お山の妄想のお話です。




お客もいないしそろそろシャッターを下ろそ

うかと店長と話していた時に、ハアハアゼイ

ゼイと息を切らせた翔くんが再び現れた。


「翔くん!どうしたの?!」


驚いて訊くと翔くんは何かを言いかけたけれど、店長を見て口を閉ざしてしまった。


そしてたこ焼きが欲しいと言う。

さっきネギたこを買ったばかりなのに?

そんなにお腹が空いていたのか?

それにしても夕飯にたこ焼きを二舟も食べる

なんて、どれだけ好きなんだろう。


店長に言われ用意しようと注文をきくと、翔

くんは真剣な目でおいらを見つめながら代金

を差し出してきた。

翔くんがおいらをガン見しながらお金を渡し

て来るのは秘密のメモがある時だ。

札を受け取り確かめると、やっぱりメモが忍

ばせてある。


目を通すと急いだためか殴り書きのような字

で『俺がモテたいのはバイト君にだけ』とあ

った。

………これって、おいらの嫉妬がバレているっ

てこと?

さっきの態度で気付いたんだろうか、だから

これを渡すために戻って来たの?


メモから顔を上げ翔くんを見ると、まだおい

らを見つめたままだった。


このメモ、本心かな?

この言葉を信じてもいいのかな?

でも……文字だけじゃ本気なのかわからないよ

話したい、翔くんと誰にも邪魔されずに話し

てみたい…


そんな想いで、マヨ文字を書いた。

数字の『10』だけの返事、翔くんは理解して

くれるかな?

賢い翔くんならきっとわかってくれるよね。


おいら『揺らさないでね』とマヨ文字の存在

を知らせてたこ焼きの袋を渡した。


その後、おいら達の雰囲気に気付いた店長に

追いやられ何度もこっちを振り返りながら翔

くんは帰って行った。





約束の時間の数分前、柄にもなく緊張してい

る自分に気付く。


電話で何を話せばいいのかな?

趣味とか?学歴?職歴?家族構成?

いや、それじゃあ何かの面接みたいだし。

ただ電話で話すだけなのに、胸がドキドキし

て落ち着かないんだ。


どうしよう……やっぱりやめる?

そう思った時、翔くんのしょんぼりした姿を

思い出した。

きっと翔くんは電話を待っている、おいらと

話したいと思ってくれているはずだ。


おいらだって翔くんと色々話したい、

翔くんのことをもっと知りたい

おいらのことももっと知ってほしい


あのメモの意味はおいらが思ったことで正解

なのかな?

翔くんの言葉で聞きたいよ


時計を見るともう10時になる。

考えていても始まらない、おいらは腹を決め

スマホ画面をタップした。





最初の電話から毎日翔くんと話している。

店にも来てくれるけど店長が近くにいるから

余計な事は話せない。


昨日オーナーから電話があって『常連さんと

仲がいいみたいだけど、禁止項目わかってる

よな?』と釘を刺された。

店長が密告したわけじゃないと思う、相葉ち

ゃんはそんな事をする奴じゃないから。

ただオーナーの感が良すぎるんだ。

罰金を払いたくないから絶対にバレないよう

にしなきゃな。




そんなある日、食事に誘われた。

おいらは直ぐに承諾したよ、だって初めて二

人だけで会えるんだもの。



ベイサイドで食事をして、その後には観覧車

に乗った。

そこで何でも出来るイケメンだと思っていた

翔くんの弱点を知ったんだ。


高い場所が苦手な翔くん。

観覧車に乗っている間、ずっとおいらの手を

握ってプルプル震えていた。

そんな姿が可愛くて、おいらが守ってあげな

くちゃ!なんて使命感が湧いたりして。


でも真っ青で冷や汗を流している翔くんを見

て、シースルーゴンドラに乗った事を反省し

たよ。

ごめんな、楽しくて調子に乗ったおいらが悪

かった。


その後に翔くんから、翔くんの言葉で告白さ

れたんだ。


「智君、あなたが好きです。こんな俺ですが

付き合ってくれますか?」


そりゃあ、滅茶苦茶嬉しかったさ。

おいらだって翔くんが大好きだから、すぐに

でも『おいらも好き、付き合おう』って返事

をしたかったけど出来なかった。


胸にまだモヤモヤしたものがあったんだ。

本当においらでいいの?

翔くんにはもっと相応しい人がいるのでは?

おいら何にも持ってないよ?

名誉もお金も、誇れるものもない、翔くんに

釣り合う立場じゃないんだ。


でもね、観覧車の件や翔くんの話から翔くん

がおいらが思っていたような完璧な人じゃな

いこともわかったよ。

ちょっとだけ、ハードルが下がったかな?


けど、まだまだ駄目だ。

おいらには翔くんに好きでいてもらえる自信

がない。自分自身に自信がないんだ。


今まで上手くいかない事が多かった、仕事や

人間関係、恋愛だって失敗ばかり。

おいらは駄目な人間だ、おいらを好きになっ

てくれる人なんてこの世に存在しないんだ…

ってずっと思って生きてきた。


でも対極に位置するような翔くんが、おいら

を好きと言ってくれたからちょっとだけ自信

がついて、今までやった事が無いものにチャ

レンジしてみたんだ。


それはイメージキャラクターコンテストへの

応募。

いままで細々と雑誌のイラストを描いて微々

たる収入で生活していたけれど、翔くんに好

きと言うにはそれじゃあ駄目だと気付いたん

だ。誇れる物が欲しかった、おいらは出来る

んだって自信を持ちたかった。


だから、大きなタイトルに応募した。

入賞すれば、仕事が増えて大きな仕事も来る

かもしれない。

そうなったら翔くんと付き合っても、恥ずか

しい思いをさせる事はないだろ?


その発表がもうすぐある。

結果が良ければ、おいらは胸をはって返事が

出来るよ。

……悪い結果だったら……

もっと待たせてしまうかもしれないけど

それでも翔くんは待ってくれるかな…


そんなおいらの不安は翔くんの言葉で解消さ

れた。


「俺は待つよ、智君からの良い返事をずっと

待つから。でも一つだけ答えてくれる?

智君は俺のこと、少しでも好きですか?」


熱のこもった視線に本気を感じる。

ありがとう翔くん、おいらその想いに応えら

れるように頑張るよ。


「おいら凄く翔くんが好きだよ」


これはおいらの嘘の無い気持ち。

今はこれしか言えないけれど、もう少しだけ

待って下さい。




結果が出るのは来月、2月の上旬なんだ。