お山の妄想のお話です。
智君からのLINEにパニックになった。
『明日の朝から迎えはいらない』
これは?どういうこと?
朝は二人で登校するのが幼い頃からの日課だ
し、俺が行かなければ智君は遅刻してしまう
んだよ?
小中学校で俺がキャンプや修学旅行に行って
いた時は、いつも遅刻だったとおばさんが怒
っていたじゃないか。
『どうして迎えはいらないの?』
『俺が行かなければ智君は絶対に遅刻するよ』
『何故か理由を教えて』
続けざまにLINEを送ったけど既読にならない、
したがって返事も来なかった。
埒が明かないので智君の教室に行って問い質
そうかとも考えたけれど、予鈴が鳴り終わっ
た後で次の科目の教師が来てしまったので実
行出来なかった。
どうしても理由が知りたくて五時限目が終わ
ってから急いで智君の教室へ行ったけれど、
次は移動授業なのか智君の姿はなかった。
それでも諦めきれず、まだ教室に残っていた
先輩に智君の行方を訊くと、やはりもう特別
教室へ移動したという返事がきた。
流石に特別教室まで行く時間はないので、自
分の教室に戻るしかない。
肩を落としすごすご戻ろうとする俺に、先輩
の一人が冷たい声で言ったんだ。
「お前、大野に迷惑かけんなよ」
「 えっ?」
意味が分からなくてその先輩を見ると、とて
も冷たい目をしていた。
「お前のせいであいつは嫌な思いをしたんだ
よ、見ていた俺達でも腹が立つようなことだ」
智君に何かあったのか?
それが俺のせいだと先輩は怒っている?
そのせいであのLINEが送られてきたのか
智君に不愉快な事が起こりそれが俺のせいなら、解決のためにその出来事を知っておかな
ければならない。
「智君に何があったか教えて下さい!」
俺はいきさつを訊くために先輩に詰め寄った、
そんな必死の形相の俺に先輩も身構える。
「おい!お前達熱くなんなよ!」
近くにいた別の先輩が俺達の間に入った、そ
して今まで俺と話していた先輩に向かい言っ
た。
「お前の怒りは分かるよ、確かにあれは腹立
たしかった。でもそれを櫻井君にぶつけるの
もどうかと思うぜ。櫻井君は何も知らないみ
たいだしな」
「そうだけどよ~」
「それに助けてやれなかった俺達が偉そうに
言える立場でもないだろ」
「…………そうだな」
「さ、もうすぐ授業が始まるから移動しよう」
「 おう 」
先輩達は教科書を持つと部屋を出て行く、
他の先輩達も同様で誰も俺に事の顛末を話す
気がないらしい。
「待って下さい!何があったのか教えて下さ
い!」
先に出ていった先輩達にもう一度訊いてみたが、『彼女にきいてみれば?』と返ってきた
だけでやはり話してはくれない。
『彼女』とは?茂部さんのことだろうか?
彼女が関係してるのか?
結局、智君に起こった事もLINEの理由もわか
らないまま教室に戻るしかなかった。
授業を終えた後、俺は急いで智君の教室へと
向かった。
何があったのかどうしても知りたかったから
直接本人に訊こうと思ったんだ。
三年生の校舎を二年が走るなんて、奇異の目
や憤ろしい視線で見られたけれど気にしてな
んていられなかった。
とにかく智君を捕まえて話を訊く事だけを考
えていたから。
教室に着くと丁度智君は帰るところだったら
しく、数人の先輩と談笑しながら廊下に出て
きていた。
昼に嫌な事があったと聞いたけど、今は笑顔
だから大丈夫かとホッとして声をかけたんだ
「智君、お昼のLINEの事なんだけど…」
でも俺の存在に気づいた智君の顔からは笑顔
が消え、とても不機嫌な表情に変わってしま
った。
「何しに来たんだよ」
そして言葉も冷たい。
「……あの、明日の朝…」
今までこんなに冷たい声を聞いたことがなく
て、思わずたじろいだ。
「迎えのことか?なら、LINEで送った通りだ
もう家には寄らなくていいから」
「急に何で?!俺が行かなければ智君は遅刻
するんだよ!」
「……大丈夫だよ。しっかり起きるし」
「 でも!」
ここで引き下がってはいけないと、つい大き
な声を出してしまった。
周りの先輩達の視線が俺と智君に集まる。
何事かと好奇に満ちた視線が集まる他に、呆
れて蔑むような視線も感じた。
「翔くん、落ち着けよ。それになんでそんな
に拘るんだ?」
「だって……」
「おいら達はもうお手々繋いで学校に行こう
なんてガキじゃないんだからさ、別々に登校
すりゃあいいんだよ」
そんな子供じゃないのは承知してる、でも今
までは手こそ繋がないけれど楽しく登校して
いたはずだ。
智君はなんで今更そんな事を言い出したのか
理由が知りたい。
「理由、理由を言って」
それがわかれば智君の言葉を撤回させること
ができるかもしれないから。
「理由?……………そんなの…ないよ」
歯切れの悪い言葉、絶対に何かを隠している
それがわかっているのに、何を言っても智君
は『迎えにくるな』の一点張りだった。
『迎えに行く』
『来るな』
そんな平行線を辿る会話を止めたのは、学校
のマドンナだった。
「二人とも何時までここで言い合うつもり?」
「菜々緒ちゃん、だって翔くんがしつこいん
だもの」
「俺だって納得できる理由なら引き下がります」
「櫻井君、大野君はさっきから『もう子供じ
ゃないから』って言ってるじゃない。それじ
ゃあ納得できないの?」
「……それは…」
第三者から見ればそれは最もな理由になるだ
ろうけど、俺と智君の間ではそんなの通用し
ないんだ。
「とにかく、明日から俺は一人で登校するか
らな」
「…………わかった」
ギャラリーの多いこの場所で言い合うのは得
策ではないだろう。
家に帰ってから智君の所に押し掛けて、理由
とお昼に何があったのかをきっちり訊こう。
そう密かに決め、俺は戻ることにした。
智君はやれやれと言った体で『じゃあな』と
片手を上げ帰って行った。
放課後の役員会議中も考えるのは智君のこと
だった。
智君と一緒に登校しなくてはならない理由を
あげてみる。
ずっと続く習慣だから
俺が行かなければ智君が遅刻するから
………本当にそれだけか?
俺がこんなに拘るのは、友人が言う『依存』
のせいだろうか?
それも少し違うような気がする…
だって三年の教室の前で別れた後、智君が
マドンナに『菜々緒ちゃん、また明日~』と
笑った顔が胸に突き刺さったんだ。
俺にはおざなりな態度だったのに、彼女には
あんな笑顔を見せるなんて……
チクチクと胸を刺すのは、もしかして怒り?
智君に笑顔を向けられた彼女を忌々しく思う
のはどうしてだ?
これは、もしかして嫉妬なんじゃないのか?
俺は彼女に嫉妬している。
理由は幼馴染みを取られそうだから、なんて
子供じみたものではない。
これは
この感情は、きっと『依存』なんかじゃない
そんなものよりもっと泥々としたものを伴う
想いだ。
強い独占欲や、自分だけを見て欲しいという
願望。
智君が誰かに触れたり笑いかけただけでも、
燃え盛る嫉妬の焔
これは、絶対にあれだ…
近くにいすぎてずっと気付かなかったけど
間違いない
この感情は
………恋だ