辛さを忘れるんじゃ

なくて、ずっと思い返せる良い思い出に。


翔くんと過ごした日々は忘れたくないから…