お山の妄想のお話です。
「お前何時まで先輩と連むんだ?」
始まりは友人の何気無い一言だった。
「は?どういう意味?」
「お前さ~、ずっと大野先輩と一緒にいるだ
ろ?仲が良いのはいいけど、先輩来年はもう
いないんだそ?」
「そんなの知ってるけど」
「俺にはさ、お前が先輩に依存してるように
見えるんだよ」
「そんな事ねえよ」
「そうかぁ?ならいいけどな」
その時は「依存」なんてしていないと思って
いた。
しかしその日の夕飯時に母から聞いた話しから、その考えが間違っていた事に気付いたんだ。
「智君ね、遠方の専門学校受けるみたいよ」
「………へえ…」
初めて聞いた智君の進路。
本人から聞いてないこともさることながら、
『遠方』という言葉にショックを受けた。
智君が遠くへ…
今までは学校を卒業しても、智君は三軒隣に
いたから会いたい時に会えた。
でも遠くへ行ってしまったら、それが出来な
いんだ…
その『遠方』がどれ程遠いのか母に訊くと、
新幹線で片道三時間かかる場所だった。
自室に戻りベットにごろりと横になった。
天井を見上げると茶色いシミが見える。
じっと見ると何だか人の顔みたいだ
これは何年か前に、智君とふざけて振って溢
れ出したコーラの染み。
ヤベエヤベエと母に見つかる前に掃除をした
けれど、まだチビだった俺と背の高い方では
ない智君だと天井まで手が届かなくてそのま
ま放置したものだ。
本棚を見れば歴代の夏休み読書感想文指定図
書が並んでいる。
半分は俺の、あと半分は智君のもの。
毎年夏休みの終わりが近付いても宿題をしな
い智君のために、俺が本を読みあらすじを話
して聞かせていたんだ。
本の横には智君の作った小さなフィギュア。
本棚の上には智君が描いた俺の似顔絵。
初詣で一緒に買ったお守りや、二人で行った
海で拾った貝やシーグラス。
あれも、これも、みんな智君との思い出だ
俺の生活の中は智君で溢れている…
『先輩に依存しているように見える』
あの時はそんなことないと笑い飛ばしたのに
実際はその通りなんじゃないか…
智君がいない日常なんて考えられない…
智君が…
智君がいなくなったら……
俺はどうする?どうなるんだ?
朝の眠そうな顔、癒しの笑顔、たまに見れる
真剣な顔…
全てがなくなる、消える、いなくなってしま
うんだ
考えただけで、心臓がどきどきと速く脈打ち
寒気、眩暈、身震い、そして身体が嫌な汗に
じっとりと濡れた。
不安や喪失感、ネガティブな感情が押し寄せ
てくる。
智君、智君、智君…
助けて
このままでは不安でどうにかなってしまいそ
うで、助けを求めて智君に電話をかけた。
♪♪♪♪♪ ♪♪♪♪♪
数回コールしても出る気配がない。
智君は何故か電話を一回スルーするという悪
い癖があるんだ…
♪♪♪♪♪♪♪
お願いだから、智君…
祈りながらコールし続けた。
『翔くん?』
長い間コールしたおかげで、やっと電話に出
てくれた。
「さとしくん……」
口から出たのは掠れた小さな声
『どうした?何かあったんか?』
普段と様子が違うのに気付いたんだろう、智
君の心配げな声が聞こえた。
「ううん、何でもない。ただ声が聞きたかっ
ただけ」
『……そうなの?でも声の調子がおかしいぞ?
なんか心配な事でもあるんじゃないの?』
「大丈夫、本当にちょと智君と話したかった
だけだから」
『ふうん、話なんて明日嫌っていう程出来る
のに、変な翔くんだな』
「変って…智君ほどじゃないけどね」
『どういう意味だよ~』
「ふふふ、そういう意味です」
智君と話すと不思議と身体の異常が治まって
いき、暫く他愛もない話をしてから電話を切
った。
『じゃあな翔くん、また明日』
智君の声が耳に残る。
明日、また智君に会える話せるとその言葉に
安堵したんだ。
不安だった気持ちが智君の声を聞いただけで
治まった。
いつでも智君は俺を助けてくれる…
でもいつかそんな『明日』が来なくなる。
『遠方の専門学校を受けるそうよ』
その時はすぐそこまで来ているんだ。
俺は智君に依存している、それを今日痛烈に
思い知った。
このままじゃ駄目だ。
正常な生活が送れなくなって、俺が壊れてし
まう。
そうならないためにはどうすればいい?
代わり…
智君の代わりになるものを得ればいい
それを探して、手にすれば智君がいなくても
大丈夫になるんだろうか
わからない、けれどそれしかない
残された時間はあとわずかなのだから。
*
「櫻井君、私とお付き合いして下さい」
目の前には、頬を染めそれでも真摯に俺を見
つめる一人の女生徒。
同じ生徒会役員だけれど、余りよくは知らな
い子だ。でも、嫌な感じもない。
もしかしたら、この子が『代わりに』になる
かもしれない……
「俺でよければ…」
そうして俺は彼女と付き合うことになった。
この子が、代替えになるかはまだわからない
けれど。
病んでた