お山の妄想のお話です。
智
「中休みに一人の女子がここに来た。
そして思い詰めた顔で『先生が見た通り私と
友達とで大野君に水をかけました。酷い事を
したって凄く反省しています…でもやりたく
てやった訳じゃないんです、脅されたからや
ったんです』と言うんだ。
俺は現場を見た訳じゃないが、お前が嫌がら
せされてたのを知っていたから話を合わせて
みたんだ」
嫌がらせをした子は誰かに脅されている?
じゃあ本当においらを憎んでいる人は他にい
るってこと?
「自分はもう言いなりになるのは嫌だしお前
にも謝りたいと思っているけれど、他の友達
は脅されている内容を担任や生徒指導にバラ
されるのが怖くてまた嫌がらせをするかもし
れない、どうしたら友達を止められるかって
俺に訊いてくるんだよ。俺は教師じゃないか
ら関わりたくなかったがその子も必死だし心
のケアは保健医の仕事の一つだと思って色々
とアドバイスをした」
………おいらに謝りたい。
もしかして、中休みにに来たあの子?
そして止めに来た女子と一緒に嫌がらせをし
ていたってことなのか?
あの子達を脅してるって奴がおいらを憎んで
るって事だよな…
それって誰だ?
「まあ、脅されている内容も思ったより酷い
ものじゃないし、告げ口される前に自分達で
担任に話してみろと言っておいた。進学の推
薦は微妙だが退学なんかにはならんだろう。
それも嫌がらせを謝って、お前がそいつらを
許すのが前提だが」
「……脅されてたならしょうがないよ。謝るな
ら許す、でももう二度と誰に対してもあんな
事をしないって約束させるけど」
繊細な人があんな事をされたらとても傷つい
て取り返しのつかない事になりかねない、
そうしたらやった方もずっと悔恨の念に苛ま
れ続けるだろう。
お互いが不幸でしかないんだ。
おいらは凄く強いわけじゃないけど許すこと
ができる、だから彼女達も行いを正して進ん
で行って欲しい。
「はあ、お前は本当に菩薩みたいだな。おそ
れいるよ」
渡海先生はやっぱり呆れたようだ。
でも、なんだかその瞳が優しく見えたんだ
あの渡海先生がだよ?見間違いかな?
「先生、脅していた奴って誰?聞いたんでし
ょ?」
「ああ、知ってる」
「それ、教えてくれよ」
「教えたら、お前はどうするんだ?」
「話に行く。そして止めさせる」
「あ~、止めとけ」
「何で?!」
「お前が行ってもどうにもならん。止めさせ
られるのは生徒会長だけだ」
「翔くん?」
「お前は逆恨みをされてるんだよ。それを解
決出来るのは櫻井だけだし、あいつの義務で
もある」
「逆恨み?おいらが?」
逆恨みや、翔くんの義務?
なんだか良くわからない話だ。
おいらはずっと噂のせいだと思ってた…
あの噂に巻き込まれて三角関係だとかホモ疑
惑がかかってしまった翔くん。
だから翔くんのファンの子達が怒ってやった
んだと思っていたんだ。
でも、違うの?
「ここに来た生徒の話だとそうなる。嫌がら
せを指示した奴はお前の事が邪魔だったよう
だぞ。櫻井がお前ばかり気に掛けて優先する
のが気に食わなかったらしいな。俺にはお前
がどうこうと言うより櫻井の態度のせいだと
思えるが」
「翔くんは世話好きで優しいからどんくさい
おいらの面倒を見てくれただけだ、悪いとこ
なんてないよ」
「どうかな、あいつの態度はあからさまだか
らな。明らかに態度が違うのがわからないの
か?特別な存在には大層懇切だが、そうでな
い奴には粗略だぞ」
「粗略って?」
「ぞんざいでいい加減ってことだ。強いて言
うなら俺に対するあいつの振る舞いだな」
「翔くんは先生に礼儀正しいよ」
「お前が関わらない教師にはな。外面が良い
んだよ」
「 ??? 」
渡海先生の言っていることがわからない。
翔くんは誰にでも親切で礼儀正しい、生徒会
長の鏡みたいだと思うけれど?
「お前、特別扱いされてる自覚がないのか?
それはそれで凄いな。そんなんじゃ櫻井は浮
かばれねえけど」
「先生の言ってる意味がわかんねえよ」
浮かばれないってどーゆうことだ?
翔くんに特別扱いされてるとか、そんなの思
った事もないし。兎に角今は主犯格のおいら
を憎んでるっていう奴と話す事が先だ。
でも渡海先生は教えてくれそうもないから、
自分で考えるしかない。
あの三人に関わりがあり、誰よりも翔くんに
優先されたいと願っている人
そしておいらを良く思っていない、憎んでい
る人物………
…………………………………………………………いた。
思い当たる人がいる。
翔くんの一番になりたくて、おいらを邪魔だ
と思っている…
何度かキツい憎悪に満ちた目で睨まれた
そして、あの三年の女子達と関わりがある
あの子達は一番最初に何て言いがかりをつけ
て来た?
後輩と翔くんの仲を邪魔するなって言ってき
たよな。
ラクロス部の後輩で翔くんに関わりがあるの
は一人しかいない。
翔くんの彼女、茂部という子だけだ。
先生は逆恨みと言ったけどおいらのせいで翔
くんとの仲に亀裂が入ったなら、恨まれて当
然だろう。
だったらやっぱりおいらがあの子と話さなけ
ればいけない、責任は翔くんではなくおいら
にあるんだ。
翔
先輩との話で結構な時間を食ってしまった。
保健医が智君を何の用事て呼び出したのかも
とても気になる。
あいつは智君を気に入っているようだし、油
断ならない。
密室に二人きり、なんて考えただけで無体を
強いられていないかと気が気でないんだ。
智君の教室から保健室までの通り道はここし
かない、すれ違っていないからまだ保健室に
いるのだろう。
俺は焦りながらも不審人物はいないか辺りを
見渡しながら保健室へと急いだ。
コンコン……
保健室につき一応礼儀でドアをノックしてか
ら返答も待たずに踏み込むと、中にはゆる~
く椅子に座る保健医と驚いた表情でこちらを
見る智君がいた。
「智君、大丈夫?何もされてない?!」
「俺がこいつに何をするって言うんだよ」
智君に駆け寄り乱れた所はないか姿を確認し
ていると、憤慨したように保健医が言う。
「先生は茫洋とした人ですから、信用出来ま
せん。智君が無事ならそれでいいんです」
「お前は俺を何だと思ってるんだ、こんなガ
キに手を出す程日照ってねえ」
それを聞いて安心した。この保健医は性格は
アレだが見た目はかなり良い方だ、確かに女
性が放っておかないだろう。
「翔くん何を言ってんだ?そんで、どうして
ここに来たんだ?何か用か?」
保健医への疑惑が落着した所へ、智君が怪訝
な顔で訊いてきた。
「あなたを探して来たんだよ。身体は大丈夫
か様子を見たいってラインを送ったでしょ」
「おいらは来るなって送ったけどな」
「だって心配だったんだもの」
病み上がりで身体の心配もあったけど、それ
よりも危害を加えられないかという危惧があ
ったんだ。それは言えないけどね。
「翔くんおいらは大丈夫だから、 もう世話
を焼かなくてもいいよ」
「なぜ?どうしていきなりそんな事を言うのさ」
「そうしないと翔くんが誤解されるから」
「誤解?」
「おいらの側にいるとホモだって誤解されち
ゃうからな…」
俺から目をそらし、申し訳なさそうに言う。
でもそんな事は智君が気にすることじゃない
云いたい奴には言わせておけばいいんだ。
「俺はそんな噂なんて気にしない。それに同
性同士で付き合うのも悪いとは思わないよ。
だって好きになるのはその人自身であって性
別に恋するわけじゃないだろ?」
それがあなたに恋をする俺の気持ち
ただ恋した相手が智君みたいなノーマルな人
だと、そんな想いは迷惑かもしれないけど…
「…おいらだってそう思うよ、でも翔くんは
彼女だっていたんだし違うだろ?だから変な
噂で迷惑かけたくないんだよ。
ていうか、彼女と別れたのだってその噂が原
因なんだろ」
どうやら智君は、俺が茂部と別れたことを自
分の責任だと勘違いしているようだ。
このままではいけない、
それは違うと言っておかなければ、どんどん
俺から離れて行ってしまう。
でもどこまで真実を話していいのか…
この重い気持ちまで話してしまったら、やは
り距離を置かれてしまうんじゃないか?
「違うよ、別れたのは智君のせいじゃない。
本当は彼女の事が好きで付き合っていたんじ
ゃないんだ、俺が浅はかだったんだ」
「浅はか……?」
「そう。自分の気持ちを深く考えずに彼女の
告白を受けてしまったから」
まぬけにも智君への想いをずっと親愛だと思
い込んでいた、それ故の愚鈍な行動であなた
をひどい目に遭わせてしまったんだ。
「あの子の事が好きだから付き合ったんじゃ
なかったの?どうしてそんなことしたんだ」
「それは……」
真実を話した方がいいのだろうか…
俺の中で熱く燃えている想いを告白する?
でも、それによって智君に引かれたら…
駄目だ、今は智君を護る時なのに距離をとら
れたらそれが困難になってしまう。
やはり言っては駄目だ。
「それは………」
ではこの場をどうやって切り抜けたらいい?
長い付き合いで俺の事を知り尽くしている智
君に下手な嘘は通用しない。
そら音は許さないとばかりに、智君は強い眼
差しで俺を見ている。
身から出た錆、まさにその状況だ。
「お前ら五月蝿え、痴話喧嘩なら他でやれ」
蛇に睨まれた蛙のようになっていた俺に、思
わぬ人物からの助け船が入った。
「先生、痴話喧嘩ってなんだよ」
「そ、そうです、これは痴話喧嘩じゃない」
まさに渡りに船、俺は有り難くその船に乗る
ことにした。
「そりゃ失礼、でも五月蝿いことに変わりは
ない。大野との話も終わったし、さっさっと
教室に戻れ」
保健医はそう言うと椅子を回転させ俺達に背
を向けた。出て行けと言うことだろう。
話が逸れたところで『おいらはまだ先生と話
がある』と留まろうとする智君の背を押して
ドアを開けた。
「あ、櫻井は待て」
保健室を出ようとした時に俺だけ呼び止めら
れる。振り返って見ると保健医がニヤリと笑
っていた。
「俺に何か用事でも?」
「大事な話があるんだよ、お前にとってな」
「俺にとって?」
俺にとって大事な……ああ!
智君のことだとピントきた、俺だけ指名とい
うのは智君には聞かせたくない話か
「少し先生と話すから、悪いけどここで待っ
ていてくれる?」
廊下に出た智君にそうお願いして、俺だけ保
健医の側へと戻った。
「大事な話ってなんですか?智君が待ってい
るので早くして下さい」
「お前、助けてやったのに偉そうだな」