お山の妄想のお話です。
「智っ!翔君が来たわよ!」
毎朝母ちゃんが叫ぶ。
おいらはそれを合図に鞄を持ち玄関に向かう
んだ。
玄関には爽やかな笑顔の翔くんが、母ちゃん
と世間話をしながらおいらを待っている。
「智君、おはよう」
「……はよ」
『いってらっしゃい』と母ちゃんに見送られ
登校するのが小学校、中学校、高校とずっと
続くルーティーンだ。
「今日の寝癖も芸術的だね」
「そーか?いつもと一緒だろ」
「いやいや、智君も身だしなみに気を付けれ
ばすぐに彼女が出来るだろうに勿体ないよ」
「……彼女なんていらねえし」
道を歩きながらの会話
今までなら昨夜のTVの話とかだったのに、
自分に彼女が出来たせいか、翔くんはおいら
の寝癖に意見してきた。
何だかおいらにまで早く彼女を作れって言っ
ているみたいだ。
一言言わせてもらえば『大きなお世話』
おいらは恋愛なんて興味がない…
「そうなの?まあ、彼女云々はいいとしても
身だしなみは整えなきゃね、受験生だし」
「そうなの!受験生だから誰かと付き合うな
んて暇はねえの!」
「でも、彼女っていいよ~」
「 ………… 」
昨日の帰り同様、今朝も浮かれていて機嫌の
良い翔くんに何故だか苛々してきた時に、誰
かの翔くんを呼ぶ声に気が付いた。
「櫻井く~ん」
背後から聞こえる声に振り返ると、一人の女
生徒が走って来るのが見えた。
おいらには見覚えのない女子だ。
でも翔くんは『あっ!』と声を上げ、ぱっと
笑顔を向けた。
「おはよう、茂部さん」
「おはよう櫻井君、前を歩いているのが見え
たから走ってきちゃった」
にこやかに話す二人。
茂部?そう言えば昨日翔くんが言ってた『彼
女』の名前と同じだな、もしかしてこの子?
女子を然り気無く観察する
髪は肩位までのストレート、顔は…とびきり
の美人ではない。正直なところ、翔くんには
不似合いだと思った。
翔くんには、もっと、こう……
翔くんに釣り合いそうな女の子を想像しよう
としたけど、誰も思い浮かばなかった。
そして、楽しげに話す二人を見ていると何故
だか気分が悪くなってきた。
「……翔くん、おいら先に行く」
この場に居たくなくて歩きだすと。
「待って智君、三人で行こうよ」
翔くんは皆で行こうと言い出した、そして今
まで通りにおいらの隣を歩き始めたんだ。
彼女は翔くんの向こう側、一瞬だけ見えた顔
には不満の色があった。
きっとおいらお邪魔虫扱いだな…
でもおいらは先に行くって、一応気を使った
んだぜ。
文句があるなら翔くんに言ってくれ。
おいらは彼女の視線を気にしながら、学校へ
の道のりを嫌な気持ちで歩いた。
次の日の朝も彼女は現れた。
と言うより、翔くんを待ち伏せしていた。
「おはよう櫻井君!」
翔くんに綺麗に笑った後『おはようございます、大野先輩』とおいらにも笑顔をくれる。
……でもな、怖い笑顔なんだ。
全然眼が笑ってねえ、よっぽどおいらを憎た
らしいと思ってんだろな。
気がきかない野暮な奴と怒っているのかも。
その気持ちは分からなくもない、恋人同士二
人でラブラブに登校したいんだろう。
だからおいらは先に行こうとするんだけど、
やっぱり翔くんが『歩くの速いよ』なんて言
いながら彼女を引き連れて追ってくんだよ。
そんで、おいらはまた彼女に睨まれる…
これ、おいらのせいじゃないよな?
翔くんが空気を読んでないんだよな?
いったい翔くんはどういうつもりなんだろう
そんな胸糞悪い朝を数日過ごした昼休み、
弁当を食べ終り寛いでいるおいらの所に数人
の女子がドカドカとやって来た。
「あんた、大野だよね」
強い口調で言われ顔を見ると、見たことある
ような無いような女子達だ。何の用だ?
「そうだけど」
返事をするとその子達は怒りの形相でグッと
おいらに詰め寄って来たんだ。
「あんたねぇ、どういうつもり!」
「はあ?なにが?」
「朝、どうして二人の邪魔するの!」
「あさ?」
「しらばっくれてるの!!」
朝、二人、邪魔?
「櫻井君と茂部ちゃんの邪魔してるでしょ」
名前が出て理解した、こいつらはおいらがあ
の二人の邪魔をしてると言っているんだな。
「そんなつもり、ない」
「じゃあ、どういうつもりよ!恋人同士の間
に割り込んで一緒に登校するなんて、普通有
り得ないでしょ!」
「そうよ!あんたなんて邪魔者以外の何者で
もないの!わきまえなさいよ!」
キャンキャン、ギャンギャン、おいらが何を
言おうと聞きやしない。
おいらが悪いと決めつけているから、きっと
何を言っても信じないだろう。
だったら何も話さない方が利口だ、
そう考えてずっと黙って女子達からの、いわ
れのない暴言に耐えた。
放っておくのが一番、気が済めば自分達の教
室に戻っていくだろうし。
「あんた茂部ちゃんの気持ち考えた事がある
の?自分がモテないからって人の邪魔するの
やめなよね!」
「櫻井君だって迷惑してるはずだよ、でも優
しいから言わないだけでしょ!察せよな!」
「 ………… 」
まだまだ終りそうもない暴言に、うんざりし
てきた。
うるせえし、クラスメイトも迷惑してるだろ
うなとチロリと周りを見ると、女子達の勢い
に男友達はオロオロしている。
でも数人がおいらの視線に気付き、助けに入
ろうとするのを『こんな奴らに関わらない方
がいい』の意を込めて片手を上げて止めた。
おいらを助けに入って後で友人が悪く言われ
るのは嫌だからな。
昼休みが終るまで、おいらが我慢すればいい
んだから。
「ちょっと、何を騒いでるのよ!」
しかし、思わぬ助け船が入った。
ずいっと、おいらと女子達の間に入り込んだ
影があったんだ。
「あ…」
それが誰か確認出来た時、おいらを責めてい
た女子達がたじろいだ。
「他所のクラスに来て騒ぐなんて、どういう
つもり?」
それは学校で一目置かれるマドンナ的存在、
バレー部エースアタッカーの荒井菜々緒だっ
た。
「あ、荒井さん…あの…」
さっきまでの勢いは何処へやら、しどろもど
ろになる女子達。
「大野君があなた達に何かしたの?」
「いえっ、私達じゃなくて部活の後輩に…」
「後輩?自分達の事じゃないのに、こんなに
大人数で押し掛けて騒いでいたの!」
「すいません…」
「大野君が何をしたのかは知らないけど、だ
ったら後輩が来ればいいじゃない。あなた達
に文句を言う資格はないでしょ?」
「 ……… 」
女子達は菜々緒の正論に黙り込んむ。
♪♪♪♪♪ ♪♪♪
その時タイミング良く予鈴がなり、おいらの
周りにいた女子達は脱兎のごとく自分の教室
へと戻って行った。
「……大野君、大丈夫?」
心配そうに彼女が訊いてきた。
「菜々緒ちゃんありがと、助かった。おいら
は全然大丈夫だよ」
「そう、良かった。ところであの人達何の文
句を言いに来たの?」
「………それは」
おいらは救世主に全てを話した。
彼女は話を聞き終えて、『大野君は悪くない
じゃない』と言ってくれた。
そして『櫻井君に今のことを話してみたら?』
とも。
翔くんに話す?
…止めた方がいいな。
彼女が出来て浮かれている奴に言うのは気が
引ける。
それに、彼女が責めにきた訳でもない。
おいら達の朝の登校風景を見て勝手に彼女の『先輩』が文句を言いに来ただけだ。
きっと女子達も後輩を思ってしたことだろう。
…………やっぱり、誰が見てもおかしかったん
だな。
恋人同士とそれにくっついている男なんてさ
当事者のおいらだって奇妙だと思うもの。
「翔くんには言わない。おいらが一緒に学校
に来なければ解決するんだ。簡単な事だよ」
「それはそうだけど…いいの?」
「全然平気。だいたい今までがおかしかった
んだ」
そうだよ、幼馴染みだからってずっと一緒に
登校してたなんて変だろ?
今までは何の違和感もなかったけど、すでに
『それが普通』と思っていたことが変梃だっ
たんだ。
おいらは決めた、翔くん離れをするって。
今まで色々と世話を焼いてもらっていたけど
もうおしまいにする。
おいら自立するんだ、
だからもう二人て過ごす時間はいらない。
翔くんは、今までおいらに割いていた時間を
彼女のために使えばいいんだ……
そうすればすべてが上手く収まる。
おいらもさっきみたいな煩わしい事態にあわ
なくてすむし。
思い立ったが吉日、善は急げ、好機逸らすへ
からず!!
授業が始まるまでの少しの間に、翔くんへLI
NEを送った。
『明日の朝から迎えはいらない』
たぶん、これでいいはず。
翔くんわかってくれるよね。