お山の妄想のお話です。




何年か前に中学の美術教師をしていた。




画家になりたいという夢があったが、絵で生

活が成り立たないこともわかっていたから教

員になったんだ。


仕事をし生活費を稼ぎ、一日のうちの僅かな

時間で絵を描く。

その絵をコンクールに出し、認められる時ま

で教師を続けるつもりだった。



新任した学校で教鞭を執る。

美術など生徒にとってはそれ程重要では無い

らしく、芸術に興味がある子や受験の点数を

稼ぎたい子など少数は真剣に授業を受けるが

それ以外の子供にとっては休憩時間のような

ものだった。


そんな中、いつもキラキラした瞳で此方を見

る生徒がいた。

整った顔立ちの小柄な生徒

性格は明るく、成績も良い少年だ。


ある日の放課後その子は俺の所へやってきた

そして絵を教えて欲しいと言う。

授業で教えているはずだが?

受験のために良い点が欲しいのかと思えば

そうではないらしく、俺のような絵が描きた

いからと訴えてきた。


どうしてもと乞われれば、教師である俺は断

れない。

水曜の放課後だけと決めて時間を取ることに

した。



少年は……独特の絵を描く子だった。

何と言うか、ユーモラスで個性的な絵だ。


絵は人によって好き嫌いがあるし、有名な画

家の絵だって落書きのようなものもある。

本人は下手くそだと言うけれど、俺は結構好

きな画風だし、彼が一生懸命苦手なものに取

り組む姿は好感を持てた。




彼が美術準備室に来るようになってひとつ季

節が過ぎ夏になった。


生徒が夏休みに入っても俺達教師は通常出勤

だ、だから毎日学校には来ている。

生徒達は夏休み最初にある補習や部活以外に

登校することはない。


楽しい休みにわざわざ学校なんかに来たい奴

なんていないと思っていたのに、彼は夏休み

中も準備室に通いたいという。


物好きだなと思いながらも約束通り窓を開け

て待っていた。

でも彼の所属するサッカー部は毎日練習があ

り、俺もずっと準備室にいれるわけでもない

から中々会うことがない。


たまに時間が合うと部活が終わった後なのに

汗臭くなくて、どこかで汗を流して来たのか

ちょっと石鹸の匂いなんかがしていた。

その時は中学二年だしそういうお年頃なのだ

ろうと思っていた、汗臭いのは女子に嫌がら

れるだろうから。


一度髪からポタポタと滴を落としている時が

あって何事かと聞くと、急いでいたから水を

被った後拭かずに走って来たと言う。

そこまでして女子にモテたいのかと茶化して

言うと、彼は『女子なんてどうでもいいし』

とあからさまにムッとした。


じゃあキレイ好きなんだと勝手に納得してい

ると彼は『先生に会うのに汗臭いのが嫌だっ

たからだよ』と口を尖らせた。


俺に会うから汗を落としてきた?

教師に対しての礼儀とか?

いやいや、それはやりすぎだろ。

だから、汗臭くても俺は気にしないぞと言っ

てやった。

なのに彼は『俺は気にするし、先生にはこの

男心がわからないの?』と恨めしそうに俺を

見るんだ。


『この男心』がどの男心かわからないけど、

今まで見たことのない様々な表情が可愛いな

なんて思ってしまった。

その時は歳の離れたやんちゃな弟みたいに感

じていたんだ。



でもその認識が徐々に変わってしまう。

夏休み中普段より多い時間を共にし、色々な

話しや表情を知るうちに俺の心にいけない感

情が芽生え始めた。


それは教師にはあってはならない想い。

生徒に向けてはいけない感情だ……


そして彼の俺に向ける好意も感じ取ってしま

った。


このままでは駄目だこの子のためにならない

と、俺はその想いを打ち消そうと躍起になった。



でもそんな努力も無駄に終わった。

9月の運動会で、ひょんな事から彼が見せた

嫉妬。

それに俺は喜びを感じてしまったんだ。


子犬のように愛くるしいと思っていたものが

完全に一人の人間として愛しくなってしまっ

た。


これは幼気な子供に向けてはいけないもの

でも、捨てきれない想い…



さんざん思い悩み俺は決めた、彼が卒業する

までこの想いを隠し通そうと。


卒業して俺から離れ、新しく広い世界に飛び

出せば様々な出会いがある。

魅力的な多くの人と接するはずだ。


そこできっと彼は間違いに気付くだろう。

幼い心にあったのは恋愛感情なんかではなく

ただ大人への憧れであったと。



俺は教師という人を導く仕事をしているから

彼にも正しい道を歩ませなければならない。

だから、俺の気持ちは隠すし彼の想いには気

付かないフリをするんだ。





君を騙し続けるのは心が痛むけど、

それが君のためだし、君の将来のためでもあ

るんだよ。



全部君のためだから、どうか許してくれ。



ごめんな、翔くん