お山の妄想のお話です。





ぽとり


頬に何かが落ちた。


ぽとり、ぽとり


それは続けざまに落ちてきた。


雨か…?


ならば大切な人を濡らしたらいけない

微睡みから抜けきらない頭でそう考え、雨か

ら智君を守るためにもっと身体を胸に引き寄

せようとした。


あれ?


でも腕の中はすかすかで、愛しい温もりが感

じられない。

二人で至福の時を過ごした後、確かにこの腕

に抱きしめていたはずなのに……


あれは俺の願望が見せた夢だったんだろうか

いや、そんなはずはない。

だって俺はあの時の全てを覚えているんだか

ら……じゃあ、何故今腕の中に大切な人はいな

いんだ?



「少し離れようか… 翔君」



智君の声に、いきなり覚醒した。

バチッと目を見開き、腕の中を確認したが智

君はいない。

その時また頬に水滴が落ちてきて、見上げる

とそこには酷く辛そうな智君がいた。


水滴は止めどなく智君の瞳から溢れて、俺を

濡らす……

これは、涙…

智君が泣いてる?!


「智君!泣かないで!」


飛び起きて抱きしめた。

どうしてそんなに辛そうに涙を流しているの

か全くわからないけれど、愛しい人の涙は痛

い程俺の胸を締めつける。


でもどうしてか、智君は腕から逃れようと踠

くんだ。

どうして?俺は智君に何かしたのか?


いや、ナニかはした。

確かにした。


好きな人との恐悦至極の時間、まさに天にも

昇るような心地を味わった。

それは智君も同じだと思っていたのに、違う

のか?!


もしかして、快くなかった?

俺、調子に乗ってやり過ぎた?

それとも、俺が思っているほど上手くなかっ

たとか!!


「どうして泣いてるの?俺に話して」


涙の理由を知りたくて訊くと、智君は踠くの

を止めて俺を真っ直ぐに見た。


「俺達少し離れようや…」

「…………え?」


智君はきっぱりと言った。

それを聞くのは二度目だ…

一度目は空耳だと思っていた、だってそうだ

ろあんなに幸せな時を過ごした直後だぞ。


今の言葉だって信じられないよ、でも智君は

『大事なことなので二度言いました』然とし

た真剣な顔をしている。


この状況の意味がさっぱり分からない

どうして?

どうしてなんだ?

理由を聞いても『翔君、わかるだろ』『自分

の胸に聞いてみろよ…』なんて答えしか返っ

てこない。


わっかんねーよ!!

胸に訊いたってドキドキと死ぬ程速く脈打つ

だけで答えなんて見つからない!

正にパルプンテ状態だったが、このままでは

駄目だと必死に自問自答を繰り返した。


結果。


これは智君が俺の愛を確かめるために出した

試練だということに気づいた。


『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』


本当に深い愛情をもつ相手にわざと試練を与

えて成長させる、そういう事だろ。

何を成長させる気か?

智君に対する愛情?

それはもう限界突破、振りきってます。

他ならテクニック?持久力か?

それなら改善の余地はありそうだ。


「智君が望むなら俺は試練に打ち勝って、き

っとあなたを満足させる男になる!」


『海賊王に、おれはなる!』ばりに宣言する

と、智君は腕を払いのけ俺をポイっと転がす

とベットの上で仁王立ちになった。


おお♡

見上げるとアングル的に絶景!

智君、秘密の場所が見えてますよ♡


「おい、ふざけんじゃねえ」


しかしその魅惑スポットの上にはお不動様の

如く恐ろしい顔があり、背後には怒りの炎ま

で見えるようだった。

今までの儚い泣き顔は綺麗さっぱり消えてい

る。


「ちょっと待って!今度はどうして怒ってる

の!」


智君の言動は訳がわからな過ぎるよ。


「そりゃ怒るさ!翔君のためを想って辛いけ

ど別れようって言ってるのに!おめえふざけ

過ぎなんだよ!!」

「別れるって!どうしてそうなるんだよ!」

「だって、おめえが本当に好きなのは俺じゃ

ねえだろっ!」

「あんたに決まってんだろ!何を根拠にそん

なこと言ってんだよ!」


『別れる』なんて物騒な単語が出てきて、俺

は取り消させようと躍起になった。

訳も分からなく『さよなら』なんて出来ない

し、どんな訳があったとしても別れる気など

毛頭ない。


「根拠だと!それを俺に言わせんのかよっ」

「言ってくれなきゃわかんねえよ!」


智君から怒りが消え、みるみる悲痛な面持ち

に変わっていった。

そんなに辛い何かを俺は愛する人にしてしま

ったのだろうか…


「名前……言っただろ」

「あなたの名前なら何度も呼んだけど…それ

が嫌だったの?」


まさかそんな事で?と首を傾げたところで智

君の口から想像を絶する言葉か飛び出した。


「俺じゃねえ、まさき…って…言った」


青天の霹靂だった。

何故ここで雅紀が出てくるのか、しかも俺が

奴の名を呼んだとか。


「絶対有り得ねえ!」


自慢じゃないが最中は智君の事しか考えてい

なかった、あなたを愛することに夢中で他の

事なんて考える余地もなかったし、あったと

しても雅紀のことなんて考えない。

これは、断言出来る。


「でも言った!最後の…」

「最後?」

「……翔君がイク寸前に」

「…………は?」

「まさきって…、翔君本当は相葉ちゃんが好

きなんだろ?俺はその代用品だろ?」


突拍子もない話しすぎて、もはやドッキリじ

ゃないのかと隠しカメラを探してしまった。

しかし普段と変わらない寝室だし、このマン

ションのセキュリティは万全だ。


何も話さずただキョロキョロ辺りを見回す俺

の行動を正解だと捉えたのか、智君はギュッ

と唇を噛みしめてから言葉を続けた。


「そんなでも俺は翔君が好きだ。でもさ、身

代りで抱かれるなんてやっぱり嫌だよ。だか

ら少し距離をおいてどうしたら一番幸せなの

かをお互い考えてみよう」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」


勝手に完結しようとするのに慌ててストップ

をかける、これは誤解でしかない。


「本当に俺は雅紀なんて言ってないから」

「………無意識だったんだろ」

「違う、俺はあんたの事しか考えてなかった

から他の奴を呼ぶわけない。それに俺には智

君しかいないんだ。誤解だ、きっと聞き間違

いだよ」

「聞き違いじゃねえ、ハッキリ聞いたんだ。

『ああ…まさき』って!」

「雅紀なんて絶対言ってない!」

「いや言った!恍惚な顔で!」

「恍惚!!」


智君が恍惚と言う言葉を知っていたとは驚き

だ。しかし最中のあんな激しい場面で俺の顔

を見る余裕があったことの方が驚愕だ。

俺はもっと精進する必要があるのだろうか




暫く『言った』『言わない』で相対していた

が埒が明かないので、それを再現する事にし

た。


智君を寝かせその上に覆い被さり、昨夜の手

順と同じにことを進める。

小さな唇にキス、耳朶や良い匂いの首筋に舌

を這わせ、胸のポッチや綺麗に割れた腹筋を

堪能してから、魅惑のスポットへ…


そして、詳しくは割愛するが二度目でも硬い

そこを解してトロトロにし、温かく狭い中へ

と分け入った。


馴染んだ頃にガンガン突き上げると吸い付く

ように絡みつき、締め上げられる。


ああ、昨夜と同じだ…

気持ちが良い、最高だよ智君…


「ああ、まさ…に…名器…」


無意識に言葉が漏れた


「あっ!それっ!」

「えっ!?」


急に智君が叫んだのでビックリして動きが止

まる。


「翔君が言ってたの…」

「んん?まさに名器?」

「……そう」

「………俺もこの言葉なら昨日口走ったかも…」

「ごめん、まさきじゃなかった…」


すまなそうにしゅんとするから『誤解が解け

たならいいよ』と優しく頬を撫で智君を安心

させた。


それから途中だったのを再開して激しく動き

二人で高みへと昇りつめていった……







腕の中、くうくうと可愛い寝息をたてる愛し

い人。

あどけない寝顔を見ながら誤解が解けたこと

に安堵していた。

疑いが晴れなかったら、こんな風に抱き締め

る事も出来なくなっていたはず。


しかし良かったと思う一方で課題も残った。

それは最中の智君の余裕さだ。

俺が夢中で我武者羅で恍惚な時に、彼は冷静

に俺を観察していた……


俺にはまだ智君を満足させる力量が無いこと

が明白となった。

これはもっともっと智君の性感を研究して、

満足してもらえるように努力しなければなら

ない。


智君を抱けて俺は天にも昇る気持ちだけれど

当の智君が不満のままなら、いつチェンジを

言い渡されるかわからない。

絶対に避けたい、由々しき問題だ。



何故そんな心配をするかって?

それは事が終わってのピロートークで『名器』

がどう言うものか教えていた時の智君がの呟

きが起因している。


『名器かどうかって、ヤッてみねえとわかん

ないんだな………案外翔くんも名器かも…』


智君はニヤリと笑った。


いくら他を優先してくれる智君でも、堪り兼

ねたら……

ぶるり、その後を考えて寒気が走った。


腕の中の温もりをギュッと抱きしめて、そん

なことにならないように頑張らなければと決

意する。


今は天国だけれど、地獄に転落することだっ

て有り得るんだから


人間、努力を惜しんではいけない







天国⇆地獄









なんやこれ…

自分がアホな事を実感

しましたm(_ _)m