お山の妄想のお話です。
噂を無視していたら、とうとうおいらと相葉
ちゃんは一線を越えた関係になったらしい。
皆の想像力はスゲエな、なんて感心していた
ら友達に『お前はどっちだ?』ときかれた。
どっち?どっちて何だ?
意味が分からなくて首を傾げていると、周り
にクラスメイトが集まってわいわい言い始め
た。
「大野君もしかして意味がわからないの?」
「嘘だろ~蒲魚ぶってんじゃねえよ」
「あのね、ネコちゃんかタチかってこと」
「簡単に言えば攻めか受けだろ」
「ふぁ?なんじゃそれ?」
全くもって意味不明だ。
ネコって猫だろ?おいら人間だし。
タチって何だよ、太刀魚か?
「早く言えば抱く側か抱かれる側か、つーこ
とだよ」
その言葉でやっと理解できた、こやつらはお
いらが『どっち』か訊いていたのか……
相葉ちゃんをおいらが抱く……
……全然想像できない。
相葉ちゃんに抱かれる……
……それは完全に無いな
というか、おいらと相葉ちゃんは絶対にそん
な関係にならない。これは断言できる。
だってお互いをそんな風に意識したことはな
いし、何より相葉ちゃんはノーマルだ。
だって女の子大好きだしAVだって大好きなん
だから。
「大野君は可愛いからネコちゃんでしょ?」
「いやいや、こんなでも侠気はあるぞ!きっ
と攻めに違いない」
「いいえ、大野君は小さいから受け!」
「寝たら背の高さは関係ないだろ」
おいらが答えないから、今度は『どっち』か
の議論が始まった。
皆冗談で言っているのがわかるから、もう好
きにしてくれ状態だ。
放っておけばすぐに飽きるだろう。
皆が好き勝手言い議論が白熱する中、凛とし
た声が教室に響いた。
「皆いい加減にしなさいよ」
声のした方をおいらと周りの数人が見ると、菜々緒ちゃんが腕組みをしてこっちを睨んで
いた。
「大野君は変な噂がたって迷惑してるのに、
あんた達まで何を言い出すのよ!」
まさかの菜々緒ちゃんの喝に、皆があたふた
とし始める。
「菜々緒ちゃん怒らないでよ~、冗談なんだ
から~」
「そうだよほんの冗談、少しふざけただけ」
口々に弁解するがマドンナは許してくれなか
った。
「悪巫山戯も大概にして、大野君の気持ちを
考えなさい」
きつく咎め皆を席に戻らせると、菜々緒ちゃ
んは俺の前まで来た。そして厳しい表情で苦
言を呈した。
「大野君も言われっぱなしにするのは止めな
さいよ、間違った事は正さなきゃ駄目。
噂だって放っておけば何時かは収まるかもし
れないけど、その噂に翻弄されたり傷付く人
がいるかもしれないでしょ。
今回の噂だって相手がいるでしょ?その人に
迷惑をかけることにもなりかねないよ」
…そうだよ、おいらとデキてるなんて噂は相
葉ちゃんには迷惑だよな。
「ごめん菜々緒ちゃん、今度から気を付ける
よ」
「今度からじゃ遅いかもしれないよ」
「へ?」
「もう大変な思いをしている人がいるかもし
れないってこと」
「それって……?」
「多分大野君の側にいるんじゃないかな」
「おいらの側?」
その言葉に辺りをキョロキョロ見回したけど
該当するような人はいなかった。
「わかんね、もしかして菜々緒ちゃん?」
「うふふ、……違います」
「誰?教えてよ」
「それは自分で考えよう。その人がわかった
ら噂は違うって言ってあげて。その人には本
当の事を話した方がいいよ」
「んん?本当のこと?」
「そうよ。それが大野君のためにもなるはず
だから」
「おいらの?」
菜々緒ちゃんと話していると、帰りのHRのた
めに先生が教室に入ってきた。
話の途中だったけど菜々緒ちゃんも席に着き
HRが始まった。
先生の話を聞きながら、おいらはぼんやりと
考えた。
翻弄されたり、傷付く人……
大変な思いをしてる人…
そんな人がいるかな?
もしいるとしたら、それは……翔くんかな…
翔くんは優しいから、根も葉もない噂を流さ
れたおいらを心配しているだろう。
噂を信じた奴らに『ホモと幼馴染み』『もし
かしてお前もホモ?』なんて揶揄されている
かもしれない。
ごめん翔くん、迷惑かけて。
ますます翔くんに会わせる顔がないな…
翔くんに会わないうちに帰ろうとは思ってい
たけど、絶対に会わないようにしよう!
そう心に決め、おいらはHRが終わったら直ぐ
に教室を出ようと密かに帰り支度を整えた。
*
「やべっ!忘れてた!!」
HRが終わり先生より先に教室を飛び出し一番
に学校から出た。
うまいことに翔くんのクラスはまだHRが終わ
っていないらしく、鉢合わせすることもなか
った。
早く家に帰りたい一心で兎に角走った。
そして家の近所まで辿り着いた時に思い出し
たんだ、相葉ちゃんとの約束を。
それは昨日休みだったスィーツの店に二人で
行こうという約束だった。
AV鑑賞会の後、様子のおかしいおいらを励ま
すために相葉ちゃんが考えた『美味しいスィ
ーツを食べて気分をアゲアゲにしよう企画』
だ。
『美味しいケーキ沢山食べて、嫌な事は忘れ
ちゃお?』
そう言い優しく笑った相葉ちゃんの顔を思い
出す……
おいらのための約束なのに、すっぽかすなん
て出来ない。
「ごめん、今行くからね!」
目的地は待ち合わせ場所の駅前だ!
くるりと方向転換すると、もと来た道を全速
力で引き返した。