お山の妄想のお話です。(T^T)
智
彼女達の後ろに現れたのは翔くんの元カノ、
茂部だった。
「こんにちは先輩、お体はもう大丈夫なんで
すね」
にっこりと微笑み言うけれど、目が全く笑っ
ていない。
登校時、おいらを睨んでいた時よりも不快に
感じるのはきっと経緯を聞いたからだろう。
おいらはこの子が翔くんを純粋に好きなんだ
と思っていた、だらか敵意丸出しの視線を受
けても仕方ないと思っていた。
二人の邪魔をしている自分が悪いとも思って
いたのに……
でもこの子は翔くんが好きなわけでもなく、
自分の知名度を上げるために利用したんだ。
おいらは自分にされた事よりも、翔くんに対
して行った無礼な行動が許せない。
こんな奴が翔くんの初めての彼女になってし
まったなんて、考えるだけで腸が煮え返る…
「白々しいな。全部あんたの差し金なんだろ
?野心のために人を脅して尚且つ悪事をさせ
るなんて、人として最低だ!」
おいらは怒りの気持ちそのままに茂部を睨み
つけた。
しかし彼女は怖じ気づく事もなく、剰え鼻で
笑ったんだ。
「そうかしら?価値観は人によって違うから
あんたはそう思うかもしれないけど元々私は
人の上に立つ身分よ、下人をどう使おうが勝
手でしょ」
『下人』と呼ばれた二人は悔しそうに唇を噛
み締めていた、でも弱みを握られているから
歯向かうことが出来ない。
そんな姿が哀れに思えた、彼女達もある意味
被害者なんだ。
「あんたがどんな身分か知らねえけどこの人
達は奴隷じゃない、もう解放してやれよ」
「解放?私の指示道りに事を運んでいればす
ぐにでもしてあげたわよ。でもことごとく失
敗して挙句の果てには全暴露、そんな不義理
な奴等をこのまま楽になんてさせないわ」
どこまでも自分本意な奴、そんなに自分の手
を汚したくないのか?
「もう全部バレてるのにまだ何かさせる気か
よ!おいらに言いたい事があるなら直接言え
ばいいだろ!」
「わからないの?あんたと話すのが穢らわし
いのよ。あんたホモなんでしょ?幼馴染みと
か言って櫻井君に纏わり付いて、いつか自分
のものにしようと目論んでたのよね?」
「そんなの考えた事もねえよ!」
おいらと翔くんは幼馴染みで一緒にいるのが
当たり前だと思っていた、でも恋人になりた
いなんて考えた事はない。自分の気持ちに気
付いた今だってそうだよ…
迷惑だろうし、全然釣り合わない、誰の目か
ら見ても確かなことだ。
それに翔くんにとっておいらは世話のやける
幼馴染みでしかなくて、そんな対象にないん
だよ。
翔くんには綺麗でしっかりした女の子がお似
合いだ、心からそう思ってる。
翔くんの選んだ子なら祝福できる……
こいつみたいな腹黒以外なら。
別れた筈なのにまだ翔くんを利用するつもり
なのか?だからおいらが邪魔なんだろう?
おいらは翔くんのためなら離れるのだって厭
わない、嫌われてもいい。
どうせ離れるなら翔くんに仇なす奴も連れて
行くさ、こんな悪辣な奴なら尚更だ。
「おいらがいなくなればまた翔くんとやり直
せるとでも思ってるのか?翔くんはあんたの
悪行を全部知っている、たとえ泣いて縋って
も気高い翔くんは許しはしない。もう諦めろよ、ちやほやされたいなら自分の力でしろ」
おいらがそう言うと、今までの薄ら笑いが消
えて憎悪の表情に変わった。
「うるさいわね!この学校の奴らは私の魅力
に気付かない馬鹿ばかりなのよ、だからその
手段として櫻井君に協力して貰ったの!櫻井
君だってこの私と付き合えるんだものプラス
になるでしょ。所謂ギブアンドテイクの関係
になったはずなのに、手間の掛かるあんたの
世話をずっとしていたからかしら?庇護欲を
恋愛感情と取り違えるなんて、ちょっと精神
がおかしいのよ」
こともあろうに、こんなサイコな奴に『精神
がおかしい』と言われるなんて!
おいらの拳は悔しさにブルブル震えた。
「翔くんはおかしくない!あんたが狂ってる
んだ!」
「私は狂ってなんてないわよ!狂っているの
は櫻井君で、狂わせたのはあんたでしょ!」
「どういう意味だよ!」
「あの人、あんたが好きだから私と別れるっ
て言ったのよ!」
「翔くんがそんな事言うわけないだろ!」
「言ったわよ、私はしっかり聞いたわ。それ
で思ったんですもの、きっとあんたの態度が
櫻井君を勘違いさせたんだって。ずっと一緒
にいるんですもの情だって移る、それを今ま
で彼女もいなかった恋愛初心者の彼が愛と思
い違いをしてしまったのよ」
「そんな…」
「ずっと一緒に居るから悪いのよ。だからあ
んたを遠ざけて軌道修正させるつもりだった
の、目が覚めたら櫻井君は必ず私の所に戻っ
て来るはずだもの。なのにあんたは櫻井君か
ら離れようともしない、どれだけあつかまし
いのかしら」
翔くんがおいらを好き?有り得ない。
仮にそう言ったとしてもそれは茂部の言う通
り思い違いか、そんな戯れ言を言ってでもこ
いつと別れたかったかのどちらかだ。
「面倒や迷惑をかけているのは分かってるし
恋愛の妨げになるなら離れるのだって構わな
いさ。だけど幼馴染み、一番近い友達として
思い通りになんてさせない。翔くんに相応し
いのはお前なんかじゃないから。
今ここで二度と翔くんに近付かないと誓うなら、これまでの事は全部許すし他言もしない
でもそれが出来ないと言うなら、全てを話し
てお前を罰してもらう」
脅しや嫌がらせの事を教師に話せば、当然し
かるべき措置がなされるはずだ。
おいら達の間で震えながら成り行きを窺う二
人には悪いが、『脅されて』と言えばきっと
情状酌量になるだろう。
翔くんの汚点になり得るものはすべて排除す
るんだ。茂部も、そしてそれがおいら自身だ
としても。
「ふふっ、あんたにそんな事が出来るの?」
茂部は萎縮するでもなく、かえって太々しい
までの余裕までみせた。
「出来るさ」
「い~え、出来ないわ。ていうか、言ったと
しても私は罰せられないし」
「は?」
「ご存知ないでしょうけど私の父は校長と親
しいのよ。だから揉み消すなんて簡単だわ」
「なんだよ、それ…」
校長を抱き込んでいるなんて、それじゃあど
うにもならないのか?!
「残念でしたね先輩。あ、出る杭は打たれる
ってことわざ知ってますか?出過ぎたふるま
いをすると憎まれるって意味ですけど、今の
大野先輩にぴったりな言葉ですよね」
愕然とするおいらを尻目に、茂部はニヤニヤ
しながら目の前の女子の肩に両手を置いた。
「大人しく櫻井君から離れていれば謂れ無い
虐めの被害者でいれたのに。私を怒らせてし
まったばかりに『下らないいざこざから女子
を階段から突き落とした問題のある男子生徒』
になってしまったわね」
「えっ?」
言葉の意味が呑み込めずにいると、茂部は女
子に語りかけた。
「そしてあなたは『大野に突き落とされた被
害者』ね。怪我をしたらごめんなさいね、で
もあの事は先生達にばらさないから安心して
落ちてね」
「 !! 」
言い終わる前に肩に置いた手で女子を突き飛
ばした。
驚愕に目を見開き声も出せずに落ちてくる女
子、おいらは咄嗟に片手で手摺を掴みもう片
方は受け止めるために広げた。
ドシンっと強い衝撃があった。
けれど力を込めて手摺を掴み、必死に足を踏
ん張って何とか受け止める事に成功した。
「………大丈夫か?」
腕の中の女子に訊くと、恐怖にブルブル震え
ながら真っ青な顔で頷く。
そっと押しながら身体を離し、自分で立てる
ように体勢を整えさせた。
「あら、残念。押す力が足りなかったのかし
ら?二人で下まで落ちればよかったのに」
階段の上では、茂部が不満気においら達を見
下ろしている。
「ぶざけるな!こんな事をして本気で罰を受
けないと思ってんのか!」
「受けないわよ。言ったでしょ、私にはそれ
だけの力があるのよ」
そう言いながら、階段の上に残っていたもう
一人の肩に同じように手を置いた。
あまりの恐怖に振り払う事も出来ずにいるそ
の子に笑いかけ『次はあなたの番ね』と再び
突き落とそうとした。
一人は受け止められたけど、もう一人落とさ
れたらおいらの力じゃ無理だ。
このままだと三人一緒に落ちる事になってし
まう。どうする!?せめて二人だけは…
「きゃあっ!」
「危ない!」
突き飛ばされ落ちかけた女子の腕が誰かに掴
まれ、グッと引き戻された。
「菜々緒ちゃん!」
タイミング良く現れ、窮地を救ってくれたの
は菜々緒ちゃん。
そして丁度同じ時、背後から階段を勢い良く
登って来る足音が聞こえた。
翔
叫びを聞いた後、すぐさま階段を駆け上がる
と踊り場の数段上に智君の後ろ姿が見えた。
そしてその腕に抱き抱えられるようにしてい
る女生徒、階段の上には茂部と渡井先輩も確
認した。
「智君に何をしたんだ!」
踊り場から問い質すと、茂部まるで自分は関
係無いかのように怯えたふりで取り繕った。
「私は何もしてないわ…、先輩達が揉めてい
て足を滑らせて落ちたのよ」
「何を言ってるのよ!あなた今この子を突き
落とそうとしたじゃない、大野君の所にいる
子だって突き落としたんでしょ!」
「言いがかりは止めて下さい!私はそんなこ
としてません!信じて、櫻井君…」
しおらしい態度で俺に助けを求めて来るけれ
ど、この状況から茂部が嘘をついているのは
一目瞭然だ。
「もう嘘はよせよ、俺は君のした事を全部知
っているんだ。ここにいるのだってこの人達
が智君を階段から突き落とすのを確かめるた
めだろ」
「えっ!!違う…」
「君のした事の証拠はある、部室での会話の
音声もあるしさっきのLINEだって転送しても
らってあるんだ。しらを切るのはもうよせ」
「……部室の会話って何なの?」
「ここにいる先輩二人と今はいないもう一人
そして君。四人でラクロスの部室で話してた
だろ。智君にした悪事やその他のことも、全
部聞いた」
部室での会話を思い出したのか、茂部は青ざ
め弁解を始めた。
「違うの、あれは…」
何とか誤魔化そうと俺の方に来ようとした茂
部は、動揺したためか階段を踏み外した。
「 あっ!」
前のめりに落ちる茂部、渡井先輩の伸ばした
腕も届かない。
このままでは智君達にぶつかる!
そのまま落ちてきたら俺一人では受け止めき
れない、でも必ず智君だけは!
他の二人に申し訳ないという気持ちはない。
薄情と言われるだろうが、俺の優先順位は幼
い子供の頃から決まっているんだ。
そしてその順位が変わることはこの先もずっ
とない。
智君は俺のすべて、俺の宝物。
何があろうと絶対に護ると決めたものなんだ
から。
必ず受け止めようと、両腕を広げ足を踏ん張
った。
「 !! 」
しかし、俺が考えていた数秒間に事態は変わ
っていた。
智君は側にいた女子を巻き込まれないように
壁際に軽く押し退けると、落ちてきた茂部を
片腕で抱き止めたんだ。
「大野君大丈夫!」
そしてすぐに渡井先輩が階段を駆け下り、智
君から茂部を引き剥がした。
「さ、智くん、大丈夫なの!?」
俺が下から呼び掛けると顔だけ振り返る。
「おお、大丈……」
言い終わる前に智君の身体がグラリと揺れた
バランスを崩したんだ
「大野君っ!」
渡井先輩の叫び声がして、
俺は上を見ながら再び両手を広げた
無我夢中で動いていたんだ。
どんっという衝撃、重力を受け止めきれずに
後ろに倒れた。
最初に尻を打ち、背中、肩と順に床にぶつけ
ていく。
でも腕に抱いた身体だけはどこにも打ち付け
たりしないように注意を払った。
最後に頭に痛みを感じた時、鼻の辺りにフワ
フワな髪が触れ大好きな香りがした……
智君………
闇に意識が飲み込まれる
でも腕の中の温もりはずっと感じていた