お山の妄想のお話です。
智君の留守を知り家に帰ってから、時間を見
計らい何度も電話をかけた。
でも一度も繋がることがなくて、LINEもメー
ルもしこたま送ったけれど一つも返事がない
かなり遅い時間になっても何の連絡もないから、どうなっているのか様子を見に智君の部
屋の下まで行ってみた。
見上げた窓は暗くて白いレースのカーテンが
街灯に照らされてぼんやり見える。
暗くないと眠れない智君がカーテンを引かな
いなんてないだろう。
まだ帰ってないのか……
こんな遅い時間まで一緒にいる友達って誰な
んだ?
それがわかればそいつの家まで迎えに行くのに……
少しの間外で帰りを待ったけど、諦めて家に
入った。
その後も何回か電話をしたが、智君の声を聞
けないまま夜が更けていった
まんじりともせず一夜が明け、
俺は何時もより早く智君の家へと向かった。
昨日は誰の家に行ったの?
その人は何処の誰?
そこで何をしていたの?
何故俺の電話に出ない?
何時に帰ってきたの?
訊きたい事は山程ある、
でも今はそんな事より俺は智君に逢いたい。
寝惚け眼で豪快な寝癖のいつもの智君に…
昨日はあんな別れ方だったから…
大野家のインターホンを押す。
普段ならおばさんが『おはよう翔君』と笑顔
で出迎えてくれるのだけれど、今朝は『あら
翔君!』と驚かれた。
そして『智は昨日帰って来なかったのよ』と
衝撃的な言葉を聞いた。
帰って来てないとはどういう事か訊ねると、
昨日遊びに行った友達の家に泊まったのだと
いう。
映画を観ていて夜も遅くなったからそのまま
泊めてもらったということだ。
「泊まるって電話が来た時に、翔君にも連絡
しなさいと言っておいたのに。あの子しなか
ったのね。ごめんね、翔くん」
「いえ、それは構わないけど…」
あれだけ電話しても出なかったんだ、自分か
ら連絡なんて寄越さないだろう。
それに智君はもう俺とは一緒に登校しないと
言っていたし……
「おばさん、智君が泊まった家って?」
それが一番知りたいこと。
「ああ、相葉さん家…お父さんの友達のお家
でね、翔君と同い年の男の子がいるの。小さ
い頃から仲良くしているのよ」
「……そうなんだ…」
「もうすぐ帰って来ると思うけど、支度がま
だだからきっと遅刻ギリギリになるわ。悪い
けど先に行ってくれる?」
「………はい」
俺は智君の家を辞し、一人とぼとぼと学校へ
向かった。
何時もよりだいぶ早く着いてしまい、別段す
る事も無かったので机に伏して目を閉じた。
俺の知らない、子供の頃から仲の良い友達、
気兼ね無く泊まれる程の関係なのか……
家が近すぎるせいか、俺と智君はお互いの家
に泊まったことなんてない…
見た事もない『相葉』という人物にムクムク
と妬み嫉みがわいてくる。
自分勝手な醜い感情だとは思うけど、どうす
ることも出来ないんだ。
それに智君も酷いよ…LINEくらい読んで…
俺に一言でいいから返事をくれよ…
昨夜眠れなかったせいか頭がぼんやりとして
きた。
どんどん霞む意識の中で、誰かと楽しそうに
話す智君の姿が浮かんだ…
*
「櫻井くんっ!!」
大きな声で誰かに呼ばれて覚醒した。
伏せていた顔を上げると机の前に茂部さんが
立っている。怒りを露にした、所謂仁王立ちだ。
「茂部さんか、おはよう」
「おはようじゃないよ!どうして先に行っち
ゃたの!私ずっと待ってたんだよ!」
どうやら、俺が先に学校に来たのが気に入ら
ないらしい。でも別に約束している訳じゃな
いから責められる道理もないんだが。
「今日は用事があって早く来たんだけど、俺
を待ってたの?それはごめん」
「次からは連絡くれる?そうしたら私も早く
来るし」
どうやら彼女の中では毎朝俺と登校する事に
なっているみたいだ。
俺はそんなの承諾してないが?
はっきり言って煩わしい。
「いや、別に約束してるわけじゃないし、そ
こまでする必要はないよな?」
「 えっ!?」
茂部さんは心底驚いたという顔をした。
「私達恋人同士だよね?!それなのに…」
「そのことも、ちょっと考えさせて」
「ええっ!!どうして!」
…………それは智君への恋心に気付いてしまっ
たから。
なんて事は彼女に言えない、というか誰にも
言えないな。
だからどうするとかも全く考えていないけれ
ど、他の人を想いながら恋人として付き合う
のは彼女に失礼だし俺もキツい。
そもそも彼女が好きだから付き合い始めた訳
でもない。
俺って随分と酷い男だな。
これじゃあ、どんなに悪く言われたとしても
仕方がない。
彼女からの罵倒を覚悟していたけれど、何故
かそれはなかった。
周囲に皆がいるからか?
やはりこういうことは二人だけの時に話すべ
きなのか。
「……この話は放課後しましょう。どうしてそ
んな事を言うのか理由を知りたいし…」
「ああ、なら放課後に生徒会室で」
「……うん」
彼女は回りを気にしてか冷静に話していたけ
れど、両手は固く握られブルブルと震えていた。感情の爆発を必死に抑えていたんだろう
教室を出ていく後ろ姿を見送りながら、すで
に放課後生徒会室に行くのが億劫になっていた。
「おはよー、サクショー」
「 はよ 」
彼女が戻り暫くしてから友人が教室へと入っ
てきた、そしてニヤニヤしながら俺に近付い
てくる。
「なあ、あの噂本当なのか?」
「あ?噂?何だよそれ」
「え~マジ?学校中凄え噂になってんのに聞
いてないのか?」
「知らねえ、何の事だよ」
「しらばっくれてんのか?お前が知らないな
んてねえだろ~」
「だから、なんの話だよ」
意図のつかめない友人の言葉に段々と苛々し
てきた時、別の友人が凄い勢いで教室に飛び
込んできて俺に向かって叫んだ。
「櫻井!大野先輩がホモだって本当か!」
「はあっ!?」
一瞬何の事か分からなくて素っ頓狂な声を出
してしまったが、そいつの言葉を理解すると
怒りが膨れ上がってきた。
「お前ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」
智君はノーマルだ!一度もそんな素振りを見
たこともない!
悲しいけれど俺がそれを一番よく知っている
んだ。だから俺の想いに気付くことだってな
いことも…
昨夜からの疲れや彼女の煩わしさ、自分の不
甲斐なさや離れて行こうとする智君への苛立
ち、怒り、不安、悲しみ。
そして智君に対してのそいつの暴言に、様々
な感情が入り乱れ収集がつかない。
「わわっ、待て!落ち着け、今朝はその噂で
学校中もちきりなんだよ!」
軽い冗談のつもりだったようだが、それを聞
き激する俺に友人達は慌てふためいた。
「あくまで噂だから!興奮すんな!」
「噂だと!そんな何の根拠もないもので智君
におかしな疑惑をかけたのか!」
「いや、根拠はちょこっと有るようだけど」
「なんだよ、それ!そりゃあ智君はイケメン
好きなところはあるけど、それは芸術家の観
点からだからな!」
「え?大野先輩イケメン好きなのか?」
俺の言葉に驚く友人達、ヤバいこれは近しい
人しか知らないことだった。
「じゃあ……本当かもな」
「ああ、マジかもしれん」
友人は急に神妙な面持ちになった。
「あのな噂の根拠だけど、昨日の下校時に他
校のイケメンと熱い抱擁を交わす先輩の姿を
何人も目撃してんだよ」
「………え?」
「人目を憚らず堂々と抱き合ってたみたいだ
ぞ、だから噂がたったんだ」
「…………うそ」
智君が他校のイケメンと熱い抱擁…
まさか、そいつの家に遊びに行ったの?
そしてそいつの家に泊まったというのか?
嘘だろ…
嘘だ……
もしかして、朝の迎がいらないと言うのも
この頃態度が冷たく感じられたのも、そいつ
のせいなの?
前に『彼女なんていらない』と言ったのは受
験生だからじゃなくて、本当はそいつと付き
合っていたからだったの?
智君……
俺の知らないやつと、俺の知らない所で、
いったい何をしているんだよ!