お山の妄想のお話です。
翔
「櫻井くん?どうして……?」
大野さんは突然現れた俺に驚愕の表情を見せた。
彼は俺がこの合コンを断ったのを知っている
から当然といえば当然だ。
「何だか急に飲みたくなっちゃって。でも一
人で飲むのも淋しいし、そこでこの会の事を
思い出して仲間に入れてもらおうかなって…」
苦しい言い分だが、どうだろう?
大野さんはポカンとして、その隣の大倉は胡
散臭そうに俺を見ている。
「なんや、そうか!それなら大歓迎や~」
でも幹事の横山は酔っているせいか陽気に迎
えてくれ、他のメンバーも受け入れてくれた
ので女性達に軽く挨拶すませた。
それから店員が持ってきた椅子を受け取り、
大倉とは逆の大野さんの隣に陣取った。
「大野さん、久しぶりですね」
「……久しぶりだね」
「仕事が立て込んで忙しくて、社内で会うこ
ともありませんでしたよね」
「……そうだね」
俺は普段のように話し掛けているが、彼は様
子が違う……余所余所しい感じだ。
〖領〗を勘違いしているのは確実だった。
「俺、無性にあなたに会いたくなって内線に
かけたり何度かデザイン企画の部屋まで行っ
たんですよ。でも何時も伊野尾君に追い返え
されました、大野さんも多忙だったみたいで
すね」
「………態態来てくれたんだ。ごめんね、俺も
忙しくてさ」
「お互い仕事ですから仕方がないですよ」
「そうだね」
話を振っても一言二言で返され会話が続かな
い、誤解しているのだからしょうがないけれ
どつれない態度に悲しくなる。
早く誤解を解かなければ俺のメンタルダメー
ジが大きくなり、英気もしおしおと萎えそう
だ…
運ばれてきた生中を一口飲み景気をつけて本
題に入ろうとした。
「大野さん、実は…」
「はじめまして櫻井さん。俺大倉いいます」
しかし俺に被せるように大倉が話しだした。
横槍を入れられたように感じ不快になったが
大倉が真剣な面持ちだったのでそのまま話を
聞くことにした。
「最初この合コンを断りはったんですよね?
横山君からは片思いの人がおるからだって聞
いたんですがその人の事はええんですか?」
どうやら横山はこいつに余計な事を喋ってい
たようで、いきなり核心を突いてきた。
大野さんと親しい様子とその真剣さから、彼
は俺達の状況を察していて大野さんの代弁を
しようとしているようだ。
でも彼に答える必要はない
俺は大野さんと話しに来たんだから。
「確かに片思いしている人はいるけど、それ
は君には関係ないことだ」
出過ぎた真似をするなという思いで語勢を強
めた。
「関係ない、こともないんですわ」
けれど大倉も引く気配がなく、険悪なムード
が漂い始める。
「忠、やめろよ。どうしたんだよ?」
そんな不穏な空気を危惧したのか、大野さん
が大倉の腕を掴み静めようとした。
「大ちゃん、俺な実は大ちゃんの好きな人が
誰か知ってんねん」
「 えっ?!」
「結構前から知っててん」
「嘘……どうして?」
大倉はそれには答えず、ただ微苦笑した。
そして俺に向き直りもう一度『片思いの人は
いいんですか?』と訊いてきた。
こいつは俺の想いにも感付いているようだ、
ならば話は早い
「その人のために此処に来たんだ」
俺が言うと奴の表情が緩んだ。
「そうですか、なら安心や」
「え?何が?」
言葉の意味を理解した大倉はホッと息をつき、隣の大野さんは大倉が突然態度を変えたのに
釈然としない様子だ。
「あの~、男性だけでお話ししてないで私達
も仲間に入れてくださ~い」
そんな中、二人の女性が俺達の間に入ってき
た彼女等の中では、合コンで男だけで話すの
はイレギュラーなのだろう。
俺にとって邪魔者でしかない彼女達は目の前
の椅子に座ろうとする。
ここに座られたらまた大野さんと話せなくな
ってしまう……
何とか二人になる方法を必死で考えた。
「ごめんやけど、この二人大事な話があるみ
たいなんよ。せやから俺とあっちでお話しし
ましょ」
そこでさっきまで仇敵のようだった大倉から
のサポートが入った。
色っぽく笑い誘う大倉に、彼女達はポ~っと
している。
大倉は立ち上がると彼女達に寄って行き、
丁度俺の後ろまで来た時にぼそりと呟いた。
「あの人を悲しませんとって下さい…」
俺はそれに小さく頷き答える。
やっぱり大倉は俺の想いや、大野さんの気持
ちが分かっているようだ……
そして今の呟きからは、大野さんも俺を想っ
てくれていると解釈できた。
それならばもう告白を躊躇することもない。
でもまずは〖領〗の誤解を解くのが先だ、彼
は俺の想い人ではないと言わなければ……
「ごめん、あいつ普段はあんなじゃないんだ
けど…」
大倉が移動した後、大野さんが謝ってきた。
「別に気にしてませんよ」
「でも、櫻井くんのプライベートまで意見し
たりして、嫌な思いしただろ?」
「プライベート?」
「……片思いの人がどうこうって」
「ああ、それはかまいません」
「そう…でも意中の人がいるって合コンを断
ったのに何故来たの?それって不誠実だと思
わないの?」
「出会い目的なら不誠実だろうけど、俺はあ
なたに会いに来たんだから違いますよ」
「俺に会いに?どうして?」
これは良い流れだと思った、このまま話せば
誤解は解けるはずだ。
「大野さんに誤解されてるようなので」
「誤解?何を?」
「以前食堂で俺が寝惚けて言った〖領〗につ
いてです」
「それは櫻井くんの片思いの人の名前なんだ
ろ?どこが誤解なの」
「俺は確かに片思いをしていますが、その相
手は〖領〗ではないんです」
「 えっ??」
智
俺は混乱していた。
だって来るはずのない櫻井くんが突然現れて
ここには俺に会いに来たなんて言うんだ。
それに俺が誤解しているとか、〖領〗という
人が片思いの相手じゃないとか……
そんなことを言われたら、また儚い希望を持
ってしまうよ。
でも、それならあんなに愛おしそうに〖領〗
と呼んだのは何故?
それはいったい誰で櫻井くんとどいう関係な
のか…
知りたい…訊きたい…訊いてもいいのかな?
果たして訊いたら彼は答えてくれるんだろう
か?訊いても大丈夫?
図々しく思われないかな………
そんな事が頭を廻るけど、どうしても知りた
くて俺は思い切って訊いてみた。
「じゃあ〖領〗さんて櫻井くんの何なの?」
翔
「じゃあ〖領〗さんて櫻井くんの何なの?」
その問いに『領は……』と答えかけて止めた。
何て言えばいい?
まさか、領とはあなたに似せて作ったラブ○
ールです。なんて言えないだろ。
間違いなく引かれる……
ではどうするか、♡ドールとは言いたくない
だってそんな人形を持っているなんて知られ
たくないし、それが知れれば新たな問題が発
生しかねない……
考えて、嘘をつき取り繕うしかないという結
論に達した。
「領はね、猫なんだ。艶やかでしなやかな黒
猫でね友達から少しの間預かってたんです」
しなやかな黒猫、言い得て妙。
あなたにそっくりだ。
「猫……の名前だったの?」
「そう、とても可愛くて。夜は一緒にベッド
に寝てたんです」
「……そう、猫だったの…」
何となく大野さんが安堵したように感じた。
俺の話を疑いを持たずに信じてくれたのは嬉
しい、でも素直すぎて少し心配になる。
「その猫はまだいるの?」
「えっ!?ああ、もう帰っちゃいました」
「そうなの…そんな綺麗な猫なら見てみたか
ったな。写真はないの?」
「うん?!あ、撮っていなかったな~」
「残念だね」
「ははは、そうですね~」
つきなれない嘘に焦ってしまった。
嘘に嘘を重ねる…
こうして何時しかとんでもない事態になった
りするんだろうな。
大野さんごめんね。
あなたに嘘をつくのは心苦しいけれど、〖領〗に関しては許して欲しい。
それがお互いのため……
いや、俺のためだな………
『好きな人の好きな人って
分かっちゃうよね』の件