お山の妄想のお話です<(`^´)>




次の日できるだけ早く退院させてもらい、家

に帰らずに学校へと送ってもらった。

今日は土曜だけれど半日授業がある、今から

行けば四時限前には着くはずだ。


母には『半日なのだから休んだら?』と言わ

れたけど、智君も学校に行っているし昨日の

事も気になったんだ。


救急車を呼ぶまでの騒ぎになったんだから、

俺と智君以外あの場にいた全員は事情を聴か

れただろう。


そこで茂部の悪事は公にされたはずだ、奴や

手先の処罰はどうなったのか?

多分軽くはないと思う、停学、退学も有り得

るだろう。

当然の報いだけれど、そうすると俺の報復は

どうなるのか…


どうであれ昨夜考えた復仇は必ず受けてもらう。それだけ智君を傷付けた罪は重いのだと

思い知らせてやるんだ。



学校に着いたのは三時限と四時限の間の休み

時間で、教室に入ると俺に気付いた友人達が

集まって来た。


「サクショお前救急車で運ばれたんだろ!」

「頭を打ったんだって?もう大丈夫なのか」

「意識不明って聞いて俺ら目茶苦茶心配した

んだぞ!」


囲まれてあちこちから声をかけられる。

心配してくれていたようで申し訳なく思い、

安心してもらうために笑顔で答えた。


「ああ、大丈夫。検査して異常なしだった。

心配かけて悪かったな」


するとその中の一人が『よかった』とホッと

息をつき、そして感心したように俄には信じ

がたい言葉を放った。


「別れた彼女を身を呈して助けるなんて、お

前凄いよな」

「………はあ?!」


別れた彼女を身を呈して助けた?

何の事だ?


「とぼけんなよ~、今朝からその話で持ちき

りなんだぜ」

「ちょっと待てよ、俺はあいつを助けてなん

かいねえぞ」

「またまた~、テレてんのか?」

「照れてなんかねえ、怒ってるんだよ!そん

な嘘を誰が流してんだよ!」


怒りに任せて詰め寄るとそいつは驚き、焦り

始めた。


「ちょ、マジで怒ってるのかぁ!!」

「当たり前だ、なんで俺があんな奴を助けな

きゃならないんだよ!」

「待て待て!興奮するな!落ち着け!」


周りの奴らが間に入りなんとか落ち着かせよ

うとするが、俺は憤りを抑制するのが難しか

った。

それでも一度大きく深呼吸し怒りを抑え、友

人にデマの出所を訊いた。


「誰がそんなデマを流しているんだ?」

「マジで嘘なのかよ?でもそれ言いふらして

るの茂部本人だぞ」


それを聞き愕然とした。

自分を助けてくれたのが誰か一番解っている

だろうに、茂部は何故そんな嘘を?

それにあれだけの事をおこして、どうして平

然と登校しているんだ?

しでかした事の懲罰はどうなっている?

学校は全てを把握しているのか?


………おかしい

一体どうなっているんだ?


学校の対応に疑義の念を抱いていると、ピロ

リとスマホがなった。

ポケットから取り出してみるとLINE、智君か

らだ。


『学校に着いた?放課後保健室に来て』


保健室……

渡海先生は一応この学校の職員だ、あの人な

ら今の状況の説明がつくだろう。





朝、翔くんから退院したら登校すると連絡が

あった。

授業は半日の土曜、家に帰って休めばいいの

にと思ったけど、生真面目な翔くんは昨日の

出来事の結末を確認したいんだろう。


おいらも昨日の事がどう処理されたのかわか

らないから、学校で確かめるつもりだった。



教室に入ると皆がわっと寄ってきた、そして

口々に翔くんの容態を訊いてくるんだ。

皆に心配さるなんて人望の厚い生徒会長だな

ぁと翔くんを誇りに思ったりして。


だから皆に翔くんは大丈夫、検査して異常も

なかったと伝えたんだ。

皆は安堵して、そして称賛しだした。


「櫻井君フラれた元カノ助けるなんて、感心

しちゃうわ」

「そうよね、そんな事されたらまたヨリを戻

しちゃうわよね~」


………え?

何の話だ?元カノを助けた?


「それ、なんの話だ?」


意味不明な女子達の会話、どういう事か訊い

てみた。


「あれ?大野君現場にいたんだよね?」

「現場って階段?ならいたけど」

「二年の茂部って子が誤って階段を踏み外し

て、それを櫻井君が助けたんでしょ?」

「そうよ、落ちてきた茂部さんを受け止めて

倒れたって、そう聞いたわよ?」

「えっ?!それ誰から聞いたんだ?」

「私達は後輩から聞いたけど、茂部さん本人

がそう言ってるみたいよ」

「……あの子が」


おいら達が病院へ行った後何があったのか?

どうして間違った話が広まっているのか?

全くわからないよ……


「……大野君、おはよう」


茫然とするおいらの後ろから声がかかった。

振り返ると菜々緒ちゃんで『怪我は大丈夫な

の?』と心配してくれた。

おいらが『大したことない』と言うと『よか

った』と笑った。


「菜々緒ちゃん、昨日のこと……」


女子達の話の真相を訊くと、菜々緒ちゃんは

不愉快そうに眉を潜めて囁いた。


「その事なんだけど、放課後に渡海先生の所

で話しましょう。今日来ているなら櫻井君も

一緒に……」

「…わかった」


そうしておいらは翔くんが学校に来ているだ

ろう時間を見計らいLINEで連絡したんだ。





授業が終わってから急いで保健室に行くと、

智君はもう着いていて渡井先輩もいた。

俺は世話になった保健医に礼を言い、そして

昨日の顛末を聞いた。


まず俺が救急車で運ばれた後の事を渡井先輩

が話してくれた。


「皆が病院に行った後残った四人は生徒指導

の先生に呼ばれて、そこで私が何があったの

かを話したの。その後私以外の三人は校長室

に連れて行かれたわ」


校長から茂部達にはそれなりの処分が言い渡

されるのだろうと思っていたのに、どうして

かお咎めがなかったらしい。


「俺も病院から戻って他の職員に聞いたんだ

が、どうやら校長が独断で事故ということに

したようだ」

「事故?!嘘でしょう?茂部はあんなに悪辣

な事をしたのに!どうして!」

「それは、あいつの親と校長に癒着があるか

らだろうよ」


渡海先生の言葉で、部室での茂部の台詞を思

い出した。確かにそんなニュアンスの事を言

っていた。


「あの時おいらも聞いたよ、父親と校長は親

しいから揉み消すなんて容易いって」


校長の奴、本当に揉み消したのか!

だから茂部は咎められずに学校に来て野放図

に振る舞っているんだな!


強い憤りに、拳がブルブルと震えた。


「智君にあれだけの事をしておいて、無罪放

免なんて有り得ない!茂部を処罰するように

校長に意見してくる!」

「翔くん待って!」


勇んで保健室を出ようとする俺を智君は止めた。


「おいらの事はいいんだ」

「あなたは何を言ってるの!酷い嫌がらせを

されて階段から落とされそうにもなったんだ

よ!許せる訳がないでしょ!」

「画鋲や水なら大したことないし、階段から

は落とされてないよ。あの子達は危ないから

来るなって教えてくれたんだ」

「あの子達って、茂部の先輩?」

「そう、忠告してくれたのにおいらがノコノ

コ行ったからあんな事になったんだ」

「……………智君、あなた……」

「茂部が罰っせられたら、あの子達も罰を受

けなきゃなんねえだろ?脅されてやらされた

事だもの可哀想だよ」


………ああ、やっぱり。

この人はあの三年生達を許そうとしている…

智君はとても優しい人だ、それは美徳だが今

は道理に合わない。


「あいつらは我が身可愛さで茂部の言いなり

になっていたんだ、決して可哀想なんかじゃ

ないよ!」

「翔くん、あの子達だって平気でやってたわ

けじゃない。受験生なんだよ、分かってあげ

て。それにね、さっき謝りに来たんだ。本当

に反省してたから、もう許しちまった」

「何だって!もう、あなたって人は……」

「翔くんにはいっぱい迷惑かけたのに、勝手

なことしてごめんな」


そんな智君にため息が出た…

あの三人は罰さないし、もう巻き込まないっ

てことなんだね。


優しい智君、優しすぎる智君

それがあなたの素晴らしいところで、俺が惹

かれてやまないところなんだけれど…


少しだけ、嫌悪の感情を持って欲しい。

そうすれば、自分だけが馬鹿を見るような不

平等な事にはならないはずなんだ。

でも、あなたの慈愛に満ちた澄んだ瞳を見た

らそんな苦言を呈せないよ。


だから、決めた。

どんなに自分が傷つけられても、神のように

それを許すというのなら俺はそんな美しい心

が汚されないように、壊されないようにずっ

と側で護っていくことを。

たとえ鬱陶しく思われても、絶対に離れたり

しないから。





彼女達を許したのを話したら、翔くんは目に

見えて不機嫌が倍増した。

きっとおいらが、甘すぎると怒っているんだ

ろうな。


でもね、謝りに来た彼女達の憔悴した顔を見

なら翔くんだってきっと許すよ。


脅された時の恐怖や不安、それに受験へのプ

レッシャーもあって彼女達は従うしかなかっ

たんだ。

おいらも受験生だから気持ちは理解出きるん

だよな。


翔くんは暫くむすっとした顔でおいらを見て

いたけど、そのうち大きな溜め息をついた。


「わかったよ智君。でも彼女達とは後で話を

するよ。本当に反省しているかを確かめて二

度とこんな事がないように約束させなきゃな

らないからね」

「うん、あの子達はもうしないよ」

「でも、茂部はあなたが何と言っても許さな

いよ。絶対に罰を受けさせるから」

「……うん」

「あいつが諸悪の根源だし、昨日の事だって

助けたの俺だなんて大法螺を吹いて智君に感

謝さえしねえ。そんな腐った心根の奴には重

い罰を与えるのは当然なんだから、あなたは

おかしな仏心をだしたりしないでね」

「…………はい」


いくらおいらでもそこまでお人好しじゃない

よ、あいつは自分のために沢山の人を支配し

て利用した。心を傷付け踏みにじるのを厭わ

ない最低の奴なんだ。


翔くんが何を考えているのかわからないけど

きっと茂部は痛い目を見る。

それは確かなことだろう。




何を考えているかわからないといえば、

おいらと翔くんの会話をニヤニヤしながら聞

いている渡海先生も得たいの知れない人なん

だよな……