お山の妄想のお話です。
上靴のまま飛び出し、校門の外から校舎の方
を覗き込む他校の生徒へ走り寄った。
「君っ!」
「うえっ?!おれ??」
勢いのまま声を掛ければ、凄い形相でいきな
り現れた俺に彼は目を白黒させた。
驚いた表情をしているが、見てくれは中々良
い。背もスラリと高く手足も長い、所謂モデ
ル体型だ。
確かに噂通りのイケメン…
女子達は『昨日の人』と言っていたが、本当
にこいつが智君と抱き合っていたという人物
なのだろうか。
だとしたらこいつがここに居る目的はひとつ
しかない。
「そう、君は他所の生徒だよね?この学校に
何か用事があるの?」
「え、えと。人を待っているんだけど」
「誰を?その人の名前は?」
尋問のような強い口調で威圧すると、彼はた
じたじしながら答えた。
「お、大ちゃん、じゃなくて大野くん…」
大野……やっぱり
待ち人とは間違いなく智君…
こんな所までのこのこやって来て一体智君に
何をする気なのか。
「智君に何の用だ!」
「えっ?きみ大ちゃんの知り合い?!」
「俺は智君の幼馴染みだ!」
「わ~、そうなの~」
俺が智君の知人だとわかると安心したのか、
急に彼の緊張感はなくなりへらりと人好きの
する笑みを浮かべた。
そして馴れ馴れしい口調で話し出す。
「おれね駅前で大ちゃんと待ち合わせの約束
してたの、でも時間を過ぎても来ないからど
うしたのかと思ってここまで来ちゃったんだ~」
「待ち合わせ…」
昨日は泊まりになる程遅くまで一緒にいて、
それなのに今日もまた会う約束をしていたと
いうのか…
俺に返事も出来ないほど楽しく過ごして、ま
た今日も二人で……
言い様のない憤りで体が震えた。
「そうなの、まだ大ちゃん学校にいる?悪い
けどいたら呼んでくれない?」
彼は俺の発する怒りの波動に気付かないのか
図々しくもそう依頼してきた。
俺がそんな頼みをきく筈もない、なぜなら智
君とこいつを会わせたくないからだ。
それに校内で馬鹿な噂がたっている今、また
こいつと智君が一緒にいるのを見られたら噂
は悪い方向に尾鰭はひれに広がっていくだろ
う。それが簡単に予見できる。
噂は既に肉体関係まで進んでいるんだ、その
次は何になる?
学校から一緒に帰るから同棲か?
そして同性婚まで発展するのか?!
冗談じゃねえ!
こいつと智君がそんな仲だなんて、たとえ噂
だとしても我慢ならない。
だってそんな噂が流されるとしたら、それは
俺じゃなきゃいけないだろ。
智君の一番近くにいて誰より彼を想っている
この俺だ。
「悪いけど、それは無理だ」
「え?何で?」
「智君はもう帰った。だから待っていても来
ない」
怒りを押し殺し、目の前の奴をさっさと家に
帰らせることにする。
どうしても今晩は智君と話がしたい。
だからこいつと一緒に出掛けられるのはまず
いんだ。
「本当?!わ~、どこかで行き違っちゃたの
かなぁ」
彼は『駅からここまでは絶対にいなかったけど…』と首をかしげ考えている。
俺も授業が終わってすぐに帰っただろう智君
が、どうしてこいつと鉢合わなかったのか疑
問だ。
でも今は都合がいい。
「いつまでもここに居られると他の生徒に迷
惑だから、君はもう帰ってくれないか」
生徒に迷惑……物は言いようだな。
俺達を遠巻きに見ている奴らは迷惑なんて思
っちゃいないだろう。
ただ、俺とこいつの対峙を面白がって見てる
だけ。
明日の噂話のネタを探しているだけなんだ。
だからもっと多くの生徒に見られる前にここ
から消えて欲しい。
「迷惑……そっか、ごめんね」
辺りを見回し自分に注目が集まっているのに
気付くと、彼はすまなそうに言った。
そして体の向きを変えその場を離れようとした。
「………あれ?」
しかし何か思いついたのか、もう一度向き直
るとジロジロと俺の顔を見始めた。
「…ねえ、きみおれと会ったことある?」
「初対面だけど」
「だよね…でもどこかで見たような気がする
んだよなぁ」
俺の回りを移動しながら様々な角度で眺めたが、それでも思い出せないらしく首をかしげ
ている。
「もういいだろ、早く帰ってくれ。下校の邪
魔になる」
そいつの意図不明の行動と横を通り過ぎる奴
等の奇異の目にうんざりし、早々に立ち去れ
と促すが彼は考え込んだまま動こうとしない
苛つき、強制的に排除しようかと考えた時、
遠くから聞き慣れた声がした。
その方角を向くと、智君が手を振りながら此
方に向かって駆けて来るのが見えた。
「相葉ちゃ~ん、ごめ~ん」
「あっ!大ちゃん!」
俺の前に立ち塞がるようにしていた彼の陰に
隠れて、智君は俺に気付いていないようだ。
「おいら約束忘れて家の近くまで帰ってた~
途中で思い出して急いで駅に戻ったけど相葉
ちゃんいないし、もしかしたらって此方に来
て正解だった~」
この頃では俺には向けられたことのない、ほ
わほわ柔らかい口調。表情も優しい……
俺には見せてくれないのに、こいつには無条
件で披露するんだな…
やっぱり俺はこいつより格下なのか…
無情な現実を突き付けられた気がした。
「………さとしくん」
そのショックからか自分でも驚く程の悲愴な
声が出てしまった。
「翔くん……」
それを聞き智君はやっと俺の存在に気付き、
とてもばつの悪そうな顔をした。
俺はその表情をどうとらえたらいい?
ずっと連絡を返さなかった事を気まずく思っ
たのか、それとも何か疚しいことを隠してい
るのか。
「智君、昨日何で連絡をくれなかったの?
俺ずっと待っていたんだよ、それからこの人
は誰?どういう関係なの?」
今晩二人だけの時にと思っていたことだけれど、我慢できなくて訊いてしまった。
すると智君は逡巡し、それからしどろもどろ
に答えた。
「相葉ちゃんは友達だけど…」
その戸惑った様子が何かを隠しているようで
追求が止まらなくなる。
「本当に?」
「……どういう意味?」
「本当に友達?ただの友達なの?」
「……それ、噂が関係ある?」
しつこく訊くので、智君もピンと来たようだ
俺がそうだと頷くと、今までの落ち着きのな
い態度が一変し気色ばんだ。
「翔くんは、信じたの?」
「信じるわけない、俺は智君がそんなんじゃ
ないって知ってる」
「それってどういうことだよ」
「智君は男を好きになったりしないってこと」
智君は同性愛者じゃない、男を好きになった
りしない、だから俺を恋愛対象でなんて見て
くれないんだ。
放った言葉が鋭い剣になり自分の胸に突き刺
さる。
『当たり前だろ、あんなのただの噂だ』
そんな答えを確信していたのに…
「……そんなのわかんないだろ」
「えっ」
智君は俺を睨むと腹立たしげに言った。
「おいらがホモだとしても翔くんには関係な
いだろ」
「……………」
その言葉の衝撃に、動く事も出来ない。
そんな俺を一瞬悲しげに見つめ、智君は相葉
の手を引いて走っていく。
智君を引き止める事も出来ず、俺は茫然自失
のままただ遠ざかる二人を見ていた。
『翔くんには関係ない』
同性愛者かそうでないかより、その言葉に酷
くショックを受けたんだ。
『関係ない』
『翔くんには関係ない』
今まで一度だって言われたことがない言葉
冷たく突き放す言葉……
もう俺は智君に必要とされていないのか
相葉と言う奴がいれば、もう…