お山の妄想のお話です。




大学に入りどんな職に就くかを考えた。


調べてみたところ、医師や公認会計士、税理

士、弁護士、大学教授、それに航空機操縦士

などの職業の収入が多いらしい。


この中で俺がなれそうなもの…

ランキング1位は医師、俺は医学部ではない

からこれは無理。

2位は航空機操縦士……高所恐怖症……

3位の大学教授なんてすぐになれるものじゃ

ない。


残るは4位5位の公認会計士、税理士と弁護士か。全部国家試験があるけれど、今までのよ

うに先生のためと思えば苦ではない。


他にも外資系企業や大手商社などもあるし

自分で会社を立ち上げてもいい。

意外と選択肢が多く、考えあぐねていた。



そんな時、街でスカウトされた。

最初は怪しい事務所ではないかと疑ったが、

調べてみると大手芸能事務所だった。

しかし俺はそんな世界に興味がなかったから

断った。


それから何回もスカウトにあった。

モデル、俳優、アイドル

『君のルックスならすぐに人気者だ』なんて

言われた。


芸能界か、売れれば多額の収入を得る事は可

能だろう。でも契約すれば多くの制限が付く

し自由になる時間も失くなる、普通に街に出

ることさえ困難になるだろう。


先生を探す時間がなくなるのは駄目だし、

何かの拍子に最愛の人が誰かバレたりしたら

最悪の事態になりかねない。

先生に危害が及ぶ可能性がある職業は絶対に

避けなければならないんだ。


それに不特定多数の面識もない人の想いなん

ていらない。

俺が欲しいのはたった一人からの愛情だけだ

から。


芸能人は無しにしても、テレビ業界の利点を

活かすのには意義がある。

俺がテレビに出ればあの人は気付くはずだ。


俺の事を思い出して会いに来てくれるかもし

れない……


絶対に有り得ない事を考え自嘲した。

先生は俺から逃げたんだ、自分から俺の前に

現れるなんて絶対にしない。


だから探すんだ。

探して捕まえて、二度と俺から離れていかな

いようにする。

その手段を考えるのが、今の俺には一番の楽

しみだった。




そんな考えからテレビ局のアナウンサーにな

ることに決めた。

サラリーマンだが、色々な業種の人達と知り

合う機会が増える。

横の繋がりが広がればそれだけ先生の捜索網

も広がることになる。


それにある程度人気が出たらフリーになれば

いい。

個人事務所を立ち上げれば収入も増え、スケ

ジュールだって自由になるだろう。


だから在京キー局の一つに目標を絞り、就職

活動をし高い倍率の中から内定を掴んだんだ







「え~、飲み物はビール、焼酎とワイン。ポ

ン酒もあるな。よし、つまみはどうだ?」

「乾きもの、チョコ系、ポテチは買った」

「ワインがあるならチーズ買おうぜ」

「それは食事担当組が買ってくるだろ」


今日は内定を受けた友人の家で祝賀会。

ワイワイと騒ぐ数人の仲間と一緒に、友人宅

へと向かっている。

車を持っている奴がいたから、重い買い物を

引き受けた帰りの移動中だった。


大学から離れた街、高い建物より緑が多い郊

外の住宅地だ。

一度も訪れたことのない場所だけどそれほど

興味を引くものはなかった。

俺はミニクーパーの後部座席に座り、ただぼ

んやりと流れ行く景色を眺めていた。


しかし信号で車が止まった時だった。


俺は信じられない光景を見た、

小柄な男性が、更に小さな少年と笑顔で歩道

を歩いていく…


片側二車線の道路の反対車線側の歩道、少し

離れているけれど間違いない。

柔らかそうなホワホワした髪、少し猫背で歩

く姿、ほにゃりとした優しい笑顔……

あの頃と変わらない、大好きな


「…………せ、んせ」


間違いない、あれは探し求めた人!

俺の大切な人!先生!大野先生だ!


興奮して血が沸騰するような熱さを感じ、

同時に焦燥感にも駆られた。


見つけた、捕まえる

捕まえてやるんだ、そして二度と逃がさない

離さない!


俺が車のドアを開けようとした時、信号で止

まっていた車が動き出す。

それに構わず開けようとすると、隣にいた友

人が異変に気付き慌てて俺を止めた。


「おいっ何してんだよ!車動いてるんだぞ!」

「うるせえ!止めろ!俺は降りるんだ!」

「ばか野郎!降りれるわけねえだろ!お前死

ぬ気かよ!」

「離せ!今降りないとあの人が!」


車の加速と共に先生が離れていく

やっと見つけた先生がまた遠くなっていくん

だ、そんなことは我慢できなくて激しく抵抗

した。


「わかった!止まるから少し待て!」


後部座席で暴れる俺に驚いた運転手は車を停

めようとするけれど、二車線右側を走行して

いる車は中々止まることが出来ない。


「先生!先生!!」


羽交い締めにされながらも、必死で離れて行

く先生を呼んだ。

でも俺の声は届かなかったようで、先生は一

度も此方を見ることはなかった。






やっと車が止まったのは、あの場所からだい

ぶ離れた所だった。

俺は車を降りると友達が止めるのを振り切り

全速力で走った。


先生、先生、先生


頭の中で何回も呼びながら必死で走ったんだ。


捕まえて、抱きしめて、

先生の体温を感じたい。


あの頃とは違う、広くなったこの胸と腕に閉

じ込めて二度と飛び立たせはしないんだ




走って走って……




しかし見覚えのある場所まで戻っても、

そこにはもう先生の姿はなかった