お山の妄想のお話です。
インターホンが鳴り玄関ドアを開ける。
そこにはピシリとした黒いスーツに身を包ん
だ小柄な男が立ってた。
「櫻井様御注文の品をお届けに参りました」
そう言いスッと横に避けると、後ろには同じ
黒スーツと白い手袋を着けた二人の男が大き
な箱を抱えている。
大きな長方形な箱。
それが紅い布で覆われていなければまるで棺
桶を運ぶ葬儀業者のようだ。
「どちらにお運びいたしますか?」
そう訊かれ『リビングへ』と答えると、男達
は家に入り箱を静かに床へと下ろした。
とても丁寧な扱いだった。
その後三人は姿勢正しく一列に並び、小柄な
男が一礼してから話し出す。
「この度は弊社の商品を御求め頂きありがと
うございます。櫻井様の御注文通りに仕上げ
てまいりましたので御満足頂けると思います
が、もし不具合などございましたらご連絡下
さい。すぐにメンテナンスをいたします」
並んだ男達を眺めながら俺はそれを聞いてい
た。でも内心は早く箱を開くたくてウズウズ
しているんだ。
「私共は誠意と尊厳を持ち商品を創ります。
ですので『彼』にも名をつけ愛情を注ぎ仕上
げました。私共のつけた名は『領』でござい
ますが、これからは櫻井様のお好きはように
お呼び下さい」
「……領、素敵な名前ですね。わかりました、
名前は考えます」
「お願いします、彼も喜びます。それではこ
れで今回の御取り引きは終了といたします」
ありがとうございましたと、三人は丁寧に御
辞儀をし帰って行った。
リビングに置かれた長方形の箱。
上に被さる深紅の布を取ると、出てきたのは
美しい飾り彫りが施された真っ白な棺。
緊張しながら蓋を開けると、中には赤いビロ
ードに埋もれるように麗しい人が横たわって
いた。
艶々な黒い髪、綴じられた瞳の睫は長く、白
い肌に影を落とし、小さな鼻は形が良く、唇
はぷるりと潤っている。
眠っているように見えるそれは、ほぼ俺の注
文通りと言えた。でも目を開けて見ないと完
璧かどうかわからない……
横たわるものの頭と背に手を差し入れ、そっ
と身体を起こした。
そして瞼に指を添えそれを引き上げてみる、
すると潤んだ茶色い瞳があらわれた。
「 ああ…… 」
感嘆の溜め息が漏れた
注文通り、いやそれ以上の出来映え…
まさに大野さんそのものだ…
俺が業者に発注したもの
それはリアル♡ドール、しかも特注で大野さ
んそっくりに創られたものだった。
*
「雅紀~聞いてくれよ~」
幼馴染みの雅紀を居酒屋に呼び出し愚痴を語
った、それは愛しいあの人の事だ。
「飲み会であれだけ俺にベタベタして気のあ
る素振りを見せてたのに、その後会社で会っ
たらすっかりその時の事を忘れてるんだぜ!
酷いよ!酷いよなっ!!」
「そ~だねぇ、酷いね~」
「俺をその気にさせて希望まで持たせてさ、
それで酔っぱらってて何にも覚えてないって
そりゃねーよぉ」
飲み会の翌週、喜び勇んで会いに行った俺に
大野さんは両手を合わせて『俺酔っ払って櫻
井くんに迷惑かけたんだって?全然覚えてな
いんだけど、悪かったごめんな~』と言った
んだ。
俺は薔薇色の世界から一瞬にして暗黒の深淵
へと叩き落とされた。
『目が覚めたら隣に松兄が寝ててさ~それは
何時もの事だから別に驚かないんだけど、朝
飯食いながら聞いた話で櫻井くんに目茶苦茶
絡んでたって言われて驚いて……本当にごめ
んな~』
申し訳無さそうに言う彼には誤魔化しなどは
感じられず、本当に覚えていないみたいだ。
そんな大野さんに、俺は『全然迷惑なんかじ
ゃなかったデス』と答えるしかなく……
失望感と絶望感に苛まれながら一日の業務を
なんとか終えたんだ……
その後このやるせない思いを誰かに聞いて欲
しくて、幼馴染みの雅紀に白羽の矢を立てた
「そんな事もあるよ~、でも翔ちゃんはモテ
るんだからさ、その子はすっぱり諦めて他の
子にしたらいいじゃん」
「嫌だ!俺にはあの人しかいない!!代わり
なんていらねー!」
「でもさ~、溜まって一人寂しくかいてるん
でしょ?虚し過ぎない?だったら素人相手じ
ゃなく、お金を払ってプロとしたら?それな
ら罪悪感もなくていいでしょ」
雅紀は欲求不満を玄人で解消しろと言う。
確かにそこら辺の女の子を抱くより仕事と割
り切る玄人の方が面倒がない。
……でも、違うんだよ。
俺はその行為を大野さんとしかしたくはない
んだ。
愛の行為を、愛の無い人としたくない……
そんな俺の想いを知り、雅紀は考え込んだ。
幼馴染みを困らせ悪いとは思ったが、誰かに
俺の気持ちを聞いて欲しかった。
本当は話を聞いて少し慰めて欲しい、くらい
の気持ちだったんだ。
でも雅紀は妙な提案をしだした、それは今ま
で考えた事もないようなものだった。
「生きてる人とヤって罪悪感があるならさ、
生きてなきゃいいって事でしょ?」
「 え? 」
昔から突拍子もない事を言う奴だったが、今
回も面食らった。
『生きてなきゃいい』って…
どういう意味?
ま、まさか死人と?○姦?嘘だろ!?
いやいや、マニアックすぎる!犯罪だし!
つーか、無い!そんな恐ろしいこと!!
恐ろしい発言にガクブルして雅紀から身を離
すと、奴は『あれ?どうしたの?』なんてキ
ョトンとしている。
その顔を見ながら、こんな電波な奴に相談す
るんじゃなかったと後悔し始めた俺に、奴は
衝撃的な台詞を吐いたんだ。
「オレね、凄いお人形屋さん知ってるよ」
「………お人形?!」
人形と言われても、俺には『リカちゃん』位
しか思い浮かばない。
「そー、大人のお人形!」
大人のお人形?
その言葉で思いついたのが昔で言うところの
『南極一号』だった。
『南極一号』とは、その昔第一次南極地域観
測隊の越冬隊が昭和基地に持ち込んだと言わ
れるダッ○ワイフだ。
上半身はマネキン、下半身は別なソフトな素
材で作られていたという……
そんな物が大野さんの代わりになるか!と叫
ぶと、雅紀はニヤリと笑った。
「翔ちゃん、今はね凄くリアルに作ってある
んだよ。呼び方もダッ○ワイフなんて言わな
いし、♡ドールって言うんた」
雅紀の話によると、今の支流はラブ○ールと
言われる等身大の精巧な人形で、表情は豊か
だし素材にはシリコンが使われているから肌
触りもリアル。
オーダーメイドで顔や髪、各所諸々な注文が
できて自分だけの人形を作ることも可能らし
い。
「オレ、良い業者知ってるよ。値段は60万円
からでお高いけど、すっごくリアル。まるで
本物みたいなお人形なの!」
人形で数十万……普通なら馬鹿げた話だと笑う
ところだ、でも俺はそれに食い付いてしまっ
た。それだけ切羽詰まっていたんだ。
「そこはねモデルがいる場合色々調べて作る
から、本当にリアルなの。納品後のメンテナ
ンスも請負ってくれるから信頼度100%だよ」
その程度の金額で淋しく虚しい夜を変えられ
るなら安いものだ、俺はその業者の詳細を尋
ねた。
「そこはね、一見さんはお断りなの」
「なんだよそれ!京都の高級料亭かよ!」
「ん~?ほら、お客との信頼で成り立ってる
店だし、依頼の為にモデルになる人のプライ
ベートを探ったりしするから身元が確かな人
からしか注文を受けないんだよ」
「………それじゃ、どうにもならないだろ」
どんなにリアルな人形を作る店でも紹介者が
いなければ依頼出来ない、初耳の俺には無理
な話だった。
「うひょひょ、それが何とかなるんだよね」
「は?どうして?」
気落ちした俺に、雅紀は得意気に言った。
「オレ、そこで人形を作ったの!すっごくリ
アルで可愛いの!だからオレが紹介してあげ
られるよ」
「ま、マジ!!」
雅紀という男は昔から何故かそっちの方面に
強く、高校生の時にはその手のDVDを大量に
所持していた。
「その代わり~、ちょっと他よりお高いよ?
それでも大丈夫?」
「金ならいくらでも出す!だから頼む!」
「了解~じゃあお店に連絡しとくね。そした
ら向こうから電話が来るからさ。お店の名前
は〖Nino〗だよ、多分非通知でかかって来る
けど出てあげてね」
「わかった、頼んだそ雅紀!」
「まかせて~」
その数日後、雅紀の言った〖Nino〗から本当
に連絡が来て俺は♡ドールを注文した。
沢山のオプションをつけ、より本物に近いも
のを頼んだ。
そして本日の納品。
俺は大野さんにそっくりな♡ドールを手に入
れた。
*
箱から出した人形をソファーに座らせ、肩に
腕を回して引き寄せた。
……うん、居酒屋で俺に凭れてきた大野さんと
サイズも感触も同じだ。
嬉しくて細い頤を持ち上げ顔を此方に向ける
と、潤んだ瞳と目が合った。
眦の下がった優しい瞳が媚びるよに俺を見て
ぷるりと瑞々しい唇が俺を誘う。
我慢することなくその唇に吸い付いた。
これは俺のもの、俺だけの大野さんなんだ
だから何をしても許される、どんな事をして
も嫌われることはないんだ……
そんな思いで口内に舌を差し入れた。
でもそこはシットリはしているものの濡れて
はいなくて……
やはり違う、人形なんだと実感する。
唇を離し人形の顔をもう一度見る、どこまで
も大野さんにそっくりだ。
温もりはないし話もしない、でも凄く癒され
た。
「今日からよろしくね」
人形に話しかけ、この子の名前をどうしよう
かと暫し考えた。
普段呼んでいる『大野さん』?それとも名前
で『智さん』『智君』?
どれもしっくりこない…
どうしてだろう、やはり本人じゃないから?
この子が本当には大野さんの代わりにならな
い事を理解しているからだろうか、はたまた
その呼び掛けは本人にしたいという思いから
か……
「う~ん、名無しじゃ可哀想だし……」
人形の顔に掛かった髪をそっと避ける。
そして人形と大野さんとの微かな違に気付い
た。
髪の色が違う、大野さんは明るい茶色で人形
は濡羽色、そこで少し印象が変わったんだ。
「そうか、注文の時黒髪にしたんだ」
断りもなく勝手に同じ容姿の人形を作るとい
う後ろめたさがあって、それを緩和するため
に髪色だけを変えるなんて姑息な事をした。
「それだけでも印象が変わるんだな、可愛く
て綺麗なのに違いはないけど」
結局人形の名は製作時に〖Nino〗で付けられ
た〖領〗にした、それがピッタリだと感じた
んだ。
「改めてよろしく、君の仕事は俺を癒してく
れることだよ。嫌なことはしないから安心し
てね」
頬を撫でながら言うと、なんだか領が微笑ん
だような気がした。
それから領との生活が始まった。
仕事の疲れや大野さんへの届かぬ想いを領が
優しく癒してくれる。
それは並んでソファーに座ってテレビを眺め
たり領の膝に頭を乗せて話をするようなもの
で、いい歳をした大人がやることではなかっ
たけど俺はそれで安らぎを得ることができた
ただ、大野さんに焦がれてどうしようもない
夜は領を抱き締めて眠った。
でも抱き締めて眠るだけで購入を決めた時の
用途で使ったことはない。
俺にとって領は『特殊用途愛玩人形』ではな
く『癒しのぬいぐるみ』『癒しのロボット』
と同じ、心に安らぎを与えてくれるものにな
っていた。
南極一号……
昭和の人しか知らんか…