お山の妄想のお話です。





何時もの起床時間より大分早く目覚めた。

目覚めたと言ってもしっかり眠っていたわけ

じゃない。


だって目を瞑ると智君の苦しそうな顔が浮か

ぶんだ。

熱のせいで赤い顔や浅くて速い苦しそうな呼

吸を思い出すと可哀相で、なにもしてやれな

い自分が不甲斐なく腹立たしくて…

ウトウトはしても眠ることなんて出来なかっ

た。





どんな容態か知りたくて、いつもより大分早

い時間だったけれど智君の家へと行きおばさ

んに様子を訊いた。


熱は下がったかようで顔色も良く呼吸も落ち

着いている。だけど今日は大事をとって学校

は休むそうだ。


それを聞いて俺はやっとホッとした。

本当は顔を見たかったけれど朝から他所のお

宅に上がり込むなんて非常識なまねは出来な

いから、昨晩買った見舞の品を渡して学校へ

と向かった。



智君はきっと休みと踏んでいた、だから今日

の内に智君に水を掛けた不届き者を確定して

制裁を加えようと考えていたんだ。


犯人を必ず見つけて目には目を的に仕返しを

するつもりでいる。

倍返しでもかまわないだろう、それだけの罪

を犯したんだから。


でも優しい智君は報復なんて望まない…

いたらきっと止められるから不在の時に決行

するんだ。



………犯人の目星はだいたいついている。

でも、証拠がない。

憶測だけで断罪はできないから、どうにかし

て裏付けをとらないと…


そのために保健医と荒井先輩に話を訊こうと

思い、人の少ない早朝を選んだ。


保健医は……こんなに早く出勤していないかも

しれない。いや、きっと来てないだろう。

でも荒井先輩はバレー部の朝練があるからい

るはずだ。


先輩は智君と同じクラスだから、智君の身に

起こった俺の知らない事態を知っている。

それを聞いて証拠を探したい。



教室に入り自分の席に荷物を置いてから、ま

ず保健室を覗きに行った。

もしかしたら奇跡が起こって、保健医がいる

かもしれない…

しかしそんな俺の願いを見事に裏切り、やは

り保健室は無人だった。


想定内だったのでそのまま体育館へ向かう。

体育館からボールの音や掛け声が聞こえてき

て朝練をやっているのがわかる。


入り口から中を覗くと丁度近くに同じクラス

の女子がいたので先輩を呼んでもらうように

頼んだ、すると荒井先輩はすぐに俺の所へと

来てくれた。


「おはようございます。部活中にすみません」

「おはよう、こんなに早くどうしたの?」

「先輩に訊きたいことがあって来ました」

「……大野君の事ね?」

「はい」


荒井先輩はとても察しの良い人で、その話を

するのに周りに人がいるのを嫌って外へと出た。


「何を知りたいの?」

「……智君に起こったこと、全てです」

「私、口止めされているのよ?」

「わかってます、でもそれを曲げてお願いし

ます。どうしても智君に何が起こっているの

か知りたいんです、だってそれは俺のせいな

んでしょう?だったら俺には知る権利がある

はずです」


俺には知る権利がある。

そして俺の責任において解決しなくてはいけ

ないんだ。


「それを知ってどうするつもり?相手はあな

たよりずっと強い人かもしれないわよ?」


荒井先輩は俺を探るように訊いてくる。

この人はきっと智君を想う俺の気持ちに気付

いている、そして試しているんだ。


「それがどんなに強い奴だとしても、俺は命

に代えてでも智君を護ります」

「本当に?じゃあ逆にとてもか弱い女の子だ

ったらどうするの?」

「どちらでも同じ、智君を護ります」


智君に仇をなす奴を許しはしない。

たとえそれが『か弱い女の子』だったとして

も。


「どうやって?やり方を間違えたら非難され

るわよ、生徒会長としての信頼も失うかもし

れないし」

「たとえ信頼を失くしても俺は智君を護りた

いんです。大切な人のためなら何を犠牲にし

てもかまわない、そういうものでしょ?」


俺の言葉を聞いた先輩の綺麗な顔が、少しだ

け悔しそうに歪んだ。


「…そうね、同感だわ」


先輩が俺の気持ちに気付いたように、俺も先

輩の気持ちに感付いている。

俺と同じ思いを智君に抱いているんだ。

先輩はとても素敵で素晴らしい人だけど、絶

対に譲ることはできない。


「だからお願いします」

「…分かったわ、知っている事は話します」

「ありがとうございます」

「その代わり必ず解決して。もしあなたが出

来なかったら、私がやるわ」


『その時は、清く諦めて』そう言われた気が

した。


「心配には及びませんよ、必ず解決して……

罰も受けさせるつもりですから」


『智君は誰にも渡さないし、必ず俺が護る』

そう意を込めて荒井先輩へと返した。


先輩は『こいつ生意気』と思ったんだろう、

少しムッとしながら事の顛末を話してくれた


茂部さんの先輩達が智君を責めたこと

上履きの中の画鋲、

それから、水だ。


「大野君がビショ濡れで教室に戻って来た時

は何があったのかわからなかったわ。濡れた

理由を訊いても言わないし、でも私は画鋲の

件があったから嫌がらせだと思った。それで

休み時間に保健室までのルートを辿ってみた

ら階段にバケツと水溜まりがあったの」


階段と水溜まり……保健医の言葉と同じだ。

智君はやはりあそこで水をかけられたのか


「とても悪質だったから、画鋲と同じ人間の

仕業だと直感したわ。だけどそれだけじゃ犯

人はわからない…でも、生徒会室であなたが

彼女と別れたことと、彼女の言葉でピンとき

たの」



『あれで…やわなのね』



茂部さんのあの言葉

やはり先輩も俺と同じ見解なんだ。


「茂部さんが犯人だと?」

「あなたも気付いたの?」

「はい、家に帰ってから色々と推理して」

「そう…、でも断定は出来ないのよね。証拠

がないから」

「そうですね、裏付けが必要です」


確固たる証拠がなければ、彼女は限りなく黒

に近いグレーと言うことになる。


罰するためには、証拠か証人が必要だ。

誰でも使える学校の備品のバケツや画鋲では

証拠になり得ない。

後は証人しかいないだろう。


普段から人気のないあの場所に、他に誰かが

いた可能性は低いけれど探してみようと思う


智君への嫌がらせを終わらせるにはそれしか

ないのだから。










自白もあるよ