お山の妄想のお話です。




2月に入った。

まだ応募した作品の評価はこない。


公募にはプロ、アマそれぞれから沢山の作品

が集まったようだ。

大賞とか…高望みはしていない、だって自分

の力量はわかっているから。


多くのアーティストの中でおいらの絵にある

程度の評価がつけば、それは自信へと繋がる

だろう。

2次…いや、3次審査までいけたらこれから先

も絵を描いて生きていこうと決めた。

そして、そんな俺だけど一緒にいてくれます

か?と翔くんに訊くことが出来るんだ。


それが翔くんの告白に対してのおいらの答え

だ。そして翔くんへの告白でもある。

翔くんがしてくれたように、おいらだって気

持ちを告げたいもの。


もうすぐバレンタイン。

それまでには結果が出ているはずだ、今は良

い結果が出ることを祈るだけ。

少しでも翔くんに相応しい自分になりたい。



「相葉ちゃ~ん!」


バイト先へ向かっていると、前方に相葉ちゃ

んを発見した。

呼び掛けると振り返り、いつもの向日葵みた

いな笑顔を見せてくれる。


「大ちゃんおはよー、今朝は元気だけどどう

したの?何か良い事があった?」

「んふふ、わかる?」

「わかるよ~、だって何時もは眠そうにふら

ふら歩いてるのに今日は違うもの」

「え~、いつもそんなにフラフラしてた?」

「うん、ふらふら歩いてるのに人にぶつから

ないのが超不思議だった」

「そっか~、気をつけるね~」

「何だかテンション高いよ!ねえ、何があっ

たの?良いことでしょ?教えてよ~」


相葉ちゃんの言う通り、今のおいらは気持ち

が昂っている。

来たんだ、応募した作品の結果が。

なんとおいらの作品は最終審査まで残ったら

しい。


さすがに大賞は無理だったけど、審査員特別

賞なるもとを受賞した。

しかも、おいらの作品を支持してくれたのが

おいらの憧れの作家さんだったらしい。

自分が認めて貰えたようで、嬉しかったんだ


だから決めた。

バレンタインに翔くんに返事をするって。


「この前応募した絵が賞をもらったんだ」

「えっ!!凄いじゃん!やったね大ちゃん!」


相葉ちゃんは自分の事のように喜んで、お祝

いをしようと言ってくれた。

でも、ここからがスタートライン。

まだお祝いしてもらえる立場じゃない。


それに、色々とお世話になった相葉ちゃんと

ニノにはお祝いじゃなくお礼をしたいよ。

これもまだ先になりそうだけどね。


おいらが、今すぐにでもしなきゃいけないの

は翔くんへの返事だ。

チョコを渡そうかと思ったけど、バレンタイ

ン直前のこの時期はチョコの回りは女の子だ

らけで近づけない。


どうしようか考えて思い付いたんだ。

翔くんとの出会いはたこ焼き屋、そしてたこ

焼きを通じて仲良くなった。

だからたこ焼きを渡そうって。


でもバレンタインだからチョコは必須。

たこ焼きの生地にチョコ?微妙かも。

甘い生地にチョコじゃないとダメだ、そこで

ベビーカステラみたいな生地にチョコを入れ

てたこ焼き風にすることにした。


トッピングには粉砂糖やカラースプレーを使

って、マヨ文字じゃなくチョコ文字で仕上げ

るんだ。


翔くんがそれを見てくれたあとに、今度はお

いらが告白する。

受け入れてもらえたらやっと恋人になれる。

長く待たせてしまった分、おいらは必ず翔く

んを幸せにするよ。


でも、それには相葉ちゃんの協力が必要なん

だ。


「おいら相葉ちゃんにお願いがあるんだけど

きいてくれる?」

「いいよ!大ちゃんの頼みなら何でもきいち

ゃう!」

「あのクルクルして丸くするやつ、練習した

いんだ」

「クルクル?たこ焼きの?」

「そう。でもね、焼くのはたこ焼きじゃない

んだけどいいかな?」

「いいよ!鉄板使ってない時なら何時でも練

習して!」

「ありがと!相葉ちゃん!」



相葉ちゃんの了解を得て、おいらはバレンタ

インまでの数日間上手く焼けるように猛練習

した。





「おいバイト、お前何を焼いてんだ?」


オーナーに睨まれた。

何時もは店になんて来ないのに、何故か今日

に限って開店時間からずっといるんだ。


「…………甘いやつ」

「違う、なんでたこ焼きじゃないものを焼い

てるのか訊いてるんだ」


店でオーナーの姿を見た時からヤバいとは思

っていたけど、バレンタイン当日に予定変更

も中止も出来ないから、おいらは怒られるの

を覚悟で計画を実行したんだ。


「バレンタインだから、甘いのを」

「お前、それを誰かに渡す気なのか?」

「………うん」


おいらの返事を聞いたオーナーの目が鋭くな

った。


「バイト、この店の禁止令その2を覚えてい

るか?」

「……お客様との恋愛禁止……」

「なのに、何を作ってるって?」


言葉尻が強くて、不機嫌全開なオーナー……

決まりを破るのは悪いと思っているけど、今

たけは許して欲しい。


「ごめん、ニノ。悪いとは思っているけど

どうしても渡したい人がいるんだ、だからこ

れだけは作らせて」

「許してあげてよ、大ちゃん今日のためにい

っぱい練習したんだよ」


事情を知っている店長が助太刀してくれた。

でもオーナーの目は厳しいままだ。


「誰に渡すつもりなんだよ」

「翔くん」

「誰だそれ?」

「あのね、常連のお客さんなの。イケメンで

性格もいいんだよ」


代わりに店長が答えてくれたので、おいらは

翔くんに渡すための『なんちゃってたこ焼き』

作りを続けた。


「店長、お前には訊いてない。おいバイト、

そいつの事が本当に好きなのか?」


その問いかけにおいらは手を止めオーナーを

見ると、オーナーは怒っているような、心配

しているような複雑な表情をしていた。


きっと上手くいかなかった時の事を心配して

くれている。

ニノは優しいからおいらが傷つく事を危惧し

ているんだ。

でもね、大丈夫だよ。

翔くんはおいらを好きだと言ってくれたんだ

から。


「おいら翔くんが本気で好きだ。だからこれ

を渡して想いを伝えたい。罰金は払うから今

日だけ許して、これだけは作らせて」

「ニノちゃん、俺からもお願い!大ちゃんの

恋を応援してあげて!」


おいらが頭を下げると、店長も一緒に頭を下

げてお願いしてくれる。

そんなおいら達の姿に、ふうと大きく息を吐

くとオーナーは呆れたように言った。


「わかりましたよ、バイトの恋を邪魔するよ

うな事はしません。だから想いが叶うように

気合いをいれて作りなさい」

「ありがと!ニノ!」

「さすが!おれのニノちゃん!」


おいらはオーナーに感謝し、店長は嬉しそう

にオーナーに抱き付いた。

オーナーは店長を鬱陶しそうにあしらってい

たが、その実嬉しそうでもあった。


そもそも普段店に来ないオーナーが何故今日

はいるのかと言うと、恋人にチョコを渡そう

とする不届き者を取り締まるためだ。

数日前から店の前には『チョコお受け出来ま

せん 。  店長&バイト』と貼り紙してあるけど

それだけじゃ心配だったんだろう。

実際何人かは店長に渡そうとしていたしね。


おいらも翔くんとあんな関係になりたいなと

仲睦まじい二人を見ていたら、視線に気付い

たオーナーがニタリと笑って言った。


「ところであんた達、さっきからわたしを名

前で呼んでますよ。回数によって罰金が加算

されてますからね。それとバイトは禁止令②

も破ってるからそれも足します」

「うひょ~本気~」

「マジか…」


抜け目ないオーナーに戦慄を覚えながら、

おいらは生地をコロコロと丸く焼き上げてい

った。





焼き上げたものを舟皿に盛り冷めるのを待っ

ている。熱いままだとトッピング用の粉砂糖

やカラースプレーが溶けてしまうし、チョコ

で文字も書けないから。

あと少ししたら翔くんが店に来る時間だから

それまでに仕上げないといけないんだ。


「すみません」


おいらが早く冷めるように団扇で仰いでいる

と、外から声がかけられた。

そちらを向くと女性が三人立っていた。

お客さんだと思って注文を訊くと、全然別の

事を訊かれた。


「あの、何時もこの時間にたこ焼きを買う男

性はもう来ちゃいましたか?」

「 え?」

「いつもバイトさんと楽しそうにしている人

なんだけど…」

「おいらと?」


決まってこの時間にたこ焼きを買いに来る男

性……おいらの知る限りは…


「凄いイケメンでスーツの人です」

「私達彼にチョコを渡したいんだけど、もう

帰ってしまったのか、まだ来てないか教えて

もらえます?」


彼女達が言っているのは間違いなく翔くんの

ことだ、翔くんにチョコを渡したいって……

おいらが返答に困っていると、代わりに店長

が答えてくれた。


「イケメンの常連さんはまだ来てないけど、

今日はバレンタインだし来ないかもしれない

ね。寒いし時間も遅いから待つより帰った方

がいいと思うけど」


店長はわざとそう言って、彼女達を諦めさせ

ようとした。


「でも折角用意したから、もう少し待ってみ

ます」

「お仕事邪魔してすみませんでした~」

「今日はたこ焼き買わなくてごめんね」


しかし彼女達は諦めた風もなく口々に言いな

がら、店から離れた場所に移動して行った。


「あの人達……」


見たことがある……


「あの娘達もよくこの時間に店に寄ってくれ

るんだよね」

「だから見覚えがあったんだ…」


だから翔くんを知っていたんだな…


「綺麗な人達だよね…」

「そうだね~、美人さん達だね。あんなに綺

麗なのにバレンタインにここにいるなんて勿

体ない」

「  ………  」


綺麗な女性が三人も翔くんにチョコを渡そう

と待っている。

一人一人が翔くんと並んでも遜色ない美貌の

持ち主だ……


「おいバイト!何を落ち込んでんだ?もしか

してあいつらと自分を比較してる?」

「……比較なんてしてない」

「じゃあなんでそんなに凹んでるだよ」

「凹んでない…」

「だったらさっさとそれを仕上げろよ、もう

すぐバイトの想い人が来るんだろ?ぐずぐず

してる暇はないだろ」

「翔ちゃんはバイト君に一途だから、いくら

美人でもあの娘達からチョコなんて受けとっ

たりしないよ」

「……うん、そうだね」


オーナーと店長に励まされやる気になった。

そうだよ、翔くんはおいらを好きだと言って

くれたんだ。


おいら、その言葉を信じてる。





キャッと女性の嬌声が聞こえた。

声を出したのはあの三人だ、そして彼女達の

向こうに翔くんの姿が見える。


女性達は店に向かって歩く翔くんの前に立ち

はだかり、何かを話している。

店まで声は届かない、ただ様子を眺めること

しか出来ないんだ…


そのうちに彼女達は翔くんを囲み、ジリジリ

とにじり寄って行った。

暫くすると女性達が笑顔で去っていき、翔く

んは手に幾つかの包みを持っていた…


「おい店長、あのイケメン一途じゃなかった

のか?あっさりチョコをもらってるぞ」

「あれ?うん、一途だよ…一途のはずだけど」

「本当に一途か?あいつが今チョコを入れた

袋の中にも沢山入ってるみたいだぞ」

「えっ、ええっ!本当だっ!」


おいらにもチラッと見えたけど、確かに紙袋

の中身はカラフルな物で一杯だった。


「…翔くん、沢山もらったんだなぁ」


何だか可笑しくなった。

エリート、イケメン、性格も良い

誰からも愛される人

それが、おいらの好きになった人だ。

沢山チョコレートを渡されるのは当たり前な

んだ。


おいらから以外のチョコなんて貰わないだろ

うなんて、思っていた自分がおこがましい。


そして、美女に囲まれた翔くんを見て改めて

思ってしまった。


「翔くんの隣には、やっぱり可愛い女の子が

似合うよねぇ」


おいらじゃ、役不足だよ…

『自信』って持つのに長い時間がかかるのに、

失くすのってあっと言う間なんだな。

おいらに宿っていた小さな自信は霧のように

消えてなくなった。


冷めた『たこ焼きもどき』

あのカラフルな包みに見劣りする…

キラキラした包みは女の子達、地味な茶色は

まるでおいらそのものだ。


「こんなの翔くんにあげられないよ」

「なに言ってるの!?せっかく頑張ったんだ

もの渡しなよ!翔ちゃん絶対に喜ぶよ!」


店長はそう言うけど……

こんなの渡したら、おいらが恥ずかしいよ。


「ダメ、やらない。これは捨てる」

「待て!食べ物を粗末にするんじゃない!」


掴んでゴミ箱に捨てようとしたら、オーナー

に怒られた。


「食品ロスはいけない事だって知ってるよ、

でも…」

「そこに置いておけよ、渡さないなら後で皆

で食べよう。バイトの力作だ、きっと美味し

いよ」

「…うん」



「あ、翔ちゃんがこっちに来るよ!」


その言葉で咄嗟に身を屈めて隠れた。

店長はビックリした顔で見ているけど、おい

はそんなの気にしていられない。


今は無理、翔くんに会えない。

こんな精神状態できっと笑えないし、卑屈な

態度をとってしまうかもしれない。


翔くんに幻滅されたくない…

嫌われたくない…

いや、嫌われた方がいい?

その方が翔くんのため?おいらのためか?

どっちなんだ?おいらどうしたらいい?

わからない!


「バイト、少し休め」


おいらが取り留めのない考えに翻弄されてい

ると、オーナーの冷静な声がした。


「お前、今パニクってるだろ。そんな状態で

会っても良いことはないからな。わたしが適

当にあしらっとくから、落ち着いたら店に出

てこい」

「……うん」


おいらはオーナーに従って奥の小部屋へと入

った。



「こんばんは」


店の方から翔くんの声がした。


「ご注文は?」


不機嫌なオーナーの声もする。



おいらは耳を塞いで蹲った。

わからなくなってしまったんだ。


翔くんに返事をしていいのか、告白してもか

まわないのか

おいらと付き合って翔くんは本当に幸せにな

れるのか…


翔くんの幸せに本当に俺は必要なのか、が。