お山の妄想のお話です。
仕事を終え予約の時間に合わせて占いの館へ
と向かった。
今回占ってもらう『必ず当てる占師〗という
人は個人客はとらないと後で知った。
そんな人に占って貰えるなんてラッキーなの
だろう。しかし俺もト者の端くれ、少しだけ
複雑な思いだ。
でも自分の外れてばかりの占いより、万人に
〖当たる〗と言わしめるその占師の言葉の方
が今の俺には信じられる物だろう。
迷う心が出す答えなんて、自分ですら疑心暗
鬼でしかない。
*
名刺にあった住所は繁華街の一角で、瀟洒な
ビルだった。
驚くことに自社ビル……
いったい幾ら儲けているのか。
エントランスを入ると左手に受付、右手は洒
落たソファーが置かれたロビーになっている
何人か座っているのはお客だろうか。
一階は受付とロビーしかないようで、俺の勤
める店のような小さな個室は見当たらない。
どうやら受付を通してから占い師の部屋に行
くシステムのようだ。
取りあえず俺は受付へと向かった。
「すみません、予約した櫻井です」
受付の青年に名乗ると、彼は『櫻井様、御待
ちしておりました』とニッコリ微笑んだ。
「只今係の者が参ります。その者が占い師の
部屋までご案内いたします」
そう言われ『はい』と答えた数秒後には案内
係が現れて『お待たせいたしました、こちら
です』と右手を進路へ向けニコッと笑った。
受付は綺麗な青年、案内は小柄で可愛らしい
青年……
名刺をくれたオーナーの二宮も整った顔立ち
だったな。
もう一度ロビーをチラリと見る、女性が多い
のはこの店にイケメンが多いからか?
うちの店の占い師も美形が多いが、少し客層
が違うようだ。
どちらかと言えば俺の働く店は若年層向け、
学生からOLなんかが多いがこちらはもう少し
上の世代。落ち着いたお客が多い。
料金もきっとこちらの方が高いのだろう。
………『必ず当てる占師』
とても有名な人らしいが、料金はいったいい
くらなんだろう?お金のことは何も考えずに
来てしまったが…
不安になって前を歩く青年に訊いてみること
にした。
「おかしな事を訊くけど、俺が占ってもらう
オオノさんの支払いはいくらくらいなの?」
「オオノはこの店一番の占師ですから、他の
占い師よりもお高めになっています」
青年は歩きながら少しだけ振り返り答える。
やっぱりそうか……でも俺の運命がかかってる
のだからやむを得ない。
「櫻井様、オオノは一流の占師です。本当に
何でもピタリと当ててしまうんですよ。人柄
も穏やかで優しくて…僕の憧れの人なのです。そんな方に占って頂けるのを幸運だと思って
下さい」
案内係はまるで恋でもしているようにウット
リと話しながらも、金の心配など無粋は止め
ろとチクリと刺した。
「普段は企業などを占っていて、個人のお客
様は滅多に視ないのですよ…」
それから彼は話し続けた、俺が占ってもらえ
るのは奇跡なのだと。
まずオーナーから名刺を渡される事は殆ど無く、その旨を伝え予約を入れようにも受付で
断られるそうだ。
「ここは受付にそんな権限があるのかい?」
受付が勝手に断るなんて一般企業なら考えら
れないことだが。
「当店の受付、山田には不思議な力があるの
です。それは直感で、店やオオノに有益にな
る人がわかるんです。山田が受けたものは店
に利益をもたらすのでオーナーは一任してい
るんですよ」
「そうなんだ…じゃあ俺は本当にラッキーだ
ったんだな」
「凄く幸運ですよ、僕なんて同じ職場なのに
オオノに占ってもらえないんですから」
「どうして?」
「オオノの占いは必ず当たるので、親しい人
の不幸を視たりしたら嫌なのだそうです」
「へ~、オオノさんって凄いんだね」
「はい、高い能力と美しい容姿…とても素敵
な人です」
オオノを思い浮かべているのか恍惚の表情を
している。
「そんなに素敵な方ならお会いするのが楽し
みだな」
俺がそう言った時彼はピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
「オオノの部屋に着きました」
目の前には大きくて両開きのアンティークな
扉があった。
「申し訳ありません櫻井様、この部屋の中に
オオノはおりますが姿を見ることは出来ない
のです」
「えっ?!何故?」
「近くで対面しなくてもオオノは占いが出来
るからです。そして悪意のある輩から身を守
るためでもあります」
逆恨みということか?
俺の店のようにリーズナブルな価格なら滅多
にないが、見るからに高そうなここなら有り
得そうだ。
高い代金を払ったのに、自分の意に沿わない
ような結果が出たら攻撃的になる人もいるか
もしれないな。
「その事だけはご了承下さい」
俺に一礼し、それから案内は扉をノックし声
をかけた。
「櫻井様をお連れしました」
「ありがとう知念。櫻井様、どうぞお入り下
さい…」
すると中から男性の声がし、それを確認して
から案内係の知念は扉を開き『どうぞ…』と
俺を部屋へと誘った。
間接照明でぼんやりと薄暗い部屋の中央に応
接セットが配置され、そこから少し離れた場
所はカーテンで仕切られている。
「お掛け下さい」
応接セットは無人で、声はカーテンの向こう
側から聞こえてくる。
知念から聞いていた通りオオノは姿を見せな
いようだ。
俺は『失礼します』と言ってから、ソファー
に腰掛けた。
その時、カーテンの向こうから『あっ』とい
う声が聞こえたような気がした。
*
「今回は何を……」
「はい。二つ占って頂きたいのですがいいで
しょうか?」
目の前に占い師がいないのは変な気分だ。
自身もそうだが殆どの占い師はお客と対峙し
て占っているから。
オオノの占いはどんなやり方なんだろう?
この距離では手相や人相は無理だし、タロッ
トやトランプも出来ない。
と言って何らかの個人情報を知らせたわけで
もないし……
「では、何を占うか話して下さい…」
同じ生業(兼業だが)の身としては彼の占い方
式に興味があった。
そして案内の知念君が絶賛する容姿も見たい
と思っていた。
「あの……出来たら対面で占って頂きたいの
ですが…駄目でしょうか?仮に悪い結果が出
てもあなたに危害を加えたりしませんから」
駄目を承知で言ってみた。
「 ……… 」
カーテンの向こうからは困惑した気配が伝わ
ってくる。
「初めてのお客様には皆このようにして頂い
ております…申し訳有りませんがご勘弁下さい」
やはり駄目だったか……占い師にも様々なスタ
イルがあるから、それも致し方ない。
「いや、私の方こそすみません。オオノさん
の占いの仕方に興味があって無理なお願いを
してしまいました」
「……占いの仕方ですか?」
「 はい 」
「…………それはあなたも占いをしているから
ですか?」
「えっ!!どうしてそれを?!」
予約時に伝えたのは名前のみで、他の個人情
報は一切話していないのに…
「私には『視える』んです。要件の一つも
その事ですよね?」
「そうです!」
『視る』とはどういう事かわからないが、き
っと彼には不思議な力があるんだろう。
彼はどんな人なのか?
何故かひどく惹かれ、一目でいいから姿を見
たいと切に思った。
1人称になっちゃった