お山の妄想のお話です。



翔くんを見送り部屋へと戻った。


少しの間だけど翔くんがいたからか、リビン

グは普段と違う雰囲気だ。

自分以外の気配を感じるのは本当に久し振り

で、何時もはすぐに自室へ入るけど今日は少

しの間ここにいようと思った。


一人でも平気なつもりでいたけど、やっぱり

淋しかったのかな……

じいちゃんとばあちゃんがいた頃はこのリビ

ングにも団欒があったんだ。


ばあちゃんが亡くなり、じいちゃんが仕事で

海外に行ってしまってからは一人きり…

じいちゃんと一緒に行けば温かい気持ちでい

れただろうけど、ここに残ったのは自分の意

思だから仕方がない。

大切な思い出を守るためにはそうするしかな

かったから。



ゴロンとソファーに横になり目を閉じ、今日

あった事を思い返した。

翔くんと二人でお昼を食べた…

友達と店で食事するなんて、かなり久し振り

でとても楽しかった。


前回は何時?誰とだったかな?

思い出そうとしたけど記憶が曖昧で、長い間

していないことを改めて感じた。


この家に誰かを招き入れたのも、同じくらい

ない。

それはどうしてか……

…………………………失くしたから、かな。

友達がいなくなった、俺から離れて行ったか

らだ。



独りでいるのが好きだと思われている俺にも

友達はいる、学校帰りに寄り道をする奴だっ

て過去に何人かいたさ。


凄く親しくなって親友だって思える奴もいた

けど、この家に来るとそいつらは必ず俺から

離れて行くんだ。


理由は……カズ

カズは俺が友達を家に連れて来ると必ず会い

たがった。

カズは学校に通っていないから話し相手が欲

しいんだと思い紹介すると、決まってそいつ

らは〖俺の友人〗ではなく〖カズの友達〗に

変わってしまうんだ。


カズの印象が良かったんだろう。

俺との会話の中でカズの話題が多くなり、ま

たカズに会いたいと言い出す。

だからもう一度引き合わせると、連絡先を交

換したりして次からは俺抜きで会いに来る…


そいつがカズに会うためにここに通うように

なると、俺とは疎遠になっていく。

決してカズが仕組んでいるわけじゃない、友

人達がカズの魅力に惹かれ夢中になっていく

だけなんだ。


甘い香りや明るい光に集まる虫みたいに、魅

力あるものに吸い寄せられていく。

それは悪い事じゃない、本能だから仕方がな

いんだよ。


カズにはそれが有り人が集まる

俺にはそれが無くて……離れて行く

カズも友人も悪くない、ただ俺に人を惹き付

けるものがないだけ。


心は傷付き痛みを感じたけど、そう思って諦

めた。

いつか俺を選んでくれる〖本当の友人〗が現

れると信じていたし…


でも中々そんな人は現れず何回もそれが続くと、流石に俺もキツくなって〖友人〗に慎重

になったんだ。


傷付きたくないから心に線を引いた。

そして誰かを家に招くこともやめた。


何となくだろうけど事情を理解しているクラ

スメイトはそこに踏み込まないから、普通に

接していける。

だから友人は彼等だけでいい、新しい存在は

いらないと思っていた。


学校はクラスメイトがいるから淋しくない。

放課後からは独りだけど、あの痛みを思えば

淋しさぐらい平気だった。



そんな中、物好きな奴が現れた。

それが翔くんで、彼はグイグイ押してきた。

俺は保身のために素っ気ない態度をとったけ

ど、それにも負けずに『友達になって』と迫

ってきたんだ。


積極的で押しが強い、でも心遣いがある

明るくて優しくて少しヘタレで、そんな彼と

一緒にいて楽しかったり安心出来る時間がで

きた。

今まで誰にも感じなかった心地よさや温かさ

を覚えて、翔くんなら離れて行かないんじゃ

ないかと思い始めていた。


だから家に招いたんだ。

俺のために車が跳ねた水を被ってびしょ濡れ

になってしまった事もあるけど、〖翔くんは

今までの奴らとは違う〗と感じていたから。


でも、カズに会わせたくないって気持ちも少

なからずあった。

翔くんを失うかもという恐怖心を拭えなかっ

たんだ…



タオルを用意してもらいすぐに部屋に入るつ

もりだったのに、どうしてかカズが玄関に出

てきてしまった。

翔くんにタオルを手渡した時の笑顔や、俺に

向けられた視線で今後の展開が予測できた。


きっとカズは翔くんと『話がしたい』と言っ

てくるだろう………


それが的中して『和也さまがご友人とお話を

したいそうです』と向こうの家のお手伝いさ

んから連絡があったんだ。


あの痛みを思い出し気乗りしないと言うより

嫌だったけれど、話し相手のいないカズの淋

しさも知っていたから俺は翔くんを連れて行

った。



お茶会と称して囲んだテーブル。

翔くんと話せてカズはとても楽しそう…

翔くんもカズに好印象を持ったみたい…


俺は二人が和気藹藹と話すのを只見ていた。

盛り上がる二人の間に入るなんて出来そうに

ないし、話題についてもいけないから。


そんな俺を翔くんは気に掛けていてくれたけ

ど、段々カズとの話しに熱中していった。


カズに体を向け話し込み、笑顔を向ける…

存在を忘れたように、俺を気にする素振りも

ない…

…こんな光景を何度も見てきた。


あいつの時も、あの子の時も、あの時もこの

時も……何回も何回も……


「痛っ…」


過去の記憶とオーバーラップして胸か痛む。

でも話に夢中の翔くんは、背中を丸め痛みに

耐える俺に気付かない……


気付いて

俺を見て

しょうくん……


目を閉じ必死に祈るけど俺の心の叫びは届く

ことはなく、ただ二人の笑い声だけが部屋に

響く。


胸が痛くて苦しい……

この場所にいるのがとても辛くて、そっと席

を立った。



カズの家を出て玄関ホールまで来た。

振り返っても誰かが追いかけてくる気配はな

く、きっと俺がいないのに気づいてもいない

んだろう…


また、同じなのかな…

俺から離れて行った奴らと…

翔くんは〖今までの奴らと違う〗と思ったのは、ただの願望だったのかもしれない。


やっぱりカズには敵わない

俺には何の価値もないのかな…


そんな卑屈な事を考えながら立ち続けている

と、お手伝いさんが洗ってアイロンをかけた

翔くんの制服を持って来てくれたので受け取

り、自分のリビングへと運んだ。


テーブルに制服を置き、床にしゃがみこむ。

もう動きたくない、カズ達のいる部屋に戻る

のも苦痛だ。

でも翔くんを連れて来なければならない、だ

って荷物も制服もここにあるんだから。


「……戻るか…」


数分項垂れ胸の痛みが治まるのを待ち、それ

から立ち上がると重い足を引きずりカズの家

に向かった。



リビングの扉を開け中に入ると二人が俺を見

ていた。

翔くんに少し責められたけど、客人を残して

消えたんだから当然だ。


部屋を出た理由は制服のことだと嘘をついた

本当の事なんて言えないよ。

たって俺が勝手に傷付いて逃げたのだから、

二人には関係無いことだもの。


その後何故か翔くんが謝ってきた。

あんまり済まなそうにするから、何も気にし

てないと言っておいた。

なのに場の雰囲気が暗くなってしまって、ど

うにかしなゃって思っていたらあの人が帰っ

て来たんだ。


父の後妻でありカズの母親…

俺はこの人が嫌いだ、だってじいちゃんがい

ないのをいいことに、父と結託してこの家を

乗っ取ろうとしているんだぜ?


その手始めに表札を〖大野〗から〖二宮〗に

変えたんだ。

不動産の登記簿は土地も建物もじいちゃんの

名前なのに…


ここは俺とじいちゃんばあちゃん、そして俺

を産んでくれた母ちゃんの思い出の場所。

絶対に奪われるわけにはいかないんだ。


俺とあの人との睨み合いで更に場が悪くなり

険悪なムードが立ち込めた。

翔くんは驚いてオロオロと戸惑っている、

申し訳ないと思ったけど引き下がれない。


そこを収めてくれたのがカズだった。

カズの機転と翔くんの協力でその場から離れ

る事ができた。

やっぱりカズは俺と違って頭が良いや……



翔くんを送りに門まで行った。

その時翔くんはカズとまた話したいと言った

んだ。

俺と一緒の時より話しも弾んでいたし、頭の

良い人同士で通じ合うものがあるんだろう。


やっぱり翔くんも…


そう考えたら悲しくなった。

だけど帰り際姿が見えなくなる場所まで何度

も振り返り、俺に大きく手を振ってくれた姿

は名残惜しそうで、まだ大丈夫なのかなって

ちょっとだけ思った……


翔くんを信じよう。

少なくとも今は…





いつの間にソファーで微睡んでいた俺の脳裏

に、ふいに笑顔で語り合う二人の姿が浮かんだ。


優しい瞳でカズを見る翔くんを思い出し、二

人を会わせてしまったのを後悔した。

でも俺はカズに逆らうなんて出来ない…


それは負い目があるから……

カズが学校へ行けなくなったのは俺のせいな

のだから……




カズ君は良い子です

暗いしなげえな