お山の妄想のお話です。




翔くんに画鋲の事がバレていた。

たぶん水を掛けられた事も知っているんだろ

うな。


情報源はきっと菜々緒ちゃんだ。

画鋲の件を話したなら水の事だって話してい

るばずだし。


心配をかけたくないから黙っていたのに、結

局は知られてまた面倒をかけた。

おいらダメな奴だよな…





朝、皆に囲まれて色々訊かれた。

どうして休んだのか、何故翔くんが教室まで

来たかとかね。

休んだのは風邪で熱が出たって答えられたけ

ど、翔くんがどうしてここまでついて来たか

なんておいらだってわかんねえよ。


そんな時に廊下で翔くんと菜々緒ちゃんが親

密そうに話してたりしたから、『あの二人付

き合ってるの?だからここまで会いに来たの

かな』『王子とマドンナ!最強!』なんてち

ょっとした騒ぎになった。


そう言われて見ると成る程、美男美女…

お似合いだ、もしかして翔くんは菜々緒ちゃ

んと付き合うために彼女と別れたのかな。


………なんてな、そうじゃないのは一目瞭然。

真面目な表情で話す二人に甘いムードなんて

全くないもの。


じゃあいったい二人は何を話しているんだろ

う?何となくおいらの事のように感じた。

だって会話しながらも然り気無くこっちをチ

ラチラ伺ってるし……


おいらが聞いちゃ駄目っぽいから、二人の近

くへは行かない。

気になるけど席に座って、周りで皆が騒ぐの

を聞いていた。


暫くすると話が終わったらしい菜々緒ちゃん

が戻って来た。

わいわいと皆が冷やかしてくるのを『部活の

予算の話をしただけ、他に何があるっていう

のよ』とバッサリ切り捨てておいらに寄って

くる。


「おはよう大野君、身体はもう大丈夫?」

「うん、もう平気」

「良かった、でも無理はしないでね」


そう言ってにっこりと微笑む。

おいらを気遣ってくれる優しくて強くて綺麗

な女の子。

本当に菜々緒ちゃんが翔くんの彼女だったら

良かったのに、そしたらこの想いを諦めて心

から二人を祝福できたはず。


絶対に敵わない完璧な相手に完膚なきまでに

叩きのめされれば、こんなふうにずっと未練

を引きずることもないだろうにな…





一限目が終わっての休み時間、おかしな事が

あった。

廊下からひとりの女子がチラチラとおいらを

見るんだ、何か用事があるんだろうか?

ずっとそうしているから気になってしょうが

ない。


でもおいらから行くのは違うだろうな、だっ

てもし用があるのがおいらじゃなかったら恥

ずかしい。自意識過剰だと笑われる。


それによく見たらあのこ、前に翔くんの彼女

の事で文句を言いに来た中の一人だ……

今度は別れたのをおいらのせいだと責めに来

たのか?


それに関しては言いがかりじゃないけど…

でもわざわざ自分から地雷を踏みに行くこと

もないだろう。

だからあのこが何かアクションを起こすまで

放っておくことにした。


休み時間中、彼女は教室に入ろうとしては止

めてを何度か繰り返していた。

その間に短い休み時間は過ぎていき、結局何

もせずに自分のクラスへと戻って行った。



二時限目が終わっての中休み、彼女は再びや

って来た。

そしておいらと目が合うと、何かを決意した

ようにぐっと唇を噛み締めてこっちに向かっ

て来る。


やっぱり文句をい言いにきたのか?それとも

別の用件か?

その様子だけでは判断がつかない。

でも楽しい話ではなさそうだから、おいらは

身構えた。


「……大野君」

「なに?」


とうとう目の前まで来て名前を呼ばれた。

警戒しつつ返事をすると彼女は神妙な面持ち

で話を続ける。


「私、大野君に謝ろうと思って来たの」

「謝る?」

「そう、私あなたに酷いことしたから…」


責めに来たのだと思っていたのに謝罪だなんて、予想外の言葉に驚いた。


「酷いこと?前にここで言ったことかな?」


翔くんの彼女に気を使えとか、おいらが二人

の邪魔をしてるって責めたこと。

それを謝りに?


「それもあるけど、他にも謝りたい事が…」


彼女が言いかけた時、廊下にドタバタと足音

が響き女子二人が険しい表情で教室に飛び込

んで来た。

そしておいらと話している子を見つけると怒

鳴りたて、腕を掴んで連れ出そうとする。


「ちょっと!なにやってんのよ!!」

「勝手なことしないで!こんな事がバレたら

どうなるか分かってるでしょ!」


そんな二人に屈せず彼女も言い返す。


「わかってる!でも先生にだって見られてる

んだから隠しておけないよ!」

「そうだけどっ!あっちをバラされるよりは

マシでしょ!!」

「どっちも同じよ!どうせあの子は全部を私

達に押し付けるつもりよ!だったら言いなり

になるなんてもう嫌なの!」


目の前で揉み合い激しく言い合う三人。

何事かとクラスメイト達の視線が集まるなか

おいらはどうすることも出来ないでいた。


「騒ぐのを止めなさい!」


その時、凛とした声が教室に響いた。


「他所のクラスで騒ぐなと前も言ったはずだ

けど」

「………荒井さん」


菜々緒ちゃんはツカツカと三人に歩み寄り、

厳しい表情で腕を掴んだ手を外すと強い口調

で言った。


「仲間割れなら他でやって、でも無理矢理連

れて行くのは感心しないわね」

「仲間割れって…そんなんじゃない」

「じゃあ何なのよ?あんた達の会話はそうと

しか聞こえなかったわ。皆もそう感じたでし

ょう?」


傍観している皆をぐるりと見渡して訊くと、

クラスメイトはそれに答えた。


「そうだな、仲間割れは醜いぞ」

「隠しておけないとかバレるとか、悪事?」

「なんならここで全部ゲロしていったら?」


口々に言われて居たたまれなくなったのか、

後から来た二人は泣きそうな顔で教室を出て

行き、おいらに謝りたいと言っていた子は菜

々緒ちゃんが廊下へと連れて行った。


暫くそこで会話して、その子は菜々緒ちゃん

に小さく頭を下げるとどこかにいってしまっ

た。


おいらに謝りたい事ってなに??

結局彼女が何を謝りたかったのか分からず終

いだ。





四時限目が終わり昼休みになり、おいらは今

まで嫌がらせが無かったことに安堵しながら

弁当を食べていた。

中休みに一寸した騒ぎはあったけど、あれは

おいらに関係なさそうだしね。


するとピロリとラインの着信音がした。

見てみるとそれは翔くんからで、おいらを心

配する内容だった。


『智君、体調はどう?食欲はある?何かおか

しな事は起きてない?』


体調は良い、メシはうまい、妙な事も起こっ

てない。

翔くんは心配性だな、でもおいらは子供じゃ

ねえから心配は無用だ。


『ない』


長々打つのが面倒なので簡潔に返信した。

するとすぐにまた着信がきた。


『本当に大丈夫?』

『智君は心配させないように平気で嘘をつく

から信用できないよ』

『声が聞きたいから電話していい?』

『やっぱり会って確かめた方が確実だから、

そっちに行ってもいい?』


続け様に入る文字。

心配してくれるのは有難いし嬉しいよ

でも、これじゃあ心配性の彼女みたいじゃん

……翔くん、うぜえよ


『来るな、電話もするな』


そう送って電源を切った。

心配されるのもかまってもらえるのも、本当

は嬉しいよ。でもさ、駄目だよね。

おいらにベタベタしたら、翔くんまでホモ扱

いされちまう。

おいらのせいでそんな不本意な噂を流された

くないからな。


でも翔くんの性格だと、来るなと言っても必

ず来るはずだ。さっさと弁当を食べて教室か

ら出ないとヤバい。


そう思い急いで弁当を食べていると校内放送

が入った。


〖三年の大野  智君、保健室まで来て下さい〗


おいらへの呼び出し…

保健室って、渡海先生か?

どんな用かは知らないけど丁度いい、これを

聞いたら翔くんはここに来ないだろう。


でも教室から離れて人の少ない保健室まで行

くのは用心しなきゃいけないな。

保健室までの道中にはあの階段があるから。


まあ、同じ手を二度使うとは思わないけど、

用心するに越したことはないから。









転ばぬ先の杖