お山の妄想のお話です。




学校のロータリーで車を下り二人並んで昇降

口へと向かった。


俺は智君の家から浮かれていたが、智君はず

っと苦虫を噛み潰したような顔をしている。

多分『来るな』と言っていたのに迎えに行っ

た事を怒っているんだろう。


しかし俺だってそれを受け入れる事は出来な

いから、どんなに不機嫌になられようと迎え

に行くんだ。


それに今は智君を護るためもある。

俺の知らない所で、また傷つけられでもした

らと思うと1秒だって離れたくない。

でもそれは無理だから限界までは側にいさせ

て欲しい。

そんな理由を知らない智君は『うぜえ』と思

っているだろうけどね。



昇降口に入り何時もなら左右に別れ自分の下

駄箱に向かうけれど、今日はそのまま一緒に

智君の下駄箱へと行った。


何故着いてくる?と怪訝な顔の智君。

俺は知らん振りで智君より先に彼の靴入れを

開けた。

そして不振な物は無いか中を確認し、上履き

の中にも異物が無いことを確かめてから智君

に場所を譲った。


俺の行動の意味が分かったのか、智君はばつ

の悪そうな顔をした。


「………知ってたの?」

「うん、荒井先輩から聞いた」

「…そう。でも何で翔くんが中を確認するの?

おいら自分で見れるし」

「……ごめん。でも、どうしても確認したかっ

たんだ」

「どうしてだよ、翔くんには関係ないじゃん」

「あるよ、俺が悪いんだもの」

「翔くんが?違うよ、おいらの自業自得さ」

「それこそ間違いだよ…」


理由を言ってしまった方がいいのかと逡巡し

ている間に智君は靴を履き替えてしまった。


「翔くん、いつまでここにいるの?おいら教

室に行くけど」


さっさと歩きだす智君に『30秒だけ待って!

」と叫び自分の下駄箱へと走った。

上履きを引っかけて急いで戻ると、智君は律

儀に待っていてくれた。


「待っててくれてありがとう。じゃあ、行こ

うか」

「へっ?!翔くん何処行くんだ?!」

「ん?智君の教室だけど」

「何でだよ!お前2年だろ、自分の教室に行

けよ!」

「だって智君病み上がりだし、何かあったら

大変だろ」

「ただの風邪だろ!治ったし何もねえから着

いてくんなよ!」

「まあまあ、そう言わずに」


嫌がる智君を適当にいなしながら、それでも

俺は智君を教室へと送った。



智君が教室に入るのを見届け、今朝は何も起

こらなかった事に安堵して踵を返す。


「櫻井君!」


しかし数歩歩いた所で呼び止められる。

振り返ると荒井先輩が廊下で手招きしていた


「どうかしたんですか?」


近付くと、先輩は教室の中を気にしつつ窓際

へと移動した。

人の目を気にした?それとも智君に聞かれた

くない話しなのか?


「あのね、さっきあの中の一人が教室に来た

の」


『あの中』とはきっと智君に嫌がらせをして

いる三人ということだろう。

その中の一人が何故?単独で何かやらかす気

なのだろうか。


「何をしにですか?また良からぬ事をしよう

としてでしょうか?」

「私もそう思って警戒していたんだけど、ど

うも様子が変で。おどおどしながら教室を覗

き込んでいたから声をかけてみたの。そした

ら『今日も大野君はお休みなのかな』って訊

かれたのよ」

「…登校してるか確認に来たのか、やっぱり

今日も嫌がらせをするつもりなんだな!」


何て不埒な奴等だ!と憤ると、先輩は『それ

がちょっと違うみたいなの』と不可解な面持

ちをした。




荒井


朝練を終えた私が教室に入ると、いつも必ず

席に突っ伏して寝ている大野君の姿がなかった。


普段ならとっくに登校しているはずの時刻

また今日もお休みなのか…

熱で赤かった大野君の顔を思い出すと胸が痛

い。


今日もお休みなら後で櫻井君に容態を訊いて

みようかとぼんやり考えていたら、廊下から

チラチラと中を伺う人の姿が目に入った。


クラスの誰かに用事かな?だったら入って来

ればいいのにそれが出来ない様なら取り次い

であげようと瞳を凝らすと、それは昨日聴い

た録音の会話をしていた一人だった。


大野君がいるか確認に来たの?!

そう最初に頭に浮かんだので警戒しながらそ

のまま見ていると、段々様子がおかしい事に

気がついた。


その子はおどおどしながら教室内を見回し、

そして最後に大野君の机の方を見て辛そうな

表情をしている。


あれは?どういうこと?

気になって、肩を落としその場を去ろうとす

るその子呼び止めた。


「ねえ、何か用があったんじゃないの?」

「あ、荒井さん……」


その子は以前大野君に言いがかりをつけに来

た時の事を思い出したのか、恐々と私を見た


「誰に用?呼んであげようか?」

「いえ、あの……」


言いづらいのか口ごもり下を向く。

少しの間俯いたままだったけれど私が動かな

いのに観念したのか、顔を上げると意を決し

たように言った。


「大野君は…今日もお休みなのかな…」

「まだ来てないけど、どうかしら」

「昨日のお休みは風邪だって聞いたけど、そ

んなに具合が悪いの?」

「さあ、でも一昨日は熱で大変そうだった」

「………そうなんだ」


苦しそうに言うとまた俯いてしまう

やっぱり彼女の態度はどこか違う気がする、

今までの事を悔いているような感じだ。


「あなた大野君に何かしたんでしょう?」


そう問いかけると彼女は驚愕の表情を浮かべ

顔を上げた。


「知ってるの?私達がしたこと…」

「ええ、一通りはね」

「荒井さんは全部知ってるのね…」

「他にもいるわよ」

「そっか。そうだよね、悪いことをしてバレ

ない訳がないよね。今更だけど私大野君にし

た事を後悔してるの、本当に酷いことをしち

ゃった…たとえ自分を守るためでもしてはい

けないことだよ」

「そうね、自分のために人を傷つけるのは最

低なことだわ」


彼女はとても悲痛な表情で言ったけれど、ど

んな理由であれ許される事じゃない。

私は厳しく咎めた。


「最低なのは分かってる、だから大野君に謝

ろうと思って来たの」

「そう…」

「でも大野君いないから、また後で来ます」


目を涙で滲ませた彼女はぺこっと小さく頭を

下げると、重い足取りで戻って行った。





「本当に反省してるみたいだったわ」


荒井先輩は言うが、そんな事を鵜呑みには出

来ない。

裏には茂部がいるんだ、そう演技しろと言わ

れたのかもしれないし。


「俺にはそいつが本心で言っているのかわか

らないし、今までの事を考えると演技という

可能性も捨てられません」

「そうよね」

「ですから、そいつの行動を注視してもらえ

ますか?」

「わかったわ」

「お願いします」


先輩にそう頼み、教室の中の智君をもう一度

見てから自分の教室へと向かった。


2年の校舎はここから離れている、ダッシュ

しても二分はかかるだろう。

俺は歩きながら有事に直ぐに駆けつけられる

ように、何通りものルートを思案した。


だって智君を護るためには必ず間に合わなけ

ればいけないから