お山の妄想のお話です。





『さあ!本日のメインイベント!最終組は校

内の人気投票で選ばれた6人による借り人競

争です!』


アナウンスにグランド内がわっと沸き立つ。

この学校の体育祭、最終の色別リレーの前に

ある借り物競争の最終組が実質のメインイベ

ントになっている。


生徒の投票によって選ばれた最終組の6人。

性別は男、それ以外は学年がバラバラな集ま

りだ。


何年も前から続く、人気者の最終枠。

前の組までの借り物の『眼鏡』や『赤い水

筒』と言った何処にでもありそうな物と違い

各組に点数が入らないという特性上『ふざけ

た無茶なもの』『人気者のプライベートを暴く』ようなお題を出してくるんだ。


なぜか運悪く、俺はその最終組に組み込まれ

てしまった。

一年生では一人だけ、他の五人はすべて上級

生で部活のキャプテンだったりエースだ。


俺だけ、一年の生徒会役員……

マジで人気投票で俺にいれた奴を恨んだ。

なぜ俺がこんな錚々たるメンバーの中にいて

順位を競わなければならないのか……


とても嫌で仮病でも使おうかとまで思ってい

たけど、あるきっかけで考えが変わった。


『足はそんなに速くない、でもお題次第では

上位入賞が可能だろう。

出るからには良い順位、出来たら、いやどう

しても1位を取りたい』


メインレースが迷惑でしかなかった俺がそう

考え直したのは、今朝のいち君の言葉があっ

たからだ。


「じろ、お前メインの借り人出るんだろ?

凄えな、舞賀家の誇りだぞ!じろが一番を取

ったら褒美をやる!!おいらが出来ることな

ら何でもきいてやるから、いっちょやったれや!」


その一言で、俺の闘志に火がついた。

『ご褒美』『何でもきく』どれだけ魅惑的な

言葉か…

俺の頭の中は『ご褒美に何をねだるか』でい

っぱいになったんだ。


何にする、何がある?

いち君にして欲しいこと………


思春期でモヤモヤの頭で考えて沢山思い付い

たさ、その殆どか『言葉にしちゃ駄目!』っ

てやつだけど。色で言うとピンクのやつ。

世間的にも実の兄にしちゃいけない事ばかり

だった。


でもその中で一つだけましなものがあって、

それをねだる尤もらしい理由も考えついた。


それはキス、チュッとするだけのやつ。

場所はおでこか頬でいい。

…………本当は唇がいいけど、俺の想いを知ら

ないいち君はドン引きするだろうからNG。


理由は俺だけしてもらったことがないから。

いち君は弟達が幼い頃、奴らの頬っぺたやお

でこにチュチュしてたんだ。

それだけ歳の離れた弟達が可愛くて愛おしか

ったんだろうけどさ……


その気持ちは同じだからよくわかるよ(俺は弟

達にチューしなかったけどね)だけど俺だって

同じ弟なのに一度もされたことがない。

一つしか歳が離れてなくて、自分と同等だと

思ってくれているからだろうけど(それは嬉し

い)やっぱり不満だよ。(下心満載)


『よし、チューだ。チューだな。チューだろ

チューしかない。てか、チュー以外考えられ

ない、いち君からのご褒美はチューに決定!』


で、俺の中でご褒美は決まった。

しかし、この強者共を打ち負かし一位を取ら

なければ褒賞はない。

いち君からのチューが泡と消えてしまう…


千載一遇のチャンスを失うなんてあってはい

けないこと、絶対に勝つ!

俺はメラメラと闘争心を燃やしスタートライ

ンについた。


『それでは、最終組スタートです』


アナウンスが入り、スターターピストルが鳴

り響くと同時に猛ダッシュした。


目的地は50メートル先の長机、その上に6枚

の紙が畳まれて置いてある。

早い者勝ちでどれを取ってもいいが中身はわ

からない。


中に書いてあるのは勿論『お題』で、すべて

違う事が書いてあるらしい。

早く紙を掴んでも、無茶なお題に当たってし

まったら1位にはなれない。


要するにポイントは『お題』だ。

自分の運次第で勝敗が決まる…

スピードがすべてじゃない、運だ!と目の前

を走る五人を追いながら思った。


一人、また一人と机に到着してお題の紙の中

を確かめている。

読んで固まる人、アワアワと焦る人、天に向

かい十字を切る人……


その情景を見て不安が過る

どうなってるんだ?!お題はなんなんだ?

恐怖を感じながらも最後に残った紙を広げて

読んだ。


「……………………ラッキー」


文字を読みホッとする、俺のはとても容易い

お題だった。

紙をポケットに捩じ込むと再び『お題の人』

に向かって走り出す。

グランドを横切り二年の観戦席へ、そして目

当ての人を見つけ出した。


「いちくんっ!」

「お?おおっ?」


驚いた顔のいち君の腕を掴み椅子から立たせ

ると、そのまま引っ張りゴールへと走る。


「ちょ、じろっ!何なのっ!」

「俺のお題がいち君だったから!」

「へっ?マジで?」

「マジだからっ!急いで!!」

「おおっ!わかった!」


俺の行動を理解したいち君は物凄い勢いで走

りだした。

そして並み居るライバルを抑え、俺達は見事

1位でゴールした。


『1位で到着したのは舞賀君です!では、ジ

ャッジお願いします!』


この借り人競争は審査があり、お題と違うと

判定されれば1位は剥奪される。

でも俺には自信があったから、堂々とお題の

紙を審判に渡した。


審判達はお題を読みいち君を見てから困惑の

表情を浮かべ、近くにいた体育委員を何人か

呼び集め審議を始めた。

しかし、判定がつかないようで一時保留にさ

れてしまった。


「なあ、お題はなんて書いてあったんだ?」


次々にゴールし、審査に合格する人達を眺め

ながらいち君が訊いてきた。

俺のお題にあったのは『愛してる人』、正に

いち君だ。だからそのまま伝えるといち君ま

で困った表情になった。


「じろ、それってさおいらじゃ駄目なんじゃ

ないの?」

「えっ!どうしてさ?」

「だってさ、これ絶対女の子連れて来なきゃ

ダメなやつじゃん。だから審判困ってたんだ

な~、こりゃ失格だぞ」

「いやいや、だからどうしてさ!愛してる人

だよね?いち君じゃん!」

「それは家族愛だろ~、このイベントでそう

いうのは望んでねえよ。人気者の好きな人を

皆期待してんだよ」


『だから俺は違うだろ』といち君は言う。


「違わないよ、俺が愛してるのはいち君だも

の。他にはいないから連れて来れないよ」

「でもな……」


俺の本心だと何回言ってもいち君は納得して

くれない。『家族愛じゃない、本気であなた

を愛してるんだ』と告げたら信じてくれる?

言いたい、ずっと言いたかった言葉だよ。

でも、言えない、そういう言葉なんだ。


『最後にゴールしたのは…』


いよいよ全員ゴールして順位がついてきた。

『ヅラの人』『嫌いな先生』なんてお題の人

はペコペコ謝り通しで、その外には『あなた

の本命の次に好きな人』とか『元カノ』なん

てバリバリプライベートなものもあった。


俺の『愛している人』はまだ審議中で1位か

ビリかの瀬戸際だ。

しかし、結局審判だけでは判断できず全校生

徒に決めてもらう事になってしまった。


『舞賀君の借り人の審判を皆様にお願いしま

す。まずはお題を読みますので借り人に適し

た人物かをお確かめ下さい。その後、舞賀君

の主張を聞いて頂きます』


周りからは『了解!』『任せろ!』なんて声

が飛んでいる、皆に認められなければ俺は最

下位に落ちてしまうんだ。


それは嫌だし、認められなければ自分の気持

ちが世間に否定されたように感じてしまう。

(皆は家族愛だと思っているんだろうけど)

ここは弱気になんてなっていられない、踏ん

張りどころだ。


『舞賀君のお題は、愛してる人、です』


アナウンスの後皆が一斉にいち君を見た、そ

して『ダメだな』『お題と違ってない?』な

んてヤジが聞こえた。


『次に舞賀君に話してもらい、その後拍手の

大きさで判定します』


はい、とマイクを渡された。

俺はそれを握りしめ、隣で心配そうにしてい

るいち君を安心させるために微笑んでから大

きく息を吸い、叫んだ。


「俺が愛してるのはいち君です!誰が何と言

おうがそれを曲げることは出来ません!それ

にお題は『愛している人』とだけで女性じゃ

なきゃいけないなんて書いてないし、家族は

駄目ともないでしょう!俺にとっていち君は

正当な人選だ!それでも違うと言うのなら戦

います!」


一気に話すと一瞬周りは静かになった。

あれ?これ成功した?気迫で勝った?

と安堵しかけたときに、『戦うってどうやっ

て?』『俺とやるか?こらっ!』などと蛮声

が聞こえて来た。


どうやら一部の上級生には生意気な一年生だ

と思われたみたいだ。

ざわざわとざわめくグランド、三年の観戦席

からはイキった数人がこっちに向かって歩い

て来る。


慌てて教師が止めるけど、それを振り切り向

かって来るんだ。

これは言葉道りにあのガラの悪い先輩と戦う

ことになるのかと覚悟を決め身構えた時、

いち君が俺の手からマイクを取りヤンキー達

に向かって言った。


「二郎に手出しする奴は俺が許さねえ」


静かな、でも目茶苦茶ドスのきいた俺が今ま

で聴いたことのない声。

その声にヤンキー達の動きはピタリと止まり

まじまじといち君を見ると『ゲッ魔王!』と

叫んで脱兎の勢いで何処かに走り去った。


「い、今のなに?」

「さあな~」


事態が呑み込めずにいち君に訊いても、とぼ

けて答えてくれない。


結局その後『借り人競争』の審査に戻り、

俺の主張は認められなんとか1位になれた。



しかし1位のご褒美は貰えなかったさ…


『あれは、ほぼ反則の1位だからなぁ』


帰宅した後いち君がのんきに鼻をほじりなが

ら言い、顛末を聞いた弟達もそれに同意した

ので俺の頑張りは無効になってしまった…


……チューが消えた。

残念だ……が、機会があればまだ来年がある。

次こそご褒美が頂けるように頑張ろうと固く

心に誓った。






それから暫くして、いち君がヤンキー達の間

で『魔王』と畏怖されているのを知ったんだ

でも、それが何故かはわからなかった。








息抜き