お山の妄想のお話です。




バイトを始めた

コンビニでの深夜時間のバイトだ。


もとからそのコンビニでバイトをしていた友

人から、深夜帯の人が足りないとSOSがあっ

たんだ。

どうせ暇だし静かな住宅街の深夜なんて、殆

ど客なんて来ないだろうと軽い気持ちで引き

受けた。



「じゃあ翔ちゃん、お願いね~」


俺にSOSを発してきた友人の相葉が休憩のた

めに裏に引っ込む。


休憩は交代でとるから、これから暫くの間一

人で仕事をしなければならない。

でもこの時間になると品物の補充なんかないし、レジを打つだけなので楽といえば楽だ。



実は俺には密かな楽しみがある。

それはお気に入りのお客に会うことだ。

俺のバイトの日に必ず来るわけではないけど

可愛いその人の姿を見るのがとても楽しみな

んだ。


緩くウエイブのかかった長い栗色の髪をした

色白で少し垂れ目のギャル系女子。

店員として話しかけたりはするけど、会話を

したことはない。


というか、彼女の声を聞いたことがない。

『お箸はいりますか?』『温めますか?』

と訊いても返事は何時も頷くか、首を横に振

るだけだから。


いつか彼女の声を聞いて会話が出来るように

なれたらいいな。

それが俺の一番の目標だ。




客が来ない間は文庫本を読んでいる。

自動ドアが開く音を聞き逃したらいけないか

ら、スマホで動画やゲームはしない。


だって自分がお客だったら、入ったコンビニ

の店員が『いらっしゃいませ』も言わないで

ゲームに熱中していたら『なんだコイツ』と

不快に思うだろ。

それに彼女が入ってきたらすぐに声をかけた

いからな。



ウイン、と自動ドアの開く音が聞こえて顔を

上げると待ちわびた彼女が店に入ってきた。


「い、いらっしゃいませ」


カッコ悪くも嬉しさの余りに噛んでしまった

が、彼女は気にすることもなく雑誌コーナー

へと向かっていく。

そして釣り雑誌を手に取ると読み始めた。


深夜のコンビニ、ギャル系女子が釣り雑誌の

立ち読み…

シュールだ……でも真剣な顔で読み耽る姿は可

愛い。

熱中した時の癖なのか少し唇が尖っている。


ああ、可愛い…

他に客もいなかったので、俺は暫くの間密か

に彼女を見つめ続けた。



10分も経った頃、彼女の方からピロンという

音が聞こえた。どうやらLINEが着たようだ。

スマホを確認した彼女は雑誌を戻すと他の雑

誌を持ち俺の方、いや、レジへと小走りでや

って来る。


そしてカウンターに雑誌を置くと、コートの

ポケットから財布を取り出してスタンバって

いる。

急いでいるようだから早くレジを通した方が

よさそうだ…

折角こんな近く、目の前にいるのに私的な事

を一切話せないなんてとても切ない。


しかし仕事はしなければならないので、雑誌

を裏返しバーコードを読み込んだ。


「 290円になります 」


彼女はこくりと頷き財布から500円玉を取り

出すとセルフレジへと入れる。


綺麗な指だ、出来ることならあの手から直接

お金を受け取りたかった。

もしかしたらその時に俺の手と彼女の手が触

れ合うなんてハプニングが起こったかもしれ

ないのに……


そんな残念な事を考えている間に、彼女は支

払いを済ませ雑誌を持つとやはり小走りで店

を出て行った。


闇の中に消えていく華奢な後ろ姿を見送りな

がら、次は絶対に話しかけようと決意した。



内容は…

今買っていった週刊少年ジ○ンプでいいか?

『ジ○ンプのどの話が好きなんですか?俺は

呪○廻戦が…』とか。

釣り雑誌も見ていたから『釣りが好きなんで

すか?』とか……


どうしても彼女と話したい。

何回も彼女の姿を見るたびに、そんな気持ち

が膨らんでいった。




しかし残念なことにそれから彼女が店に来る

ことはなかった。


今夜も来なかった…と落胆している俺とは逆

に、交代に来た相葉は休憩明けだからなのか

とても楽しそうだ。


「翔ちゃん、ご苦労様~。交代の時間だよ」

「お~。つーか、お前凄え元気だな」

「でしょ!やる気満々だもの!」

「こんな夜中に何でそんなにテンション高い

んだよ、おかしいだろ」

「だってさ~、これから可愛い子が来るかも

しれないもの!」

「可愛い子?」

「そう、いつもふら~と一人で来るの」


相葉の言葉に真っ先に浮かんだのが彼女だっ

た。


「……どんなこ?」

「ん?どんな子か知りたい?教えてもいいけ

どさ、好きにならないでね!」

「何でだよ?」

「だって俺、その子が好きなんだもの!」


まさか彼女じゃないよな、でもこんな深夜に

一人でコンビニに来るような女の子はそうそ

ういない。


段々と俺は不安になってきた。

最悪の事態が頭を過る、相葉と彼女を取り合

い友情に亀裂がはいる…

……そんなことは絶対に避けたい。


どうか別人でありますようにと祈りながら相

葉の話を聞いた。


「あのね~、栗色の長い髪でね……」


しかし俺の願いも虚しく、相葉の語った子は

彼女に酷似していた。

まさか……そんな……

相葉は話し続けていたが、愕然とした俺はそ

れが耳に入らなかった。


「それでね、顎に黒子がいっこあるの。それ

がとっても可愛いんだ~。って!翔ちゃん聞

いてんの!」

「うるせえ、聞いてるよ!」


訊いておいてなんだが、聞きたくなかった。

まさか同じ人を好きになるなんて…

友を取るか、愛をとるか…


これは俺と相葉との友情にとって大きな試練

になるだろう。






「やった~、今日もおいらの勝ち~」

「……くっ、おじさんに負けるなんて屈辱…」

「二宮くん、今日も元気に罰ゲームいってみ

よ~か」


おいらは勝負に勝った喜びから、テキパキと

ニノのためにいつもの女装セット一式を用意

した。


ここは閑静な住宅街にある劇団の稽古場、お

いら達は俳優で今日も遅くまで次の舞台の稽

古に励んでいた。


おいらとニノはその休憩時間中に色々な対決

をしている。

対決と言っても対したことはしない、舞台の

小道具でボウリングをして倒れた本数で勝敗

を決めたり、あみだクジで勝ち負けを決める

こともある。


所謂暇潰しなんだけど、その罰ゲームが結構

エグい。

女装して近くのコンビニに行き男とバレない

ように買い物をしてくるというもんだ。


おいらが負けるのを前提にニノが考えた罰ゲ

ームだけど、この頃はおいらが勝ち続けてい

る。


「くそっ、負けたからしょうがない。カズ子

が買い物に行ってやるわよ!」


やけ気味にニノが女装を始めた。

カツラを被り衣装の服と靴をはき、メイクを

すれば可愛い女の子の出来上がりだ。


「さて、コンビニで何を御所望かしら?」


カズ子が聞いてくるので冗談でコ○ドームと

言ったら『殺すぞ』と凄まれた。

冗談なのに酷え。


「じゃあ温かいココアで。いくらニノでもレ

ジのイケメンにコ〇ドームは出せないもんな」

「レジのイケメン?あのいつもハイテンショ

ンなやつ?」

「ん?ハイテンション?」


おいらの知ってるイケメンは落ち着いてる…


「眉がキリッとしてて、目が大きくて、唇が

ふっくらしたイケメンだけど?」

「え?背が高くてスタイルの良いやつじゃな

くて?」


背はそれほど高くないと思う、ハイテンショ

ンでもないしニノがいう人とは別人かな?


「多分別人」

「でしょうね、見たことないもの。最後にお

じさんが行ったの何時だ?」

「ニノにジ○ンプ買って来いって言われた時」

「ああ、中々戻って来ないからLINEした時か。

俺が行くようになって少し時間がずれたから、おじさんの言うイケメンじゃないのかもね」

「そうかな~」

「今から行って確かめてくるよ。ココアでい

いんだよな?」

「おう、頼んだ」


ニノが稽古場から出て行った。

窓から女子では有り得ないスピードで走って

行く姿が見えた。


あんなに高いヒールを履いてよく走れるな~

と感心しながら、行き先のコンビニの事を考

える。


そういえば、ずっとあのイケメン店員に会っ

てないな。

好きなタイプのイケメン……

女装じゃない時に行けば親しくなれるかな?


「今度行ってみようかなぁ」


イケメン店員のはにかむ笑顔を思い浮かべな

がらぼんやりと考えた。




バイト櫻葉

劇団員大宮


すみません、気分転換です

(自分の)