お山の妄想のお話です。




「行くよ!」


かあちゃんに一声かけて家を出た。

今朝は無茶苦茶早い時間に登校することにし

たんだ。

ノロノロしてたら翔くんが来ちまうじゃん。





昨夜相葉ちゃんとのスイーツ部の後、翔くん

が居るんじゃないかとビクビクしながら家に

帰った。


だって会いたくなかったから。

相葉ちゃんとの関係を訊かれるのは面倒臭い

し、誤解されたままならそれでもいいと思っ

ていた。


それで少し距離を置いて貰えれば、おいらは

何とかこの気持ちを抑える事ができる。

少し淋しいけど、彼女とラブラブな姿を見な

くて済むし必要以上に嫌われることもないだ

ろう。

それに『翔くんには関係ない』なんて言っち

ゃったから、合わせる顔もないしね。


そろりと道の角から様子を伺って、玄関付近

に人影がないのを確認するとダッシュで家に

飛び込んでそのまま部屋へと籠った。


部屋の明かりをつけ、ベットにへたり込んだ

ところでピロン♪とスマホが鳴った。

タイミングが良すぎて嫌な予感がした、『ま

さかな…』と思いながらLINEを開くと思った

通り翔くんからの着信だ。


『お帰り智君。

    今日は噂のせいで大変だったね。

    精神的に疲れただろうからゆっくり休んで

    英気を養ってください。

    この噂に関して皆の誤解を解くためには、

    まず俺にありのままを話して。

    そして二人で解決していこう。

    俺にとって智君は大切な人だから、そうす

    るのが当たり前の事なんだよ。

    だから関係ないなんて悲しいことは二度と

    言わないでね。

    では、明日の朝何時も通り迎えに行きます

     お休みなさい』


それを読みサーッと血の気が引いた


翔くん……怒ってる…

俺を思いやるような文面だけど、長い付き合

いから翔くんが本当に言いたい事がわかる。


要するに、

一晩猶予をやるから納得のいく説明をしろ。

これだけ俺に迷惑をかけておいて『関係ない

』とかふざけんな。

明日行くから逃げんなよ。


つー事だよな……

やベえ、やべえよ。

普段の翔くんなら何とか体を交わせるけど、

オコの翔くんは凄い勢いで話すし、理詰めで

くるから始末に終えない。

なんだか言ってはいけない事まで言ってしま

いそうで怖いよ


強制連行での登校も嫌だし、また彼女に睨ま

れるのも御免蒙りたい。


その場凌ぎだけれど、明日は翔くんが来る前

に家を出ることに決めた。





誰もいない道を早足で歩き学校へ向かう。


もしかしたら翔くんが追ってくるかもなんて

考えると超怖いけど、教室に逃げ込めば翔く

んは入って来れないだろうから安息の場へ急

いだ。


しかしおいらは失念していた、学校は24時間

開かれているわけではないことを。

いくらなんでも早すぎたのか校舎は静まり返

り、正門も閉ざされたままだ。


「入れねえ…」


おいら用務員さんより早く来たんか…

学校に入れないなんて想定外だ、どうする?

暫く途方に暮れていたが、ここにいるのは危

険だと思い駅前のファストフード店に身を潜

めることにした。




モーニングセットを持ち二階の窓際へと腰を

下ろす。

周りは出社前の会社員ばかりで、高校生なん

ておいら一人だった。


何だか場違いのような気もしたけど、おいら

は遅刻ギリギリの時間までここで時間を潰す

んだ。

仮に翔くんがおいらの教室付近で待ち伏せて

いても、予鈴が鳴ったら戻らなきゃならない

からね。


パンケーキをモグモグ食べながら路上を見下

ろすと、歩く人の中に少しずつ同じ制服が混

じってきた。


それをボンヤリ眺めていると、道の隅っこに

翔くんの彼女を見つけた。

まだ翔くんが通る時間より大分早いけど、今

迄ずっとこの時間からいたのかな?


愛…なんかな…

そうまでして好きな人と一緒にいたいのか…


おいらは翔くんが迎えに来てくれるのをずっ

と当たり前だと思っていたけど、翔くんは義

務と責任感で来てくれていたんだから

マジでもう解放してあげなきゃな…

あんな風に翔くんを大切に想ってくれている

人がいるんだし


チクチク胸が傷んで苦しかったけど、それで

翔くんが幸せになるんだからいいよなって自

分に言い聞かせた。



おいらが見たくもない彼女を何故かぼんやり

眺め続けていると、無表情でスマホを弄りな

がら時折辺りを見ていた彼女が急に笑顔にな

って歩き出した。

つられてその方向を見ると翔くんがいた。


彼女が近付き何か話しかけているけど、翔く

んはむっつりとして話を聞こうとしない。

喧嘩でもしたのかな?


もしかしておいらが先に行ったから、その怒

りが尾を引いてるとか?

だとしたらその態度は駄目だろ、彼女は関係

ないんだから。


翔くんが難しい顔のまま横をすり抜けようと

した時、彼女が翔くをの腕を掴んだ。

必死に何かを訴えているみたいだ、でも翔く

んは彼女を一瞥すると手を振り払って行って

しまった。


その時の翔くんは凄く冷たい表情で、彼女は

取り付く島もないようだった。

ひとりポツンと取り残された彼女は、俯きぎ

ゅっと手を握りしめている。


何だか可哀想だ…

『ごめん』と心で呟いたその時、不意に彼女

は顔を上げた。


「うわっ…」


それは般若の如く恐ろしい形相で、遠目で見

ていたおいらでも思わず仰け反る程のインパ

クトだ。

ふたりの間に何があったかは知らないけど、

あんな顔をするなんて相当なことが起こった

んだろう。


前から嫌な感じはしていたけど、あの娘なん

だかヤバイな……

翔くんの初めての彼女が、あの娘で大丈夫な

のかなって不安になった。


翔くんが心配になったんだ。




その後もファストフード店で時間を潰し、

遅刻ギリギリで学校に飛び込んだ。

予鈴も鳴った後だから当たり前だけど昇降口

には誰もいなくて、急がなきゃと下駄箱から

上履きを出した。


「痛っ!」


何時もと同じに足を突っ込んだら、足の裏に

激痛が走ったんだ。

痛みを堪えて中を覗くと画鋲が数個靴の底に

貼り付いていた。

痛みの原因はこれか!

それにしても何なんだ、昨日まではなんとも

なかったのに……


針の部分を摘み引き上げてみると、底に両面

テープで貼り付けてあるようだ。


……これは、誰がが故意にやったこと

おいらに悪意を持つ奴の仕業だろう。


はたしてそれは誰か?

色々と考えてみたが思い当たる人物はいない


人に恨みを買うほどおいらは目立つわけじゃ

ないし、イキってもいない。


じゃあ、なぜ?


……あの噂が原因かもしれない。

ホモとかゲイとか、受け入れられない人がい

るんだろうな。

世の中そんなに寛容じゃないんだ……


だったら尚更翔くんへの想いは隠さなきゃな

らないな。

翔くんがこんな目にあったりしたら申し訳な

くて、もう側にはいられないよ





画鋲→昭和の嫌がらせ